お母さんの心配事 ー新生児編ー

■ 赤ちゃんの五感 ー視覚ー

 「生まれたばかりの赤ちゃんは目が見えているんですか?」と時々質問されます。
 新生児期(生まれてから1ヶ月まで)の視力は数字で表すと「0.01」しかなく、目の前で何か動いているのがわかるくらいだそうです。
 しかし、生後数週で約30cm先に焦点が合うようになってきます。この距離はおっぱいを飲んでいるときのお母さんの顔までの距離ですね。
 その後の視力は、生後6ヶ月でも0.06、生後8ヶ月でやっと0.1、1.0以上の視力は3歳以降と、ゆっくり発達していきます(具体的な数字は書物により結構バラバラでした)。なお、3歳児検診時の眼科検診では視力の基準として「0.5」が採用されています。
 なんだそれしか見えていないのかあ・・・まあ、このペースが「必要十分」なのでしょう。赤ちゃんが大人と同じ視力をもって現実世界を見ても幸せになれるとは限りませんから。

<赤ちゃんの視力>
 新生児期:  0.01
 生後6ヶ月: 0.06
 生後8ヶ月: 0.1
 3歳:    0.5
※ 視力が1.0に発達するのは3歳以降です

両眼視
「赤ちゃんの目線が右と左でずれる時があるんです」と心配そうなお母さん。
 いつも右目と左目が違う方へ向いていると「斜視」の疑いがあり、眼科受診を勧めるのですが、この場合はどうでしょう。
 毎日新聞のホームページ内の「毎日こどもクリニック」に答えがありました(担当は榊原洋一先生)。
 ・・・両眼視(両目でものを見ること)は生後1歳頃からできるようになり、6歳頃完成する。・・・生まれて数週間の赤ちゃんは右目と左目が少しずれた動き方をするのはそういった未熟性のため・・・
 フムフム、勉強になりました。

■ 赤ちゃんの五感 ー聴覚ー

 生まれた時すでに耳は聞こえています。母子手帳の質問欄に「大きな音に反応してビクッとしますか」という項目がありますね。
 実はヒトは生まれる前から耳は聞こえています(え、知ってるって?)。妊娠7ヶ月頃からだそうです。
 お母さんのお腹の中ではどんな音を聞いているのでしょう。羊水という名の海に浮かんでいますから、身近で言えばプールに潜ったときと同じ。声も音楽もくぐもっていて細かいところまでは聞こえていないようです。
 胎児期と同じ音を聞かせるとぐずっていた赤ちゃんがおとなしくなることが知られています。産科病棟ではお母さんの心臓の音を録音して聞かせています。
 NHKの「ためしてがってん」の赤ちゃん特集でおもしろいことを言っていました。お母さんのお腹の中で聞いた音と似ている身近な音は「スーパーのレジ袋をガサゴソともむ音」だそうで、ぐずる赤ちゃんに聞かせると効果あり、とのことでした。育児雑誌の付録絵本にも応用されているのを見たことがあります。
 夜泣きで睡眠不足になっているお母さん方、お試しあれ。ただし、泣きやんだけれど、逆に喜んでしまって眠らないというクレームもあったとか・・・。

■ 赤ちゃんの五感 ー味覚ー

 味を感じる「味蕾」(舌にある目立つブツブツのこと)は胎生12週(=妊娠3ヶ月)には大人と同じ形になるそうです。羊水に甘味を加えるとお腹の中の赤ちゃんは盛んに飲み込むようになるという研究結果があります。つまり、生まれる前から赤ちゃんは味覚を持っているのです。
 生まれた後の赤ちゃんに甘味・酸味・苦味のものを与えると表情が変わるそうです。また、母乳を飲むときとミルクを飲むときは明らかにスピードが違ったという研究結果を読んだことがあります。
 大人と同じレベルの味覚の発達は離乳期からと考えられています。この時、甘いものをたくさん与えると、他の味に慣れずに総合的な味覚の発達が損なわれる可能性があるそうです。いろんな味を経験させてください。

■ 赤ちゃんの五感 ー嗅覚ー

 古くは、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンが、「生後1ヶ月の赤ちゃんは10cm離れたお母さんの乳首を匂いで感じる」と記しています。
 また、母乳をしみ込ませたパッドとそうでないパッドを並べると母乳の方に反応する、という結果もあります。
 このように、お母さんの匂い(=母乳の匂い)を中心に過去に研究がされてきました。どうやら、ヒトの嗅覚の原点はお母さんのおっぱいの匂いのようですね。

■ 赤ちゃんの五感 ー触覚ー

 生まれる前から触覚はあります。
 胎生10週以降(妊娠3ヶ月以降)に触覚刺激により反応・反射があるという研究結果があります。そして胎生(=妊娠)31週頃に完成し、それ以降の赤ちゃんへの適度な皮膚刺激はいろんな面でよい影響を及ぼします。
 現在、赤ちゃん専門のICUである「NICU」では、予定より早く生まれた赤ちゃんに対して、「カンガルーケア」「タッチケア」という手法を用いて適度の接触刺激を導入しています。

■ 赤ちゃんの五感と母乳栄養

 赤ちゃんがお母さんのおっぱいを吸っている時は五感がフル活動しています。
 お母さんの匂いを嗅いで(嗅覚)、おっぱいを味わい(味覚)、お母さんの優しい声を聞きながら(聴覚)、お母さんに優しく抱かれ(触覚)、お母さんの顔を見て安心し(視覚)、とっても幸せ。
 その姿をみると、誰でも思わず微笑んでしまいますね。これはヒトの五感を快適にくすぐる原点、幸福の原点が凝縮されているからではないでしょうか。

■ 赤ちゃんウォッチング:これって病気?

 生まれてから産科を退院するまでの赤ちゃんをよく観察すると、いろいろなことに気がつきます。「これって病気?」とお母さんが心配になることもままあります。というわけで、心配のいらない不思議な現象を集めてみました。
・皮膚落屑
・中毒性紅斑
・顔の正中部母斑(サーモンパッチ、ウンナ母斑)
・蒙古斑
・乳房腫脹・魔乳・新生児月経、など
 まあ、これを読んでも不安でしたら看護師か医師をつかまえて聞いてください。

■ 皮膚がポロポロ・・・「新生児皮膚落屑」

 生まれたばかりの赤ちゃんは潤いのある皮膚をしていると皆さん思っていらっしゃる。しかし、胎脂の取れた赤ちゃんの肌はカサカサしてポロポロと剥けてくることが多いのです。
 これを医学用語で「皮膚落屑」と言いますが、病気ではありません
 実は、皮膚が成熟している証拠なのです。予定日より何週間か早く生まれると薄いピンクのきれいな肌ですが、予定日頃に生まれると90%の赤ちゃんで皮膚がポロポロ剥がれてきます。予定日を過ぎて生まれると手足の皮膚は厚ぼったくなり、亀裂が入ることがあります。
 でも、心配いりません。2〜4日で自然に脱落してなめらかな皮膚が現れてくると書いてあります。が、本によっては「1ヶ月ほど続くことがある」とも書いてありました。さて、あなたの赤ちゃんはどのくらいで落ち着きましたか。

■ 体に赤い斑点が・・・「新生児中毒性紅斑」

生まれて数日の赤ちゃんの体に赤い斑点がでてきた! さあ大変!?
 これは一度見たら忘れない(見たことのない新人小児科医にはわからない)中毒性紅斑です。特徴は赤い斑点の真ん中に白いポチがあること。顔や手足よりも体に多く出てきます。
 生後数日頃から見られはじめ、1週間以内には自然に消えます。当然、治療は必要ありません。

■ 赤ちゃんの顔真ん中あたりに赤い斑点が・・・「サーモンパッチ」

 赤ちゃんの額の中心に縦に帯状の赤い斑が見られることがあります。よく見ると、眉毛の間とまぶたの内側も赤っぽい・・・。
 これは「サーモンパッチ(サケの色の斑点)」と呼ばれるものです。赤ちゃんの20〜30%に見られ、珍しいものではありません。そのまま様子を見ていると、次第に薄くなり、1〜2歳で消えてしまうことがほとんどです。

<サーモンパッチ番長>
 しかし、成長と共に消えたかと思っていたサーモンパッチが興奮して真っ赤な顔になるとうっすら浮かび上がることがあるようです。
 実はこの現象をネタにした少年漫画を読んでびっくりした経験があります。 
・・・とある中学校にケンカのめっぽう強い番長がいました。いつもクールに敵をやっつけてしまうのですが、ある時強敵に出会い、野獣が目覚めたように興奮したその時に、彼の額に赤い模様が浮かび上がったのです。それを見てしまった者は無事に帰れないという伝説が今再び・・・(言い回しが昔っぽくて申し分けない)。
 ムム、漫画家の観察力侮り難し。

■ うなじに赤い斑点が・・・ウンナ母斑

 前述の「サーモンパッチ」のある赤ちゃんのうなじを見てみると、たいていそこにも赤い斑点がいくつか見られます。
 これを医学用語で「ウンナ母斑」と言います。別名「ストークマーク(stork mark)」とも言い、コウノトリのが赤ちゃんをくわえて運んできた印と欧米では考えられてきました。なんだか、夢のある話ですね。
 赤ちゃんの約30%に見られます。そのまま様子を見ていると徐々に薄くなっていきますがサーモンパッチより消えにくく、大人になっても残っていることがあるようです。まあ、髪の毛で隠れてしまう場所なので審美上問題になることは少ないようですが。

■ みんなにある蒙古斑

 言わずと知れたお尻の青あざ。日本人は誰でも(どんな美人でも、ハンサムでも)乳幼児期に持っていました。意外なことに、白人の1〜20%、黒人の80〜90%にも認められるそうです。
 4〜5歳頃までに自然に消えます。当然、治療は必要ありません。しかし、異所性蒙古斑(お尻、背中以外の場所にある少し青みが濃い蒙古斑)は消えにくく、10歳時に残っているものは生涯残るとのことです。

※ 蒙古斑に対してレーザー治療を行っている医療機関がありますが、治療適応・治療時期に対する考え方は様々で、まだ確立された治療方針は無いようです。
 ですから、受診した医療機関により「治療の必要なし」「いや、治療の必要あり」と異なった説明を受ける可能性があります。

☆ ネット上に蒙古斑の治療に関する記事を見つけましたので載せておきます。

異所性蒙古斑 お尻以外にできるあざ。除去治療を希望する人が…

(2010年10月10日:毎日新聞社)

 ◆異所性蒙古斑 お尻以外にできるあざ。除去治療を希望する人が増えています。
 ◇レーザー照射で消失
 ◇真皮のメラニン色素破壊 痛み緩和へ全身麻酔も
 お尻以外にできる蒙古斑(もうこはん)「異所性蒙古斑」を消す治療を希望する人がここ数年、増えている。技術の進歩に加え、消せることが広く知られるようになったためとみられる。一部では新たな治療法の研究も進んでいる。
 「治療を希望する人はここ5年ほど、少しずつ増えています」。1000人以上の異所性蒙古斑を診た葛西形成外科(大阪市西区)の葛西健一郎院長はこう話す。最近の相談者は年間約100人。大半は子どもで、「プールに行けない」「あざを理由にいじめられた」など理由はさまざま。「子どもが就学する前に消したい」という親の思いから、入学期の4月が近づくと相談が増加する傾向もあるという。
   *
 そもそも蒙古斑とは何か? 人間は胎児の時、表皮より奥の「真皮」にメラニン色素があり、全身が青く見える。ほとんどは妊娠20週前後で消えるが、お尻周辺はしばらく消えず、生後もあざとして残る。これが蒙古斑だ。
 日本人では新生児の90%以上に蒙古斑がある。黄色人種のほか黒人にも多いが、白人ではほとんど表れない。濃さが増すことはなく、1歳ごろから薄くなり、ほとんどは7~8歳までに消える。
 しかし、日本人の3~4%は10歳を超えても蒙古斑が残る。自然に薄くなる程度以上に色が濃いためだ。特に、異所性蒙古斑は消えない傾向が強い。蒙古斑が残っても健康に影響はないが、範囲が広く腕や首回りなど衣服で隠れない場所に残ると、精神的に負担となるケースもあるという。
   *
 治療はレーザー光線で真皮に残るメラニン色素を破壊する方法が一般的だ。ほとんどは保険適用の「Qスイッチ付きルビーレーザー」と呼ばれる機器を使い、直径約6ミリのレーザー光線を蒙古斑全体にまんべんなく照射する。治療回数は濃さによってさまざまだが、成人の場合、約半年ごとに数回の照射を続ければ消えるという。
 一方、子どもは成人に比べ治療効果が高く、少ない照射回数で自然に消える程度まで薄くなる。葛西院長は「どうしても生活に支障が出るなら取り除けばいい。治療が必要な程度の濃さなのかも含め、早めの相談が効果的」と話す。
 ただ、同レーザーは必要以上に強く照射したり、照射間隔が短すぎたりすることで、皮膚そのものの色まで抜け落ち、白くなる危険性がある。また、照射時には一瞬刺すような痛みを感じる。広範囲の異所性蒙古斑では、治療に数時間かかることもあり、痛みの緩和や、治療中に体を動かすことによる「消しむら」を防ぐために、全身麻酔や入院が必要な場合もある。このため、新たな治療法を探る動きもある。
 年間のべ1000人を診察する大阪市立大医学部付属病院形成外科(大阪市阿倍野区)。病院講師の小澤俊幸医師らのグループはシミ、そばかすのケアに利用する美顔器などで使われる「IPL」という光線に注目する。IPLはレーザーと比べ約16倍の照射範囲があり、照射時の痛みも軽いため、1回の診療時間短縮や全身麻酔の回避につながると期待している。
 グループは同意を得た患者4人の異所性蒙古斑にIPLを照射し、その効果を試した。レーザーと同程度とはいかなかったものの、青い色が薄くなったことを確認。研究結果は今年4月、日本形成外科学会総会・学術集会で発表された。現在IPL照射は中断しているが、今後も研究は続ける方針だ。小澤医師は「レーザー治療は生後すぐからでも始められるが、全身麻酔や入院が必要となれば患者側の心理的ハードルも高い。外来で治療を済ませられる範囲が理想だろう」と話す。

■ 赤ちゃんからおっぱいが・・・魔乳

 赤ちゃんはお母さんの胎盤を経由して女性ホルモンの影響を受け、以下の現象が見られることがあります。

乳房腫脹
 赤ちゃんのおっぱいがふくれてくることがあります。軽度のものを含めると80〜100%に観察されると本に書いてありました。まあ、赤ちゃんの診察をしていると目立つものに時々出会う、といった感じです。
 生後数日以内に出現し、1〜2週で大きさはピークに達し、2〜4週で消失します。時に5〜6週に及ぶものもあり、女の赤ちゃんでは数ヶ月続くこともあります(ということは、男の子にも見られるということです!)。

魔乳 witch's milk
 これは赤ちゃんの乳腺から出るおっぱいのことです。頻度は約5%でメカニズムは母乳と同じ。乳房腫脹と同じく男の子にも観察され、私も初めて見たときはびっくりしました。ウ〜ン、人体の神秘!
 この怪しげなネーミングは、ヨーロッパでは魔女がこの赤ちゃんのおっぱいを使って魔法の薬を造っていたという伝説に由来しているそうです。
 生まれて2日目頃に始まることが多く、3〜4日目にピークに達し、1週間前後で出なくなりますが、長いものでは5〜6週に及ぶそうです。面白がって搾ると痛がって泣くし、炎症を起こしやすいのでそっとしておきましょう。

<新生児関連記事>

 ネットで見つけた新生児関係のニュースを拾い読みしました。

■ 母乳の有効性、また明らかに(2013/06/25 ケアネット)

 母乳は乳児の脳に良いことが、米ブラウン大学エンジニアリング助教授のSean Deoni氏らの研究でわかり、研究論文が「NeuroImage」オンライン版に5月28日掲載された。
 Deoni氏らはMRIスキャンを用いて、生後10カ月~4歳の小児133人の脳の成長を調べた。2歳までに、3カ月以上母乳のみで育てられた小児は、調整乳のみ、または調整乳と母乳を併用した小児に比べ、脳の重要な部分での発達レベルが高かった。このような成長は、言語、情緒機能、思考能力などに関わる脳の領域で最も明白だった
 Deoni氏は、「母乳で育てられた小児とそうでない小児を比較したところ、白質の成長におよそ20~30%の差があることがわかった。このような大きな差がこれほど早い時期にみられるのは驚くべきことだ」という。脳の画像診断に加え、Deoni氏らは、年長児に思考能力の試験を実施。その結果、母乳で育てられた小児では言語能力、運動管理能力、視覚が向上していた。
 また、1年以上母乳で育てられた小児は1年未満の小児に比べ、特に運動能力を制御する脳の領域での成長が有意に大きかった。母乳が乳児の脳の発達を助けることを示唆する研究はこれまでもあったが、年少の健康な小児の脳で母乳に関連する差を検討した画像研究は初めて。Deoni氏は、「他のすべてのエビデンスを組み合わせると母乳育児は間違いなく有益だ」と述べている。

■ 赤ちゃんノート「パパの育児」(2013年5月〜 読売新聞)

【1】お父さん、最初の頑張りどきは「産後1か月」です!(2013年5月16日 読売新聞)

 「産後7日目。夜中に娘(赤ちゃん)が泣いた場合、
<1>私(父親)がオムツチェック
<2>その間に妻が授乳の準備
<3>オムツ替え完了
<4>授乳
<5>娘、満腹で寝る――という体制をとっているのですが、昨夜(中略)<4>に突入した直後、妻が違和感を覚え、娘のオムツを覗いてみると、そこには爆ウン。
 父親呼び出し&説教&<1>からやり直しですよ。産褥期のオヤジ第7の壁……夜中に働かないオヤジは信用回復に時間がかかります。」
 この文章を書いたのは、埼玉県所沢市で「産前産後の子育て・家事サポート」事業を行っている「アイナロハ」代表・渡辺大地さんです。渡辺さんは、年少の男の子と、もうすぐ1歳になる女の子、2人の父親で、これは2人目が生まれた頃に書いていたブログです。「あるある」と感じるお父さん、お母さんは多いのではないでしょうか。
 渡辺さんは「男はいつ父親になれるのか、悩んでいる男性も多いと思います。赤ちゃんがなかなかなついてくれなかったりするとなおさらです」と話します。そんななかでも、「父親にとって最初の頑張りどきは産後の1か月」だそうです。

やりたいこと・やってほしいこと 夫婦にはミゾがある

 さて、実際には何を頑張ればよいのでしょう。オムツ替え? 沐浴? お母さんの食事の用意?
 プレパパ向けの子育て講座で講師役を務めることもある渡辺さんは、講座で参加者に尋ねます。まずは「今、お父さんが一番頑張っている家事は何ですか? お母さんから見て、お父さんがやってくれていることで一番ありがたい家事は何ですか?」。そして、「出産後、お父さんが一番頑張りたい家事は何ですか? 今後やってくれると一番ありがたい家事は何ですか?」と続きます。
 最初の質問は、意外に夫婦で答えが一致するそうです。その答えは「特になし」!
 次の質問について、渡辺さんは「パパは食事の用意、レパートリーを増やすという答えが多い。でもママは『服をぬぎっぱなしにしないで』など、自分のことくらいは自分でしてほしいと考えているんですね。家事はむしろ、自分のルールでやりたいと感じている女性が多いようです。妻が何を必要としているか、出産前に確認しておくのが大切です」とアドバイスしています。
 渡辺さんの考えでは、お父さんが一番力を注ぐべきことは、家事・育児を誰に手伝ってもらうかのやりくりだそうです。「おばあちゃんやママのきょうだいなど、手伝ってくれる人に素直に『ありがとうございます』と伝えましょう。仕事から帰って、俺の居場所がないと感じても、自分で家事・育児を手伝えないなら我慢するしかありません」

産後はたくさんコミュニケーションを

 最近は、母親の実家で「里帰り出産」することも多いですが、その際は自宅に戻ってからどんなサポートをしてほしいか、ちゃんと夫婦で話しておくとよさそうです。実家で育児に専念していたお母さんは、「自宅に帰ったら、こんなたいへんな育児に加えて一人で買い物や食事の用意もやらなきゃならないの……」と不安を感じています。赤ちゃんのいる暮らしは、大人だけの頃と生活リズムも大きく変わりますから、その点もふまえて検討してみましょう。
 渡辺さんがこの5月に発行した「夫婦産後手帳」は、そんな話し合いに役立ちそうな一冊です。「食事を作る」「洗濯機を回す」のほか、きょうだいがいる場合のため「上の子の送り迎え」などやることのリストがあり、パパが「できる」「やってみたい」「できない」をチェック。できない場合は誰にお願いするかも書く欄があります。
 手帳は8週分。28日目までは毎日、お母さんの体調や気分を「良い」「普通」「イマイチ」から選び、それに対するコメント欄がパパ、ママ交互に2回分設けられています。「体調や気分について、どうしてそんなふうに感じるのかをパパから尋ね、それにママが答えるという感じでキャッチボールができたらいいなと考えています。書き終えるとキャッチボールが100回を超えるんですよ。先輩ママ、パパたちが、産後に夫婦で話し合ってよかったことなどをテーマにした夫婦会議のススメも紹介していますので、ぜひ参考にしてください」と話しています。
 「夫婦産後手帳」は1000円(税込み)。購入希望者は「アイナロハ」ホームページ(http://www.ainaloha.com/)から申し込みを。

【2】育休を取らないとイクメンになれない?(2013年5月23日 読売新聞)

 安倍首相が取得可能期間を「3年」に延長すると方針を打ち出したことで、一躍話題になった育児休業。「子育てを頑張りたい」「育休を取ってみたい」という男性は増えていても、実際にはまだまだというところでしょう。
 厚生労働省によると、2011年度に育児休業を取得した男性の割合は2.63%。前年より1.29ポイント増えて過去最高になったそうです。それでも、女性の87.8%(同3.5ポイント増)とは大きな差があります。
 プレパパ・プレママ向け子育て講座を開いている「アイナロハ」代表・渡辺大地さん(埼玉県所沢市)は、2人目を妊娠中のお母さんから、こんな相談を受けたことがあるそうです。「ダンナに1か月間育休を取らせたいんですけど、どうやったらその気になってくれますかね?」
 それに対して渡辺さんは「ダンナさんが1か月間お休みしたら、たぶんお母さんが大変ですよ」と答えました。「もともと料理や洗濯、掃除などが大得意というダンナさまならいざしらず、それはお休みを取ってから頑張る――という家庭では、お休みの間、カレーとコンビニ弁当のローテーションになってしまうかもしれません」

育休を取ってくれたパパへの「満足度」は?

 そしてユニークな調査結果も紹介してくれました。2012年6月、渡辺さんたちは1年以内に出産した女性100人に、「産後の、夫のサポートに対する満足度はいかがでしたか?」と尋ねました。その回答と、夫が出産時と育児休業で休んだ日数をクロス集計してみたところ、「0日」のグループでは「少し不満」「とても不満」が合わせて約23%を占めました。「サポートなし」も約4%あったそうです。
 「0~2日」のグループは、「とても満足」「まあまあ」と答えた人だけで、不満を抱いている人はゼロ。
 一方、「3日以上」になると、再び「少し不満」(12.5%)と回答する人が登場します。「せっかく育休を取って一日家にいるのに、パパは自分の趣味のための休暇と勘違い。『何のための育休?』と感じるお母さんも出てくるようです」と渡辺さんは分析しています。

日々の働き方を少し見直して!

 渡辺さんは、決して「夫は家事をしなくてもいい」「パパは育休を取らなくてもいい」と考えているわけではありません。「パパが家事や育児を頑張ることは大賛成。育休も、もっともっと取る人が増えればいいなと思います。でも大事なのは、お母さんに寄り添ってあげること。洗濯や食器の片付け、買い物なども、自分なりのやり方で進めてしまうのではなく、ママのルールを尊重して、イライラのタネを作らないことです」(渡辺さん)
 朝が少し遅めのお父さんなら、保育園に送っていくのはお父さん、お迎えはお母さんと分担してみてはどうでしょう。「子どもが生まれて女性の環境は大きく変わります。それによって我慢したり、あきらめたりしていることもたくさんあります。仕事をしている女性は特にそうだと思うので、『パパばっかり、出産前と全然変わらない!』とならないよう、ぜひ、お父さんも仕事の進め方を見直してみてください」と、渡辺さんはアドバイスしています。

【3】子育てしてるのに認められない…お父さんも悩んでいる(2013年6月13日 読売新聞)

 「育児ストレスを抱えた妻からの八つ当たりに必死に耐えているけれど、我慢にも限界がある」
 「子育てに対して、夫婦の価値観が食い違っている。っていうか、ダメ出しされてやる気が萎える」
 「やってもやっても、あたりまえの基準だけが上がっていき、妻から認めてもらえない」

パパの悩みは打ち明けにくい?

 育児・教育ジャーナリストおおたとしまささんは、ウェブサイト「パパの悩み相談横丁」で、お父さんたちからの悩みをメールで受け付けています。そこに集まる相談の9割以上は、実は「子育て」に関する内容ではなく「夫婦関係」に関するもの。上に示したトップ3、どれも共感するお父さんが多いのではないでしょうか。
 おおたさん自身、現在11歳の男の子と7歳の女の子のお父さんです。2005年、2人目の誕生を前にリクルートを退社し、09年にサイトを始めました。「子育てを頑張ろうという男性が増えていて、それは良いことと捉えられがちですが、逆に奥さんとの衝突も増えるだろうと感じました。男性はそこで『クソー』と思っていても、なかなか吐き出せない」と、おおたさんは話します。そんなときにパパたちの悩みを受け止められればと考え、サイトを開設したそうです。

ママを笑顔にできるか…イクメンへの分かれ道

 悩みを受け付けながら、おおたさんは「妻から『イクメン』と認められるかどうか、パパの分かれ道」がいくつかあることに気付きました。
 最初はまず入り口。「忙しくてなかなか子育てのための時間が取れない」という課題をクリアできず、ここでいきなり「イクメンへの道」が途絶えてしまう男性もいます。
 次は、「お風呂に入れる」「おむつを替える」など赤ちゃんのお世話を担当していると胸を張っておきながら、「入浴の前後の着替えなどはすべて妻任せ」「うんちの交換はできない」というお父さん。「もちろん一部分だけでも頑張るのは偉いと思います。でも、そこで胸を張ってしまうのはイタイ。『ママはもっと大変』と気付けるか、それともママに苦情を言われて『じゃあ、やーめた』となってしまうか。ここは大きな差が出ます」(おおたさん)
 最後に、子育てが大変そうなお母さんを上手にサポートできるかどうか。「ママからの八つ当たりに『何だよ、アイツ』となってしまうか、うまく受け止めてあげられるか。ママを笑顔にすることは間接的な子育てだと思います」と、おおたさんは話しています。

「忙しくて育児できない」なんて超ぜいたく!

 さて、冒頭の悩みのうち、「ママからの八つ当たり」については、日ごろから上手に話を聞くことが大切だそうです。「解決策を示す必要はありません。ママの心に不安や不満があるうちは、パパがいくら正論を言っても受け付けられません。大きくうなずきながら話を聞き、『そりゃ大変だね、頑張っていると思うよ』とママを認めてあげましょう」とアドバイスします。
 そして二つ目。おおたさんは、「夫婦の価値観」は違っていて構わないと考えています。「パパが2人目のママになってしまうと、子どもはちょっと窮屈かもしれません。お母さんたちには内緒ですが、ときにはママに怒られることを覚悟して、思い切り、どろんこ遊びをすることなども子どものためには必要でしょう」
 ちょっとやっかいなのは「なかなか認められない」というケース。パパ本人はやっているつもりでも、実はあまり役に立っていないという勘違いが原因のこともあります。ただ、胸に手を当ててよく考えてみて、それでも思い当たる節がなければ、「ママから愛されていないことが原因かもしれません。そのときは、さらに家事や育児を頑張るのではなく、妻をもう一度愛して、ママからの愛情を獲得する努力が必要です」と指摘しています。
 おおたさんは「忙しいビジネスマンのための3分間育児」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版しました。「『忙しくて育児できない』なんて、するべき仕事があって、世界一いとおしい子どもがいて、しかもしっかり者のママがいる男性しか言えない超ぜいたくなセリフ。ぜひそう感謝しつつ、3分間育児から始めてみてください。限られた時間を楽しく使おうと意識し始めると、気付かないうちに時間も増えていきますよ」

【4】夫婦で「ガマン比べ大会」をしないで!(2013年6月20日 読売新聞)

 お母さんから見て、「うちのパパ、仕事に子育てに頑張ってくれているけれど、なんだか最近イライラしている?」と感じたら、お互いに“ガマン比べ大会”になっているかもしれません。

お互いに我慢すると窮屈になる

 育児・教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、「ママは子育てを頑張って趣味の時間も取れない。だから俺も自分の趣味を我慢しなきゃ――そう考えて、お互いに我慢するのが“ガマン比べ大会”です。気持ちとしては立派ですが、あまり意味はありません。仕事と子育ての大変さを競い合う『どっちが大変か競争』も同じです」と指摘します。
 相手の我慢のほうが少ないと思うと、つい「ずるい」と考えてしまうでしょう。相手を責める気持ちも芽生えてしまいます。
 こんなときは、お互いに我慢のレベルを上げるのではなく、「相手がやりたいことを実現できるように思いやることが大切」です。お父さん自身が「今、自分は我慢していることがある」と感じたら、「ママも我慢しているんじゃないかな?」と想像してみましょう。「窮屈な生活は長続きしません。ぜひ、お互いに『たまには出掛けてきたら』と声をかけてあげられるといいですね」と、おおたさんは話しています。

ケンカの後もあいさつは欠かさず

 さて、“ガマン比べ大会”の結果、夫婦げんかが始まってしまうこともあるでしょう。そんなときのため、おおたさんは「最低限のルール」を提唱しています。
 一つは「犯人捜しをしない」。「だいたいキミがねえ……」とか、「もとはと言えばあなたが……」などと言い出さないことです。原因を突き止めるのではなく、まずはどうしたら問題が解決できるかを考えましょう。
 二つ目は「別の話を持ち出さない」。「あのときだって……」などと議題がどんどん変わっていくと、もとの問題が置き去りにされてしまいます。
 三つ目は「勝手に土俵を下りない」こと。感情が高まりすぎて、「もう知らない!」「好きにすればいい」などと勝手に退場してしまうと、仲直りのチャンスが遠ざかります。
 また、同じことをお互いに繰り返し言うなど「堂々巡りを始めたら、いったんおしまいにする」。それぞれ言いたいことを全部吐き出したときが、その日のケンカを終えるポイントだそうです。そして「あいさつは欠かさない」。相手の言い分に納得はできなくても、「おはよう」「いってらっしゃい」「ありがとう」などのあいさつはいつも通りに。あいさつさえなくなると、ますます意地の張り合いになってしまいます。

パパが育てば、夫婦は組織として強くなる

 おおたさんは著書「パパのトリセツ」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、「パパを、自分で考えて判断して行動できる『自律型ロボット』に育成して、ママ自身の負担を減らしましょう!」と呼びかけています。
 そう言われると、お母さんの中には、おむつの替え方や着替えの方法、お風呂の入れ方などを一つずつ教え、「パパロボット」を育成するくらいなら、「自分でやったほうが早い」と思う人もいるかもしれません。「子どもの世話だけでも大変なのに、どうしてパパまで育てなきゃいけないの!」と感じるお母さんもいるでしょう。
 でも、おおたさんはこうアドバイスします。「ママがそういう意識でいたら、パパはいつまでも使えないアシスタントに甘んじてしまいます。そうしてつい、『手伝おうか』なんて口走ってしまう。お互い、できることはやってあげようという思いやりの気持ちを大切にして、組織として強くならなければいけません。子育てライフを通して強めた夫婦の絆は、きっと子育てが終わってからも宝物になりますよ」

【5】お父さんの子育てがもっと楽しくなる「育児グッズ」増加中(2013年6月27日 読売新聞)

 抱っこひもで赤ちゃんを抱いたり、ベビーカーを押したり、休日の公園やショッピングセンターなどでは、そんなお父さんの姿をよく見るようになりました。抱っこひもは肩ひもが太くデザインされ、しゃれたアウトドア用品の雰囲気さえ感じられます。男性が使っても格好いい子育てグッズを紹介する、パパ向け育児誌も人気を集めています。

英国からのベビーカーが「転換点」

 「最新チャイルドシート徹底攻略」「我が子に履かせたい!! 夏の子供くつ100」――男性向け育児誌「FQ JAPAN」(アクセスインターナショナル発行)の表紙に書かれた見出しです。編集長の畑山護之さんは「国内メーカーの商品だけでなく、輸入品もブランドが増え、育児グッズや子ども用品は全体に多様化していると言えます。特に、男性が見ても良いな、ほしいなと思えるベビーカーが増えました」と話します。

「FQ JAPAN」 2013年夏号

 「こうした流れのきっかけは、英国のベビーカー『マクラーレン』ではないでしょうか」と、長く編集に携わる宇都直也さんが説明してくれました。「10年ほど前、東京・自由が丘や二子玉川の子育てスタイルに注目が集まり始め、マクラーレンはそうした街で愛用されているということで話題になりました。海外セレブが使っている抱っこひもや3輪ベビーカーなども紹介され、育児グッズは機能も大事だけれど、デザインにもこだわりたいというパパ、ママのニーズが高まったのだと思います」
 同誌では、毎年「イクメンフェスティバル(イクフェス)」を開催していますが、その会場で「世界のベビーカー展」も開いています。昨年展示されたのは日本をはじめドイツ、アメリカ、フランス、オランダなどからの38台。軽さや折りたたみやすさを追求したタイプもあれば、タイヤが太く、赤ちゃんの乗り心地や押しやすさをアピールした商品もあります。
 高級輸入車メーカーとの「コラボ商品」も話題を集めているそうで、宇都さんは「もうベビーカーは『パパが押すもの』になっていますね。ママも使える、パパも使えるという商品が売れ筋のようです」とみています。

「育児」目線で選べば、家電だって育児アイテム

 「お気に入りの育児アイテムは何ですか?」。同誌でパパたちに尋ねたところ、「スマホ」という回答もあったそうです。畑山さんは、「ベビーカーや抱っこひもだけが育児用品ではありません。赤ちゃんが生まれて『育児』というキーワードを加えてみると、ほしいもの、選ぶ商品が変わってくるのではないでしょうか」と話します。同誌では、掃除機や空気清浄機などの家電、カメラなどもよく取り上げています。
 最近、同誌の記事で人気なのが「乗り物トイ」。ペダルがなく、足で地面を蹴って進む「ランニングバイク」などで、持ち手を交換して「自分だけの一台」を作り上げたり、父子でレースに参加したりする楽しみもあります。
 「親子のコミュニケーションにとどまらず、公園で知り合った仲間でチームを作るなどの交流も広がっています。これからも誌面では、子どものモノ選びをママにお任せせず、積極的に自分も関われば、お父さんはもっと楽しめる、そして家族をもっとハッピーにできるというメッセージを伝えたいですね」と畑山さんは話しています。

【6】妻も大事、育児も大事、でもシゴトも大事(2013年7月4日 読売新聞)

 「普段は仕事を気合で片づけて早めに帰宅し、子どもをお風呂に入れたり、おむつを替えたりしています。でもどうしても、取引先などとの会食の予定が立て込む時期があります」

ときには「楽しいだけの時間」を

 ホームページ「パパの悩み相談横丁」で、父親からの子育て相談を受け付けている育児・教育ジャーナリストおおたとしまささんのもとに、30歳代の男性からこんな相談が寄せられたことがあるそうです。「決して楽しい予定ではないのですが、あまりに続くと、妻も『何時くらいになる?』『その日はお風呂に入れられるの?』と不機嫌そうです。妻は詰問するわけではありませんが、予定を報告するのが本当に気が重いです」
 おおたさんはまず、「奥さんの気持ちを考えてあげたうえ、自分のストレスまで冷静に捉えられてすごい!」と感心したそうです。赤ちゃんがまだ小さいうちは、お母さんは毎日、赤ちゃんのお世話に追われ、自分の好きなことをする時間なんてなかなか持てません。飲んで帰っても「当たり前」と意に介さないパパもいるかもしれませんが、「自分ばかり飲んで帰って申し訳ない」と感じるパパもたくさんいるでしょう。
 おおたさんは「『楽しいだけのこと=いけないこと』と考えがちですが、ストレスのはけ口を自ら封印してはいけないと思います。相談のメールには、『ときには思い切り自由に飲みたい』とあったのですが、それこそ、とことん頑張っているお父さんには必要なことかもしれません」と話します。お互いに感じていることを素直に話し、それぞれ「楽しいだけのこと」ができるよう工夫するのがよさそうです。

ちょっぴり早く帰宅して「プチサプライズ」!

 また、普段から、仕事のピークを越える見通しを伝えておくのも大切です。子どもにも、一緒にカレンダーを見ながら「この日までパパは忙しいんだ。この日が過ぎたらたくさん遊ぼう」などと伝えましょう。ピークを過ぎた後に連休などがあれば、楽しい予定を考えるのもおすすめです。
 そして時にはパパの帰りを待ち遠しく思ってくれている家族にプチサプライズを。「9時には帰るよ」と言っておいて、すこしだけ早く、8時くらいに帰宅できると、それだけでもうれしいものです。ただ、食事の用意が必要かどうか、ちゃんと知らせておくこともお忘れなく!
 おおたさんは「共働きの家庭では、保育園のお迎えをどちらが担当するかなど具体的な問題があるので、それぞれの仕事の予定を伝えあう習慣があるかもしれません。育休中のママ、専業ママでもやっぱり同じで、夫婦でたくさん会話してください。お給料をもらってくるパパを『大黒柱』なんて言いますが、本当はママや子どもたち、地域のみんな、いろんな人にその柱は支えてもらっているんだなーと、感謝する気持ちも大切ですよ!」とアドバイスしています。

【7】広がれ! 「イクメン」の輪(2013年7月11日 読売新聞)

 「育児をしない男を、父とは呼ばない。」――こんなコピーと共に、赤ちゃんを抱えるダンサーSAMさんのポスターが登場し、世間を驚かせたのは1999年のことでした。この頃から、男性の育児参加が積極的に呼びかけられるようになりましたが、「イクメン」という言葉は、いったいいつ頃から登場したのでしょう?

2006年には検索しても結果1件

 その名を冠したNPO法人「イクメンクラブ」代表の長谷川潤さんによると、2006年末に活動を始めた頃には、インターネットで「イクメン」と検索しても1件しか見つからなかったそうです。「07年4月にクラブのホームページを作成すると、お母さんたちがブログで使ってくれたり、会のイベントが新聞やテレビで紹介されたりして、言葉が徐々に拡散していったように思います」と振り返ります。
 そして10年には、国の「イクメンプロジェクト」がスタート。同年の「新語・流行語大賞」のトップ10にも選ばれたことで、一気にイクメンは「ブーム」になりました。
「イクメン」ってどんな人?
 では実際、「イクメン」と呼ばれるのはどんな男性なのでしょう?
 「イクメンプロジェクト」では、「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のこと。または、将来そんな人生を送ろうと考えている男性のこと」としています。
 「イクメンクラブ」では、「イクメンとは、『育児を楽しめるカッコいい男』のことである」「イクメンは、子どもたちを広く多様な世界へ誘い出す」「イクメンは、妻への愛と心づかいも忘れない」――を「3カ条」として掲げています。
 長谷川さんは「今『イクメン』というと、『なんちゃってイクメン』とか『勘違いイクメン』とか、いろいろ悪いイメージで使われることもあるようですが、家族構成や働き方などが一人ひとり異なるように、イクメンにも多様性があっていいと思います」と話します。
 そのため、男性たちに呼びかけているのは以下の3点。一つ目は「くらべない」。周りの父親と比べて「もっと頑張らなければ」などとプレッシャーに感じるのはやめましょう。自分流でいいのです。二つ目は「こもらない」。悩んだら友人らに相談し、ときには愚痴も語り合うのがおすすめです。最後に「よくばらない」。育児も仕事も地域活動もパーフェクトにやろうとしては、ストレスがたまります。「いきなり高いバーを飛び越えようとしても無理。ママや周りに『子育てはそんなものじゃない』と言われても、まずは一歩踏み出してみてください」(長谷川さん)

これからの家族は「デュアルエンジン」

 同クラブメンバーの呼びかけによりNPO法人「ETIC.」のメンバーがまとめた「イクメン白書」では、これからのパパの子育てについて、バージョンアップしたという意味を込めて「イクメン2.0」と名付けました。その中で、夫婦関係を「デュアルエンジン」と紹介しています。
 「共働きでも専業主婦、専業主夫の家庭でも、二人ともが育児を自分のことと考え、かつ仕事も大切にできるといいなと考えています。役割を固定するのではなく、パートナーと相補的な関係を築くイメージです。そして、子どもを通してパパたちもつながりあえば、きっと、よりよい地域や社会をつくっていく大きな力になっていくでしょう」と長谷川さんは話します。
 同クラブでは、父親らが楽しく子育てに参加して、「3カ条」をクリアできる後押しになればと、料理作りやキャンプなどのイベントを企画しています。長谷川さんは「7月21日には、親子対抗はだし運動会も開催予定です。ぜひ家族そろって、笑顔の時間を過ごしてください」と参加を呼びかけています。

【参考】NPO法人「イクメンクラブ」 http://www.ikumenclub.com/

■ [シリーズ感染症]母になる心得(2012年12月 読売新聞)New_Icon_bl_01.png

(1)生肉が原因 胎児に障害(2012年12月3日 読売新聞)

 昨年1月、東京都豊島区の歯科医、渡辺智美さん(32)は、妊娠8か月の超音波検査で、胎児の頭の「脳室」が通常の4倍に広がっていることが分かった。
 子どもを望み2年半。順調な妊娠生活が突然暗転した。大学病院に転院し、3月上旬、「トキソプラズマ」の感染による水頭症とわかった。
 トキソプラズマは、ネコや牛、豚、馬などの動物に寄生する原虫。人に感染するのは、感染した動物の肉を生や十分に加熱せずに食べる、土いじりをする、感染したネコのふんを触る――などが経路だ。
 人から人へは感染しない。ただし、妊娠中に初めて感染すると、胎児に感染することがある。感染した胎児には、脳や目に障害が出るおそれがある。
 渡辺さんは抗生物質の薬を飲み、長女を出産した。治療薬である「抗原虫薬」が日本で販売されていないため、個人輸入し、長女に1年半服用させた。自費で約50万円かかった。
 現在、長女は1歳8か月。右手足に少しまひがあり、まだ一人で歩けない。障害を持つ子どもたちとの集団療育や、個別のリハビリのため、専門施設に通う。

 妊婦はトキソプラズマの感染を防ぐため、
〈1〉肉は十分火を通して食べる
〈2〉土をいじるなら、手袋をし、十分、手洗いする
〈3〉包丁やまな板は生肉用と野菜用に分ける
〈4〉ネコの世話はできれば家族に任せる
――などの注意が必要だ。

 渡辺さんは、病院でこうした指導は受けず、「ネコを飼う人が用心する感染症」と思い込んでいた。
 だが、三井記念病院(東京都千代田区)産婦人科部長の小島俊行さんは「生や加熱不十分な肉の摂取や、土いじりによる感染の方が多い」と指摘する。
 渡辺さんも妊娠中期に、焼き肉店でユッケやレバ刺しを食べていた。「何も知らず、大切な我が子に障害を与えてしまった」と自分を責め、涙を流した。
 国内では、妊婦の約9割がトキソプラズマの抗体を持っておらず、感染するおそれがある。抗体検査で妊娠中の感染が分かれば、抗生物質で子どもの重症化を防げるが、妊婦健診で抗体検査を行う施設は半数しかない。日本小児感染症学会の調査では3年間に16例の胎内感染が報告されたが、見逃しも多く、氷山の一角だ。
 渡辺さんは今年9月、他の母子感染症の子を持つ母親らと合同の患者会「トーチの会」を作った。「妊娠を考える女性は、ぜひ母子感染症の知識を持ってほしい」と話している。

★ 「トーチの会
 先天性のトキソプラズマ、サイトメガロウイルス感染症の合同患者会。予防法をホームページで伝え、国に啓発や健診の充実を訴えている。

(2)乳幼児と食器共有避けて(2012年12月4日 読売新聞)

 2009年1月、神奈川県茅ヶ崎市の主婦相原知子さん(32)は、次女の未来ちゃん(3)を予定より3か月早く出産した。3日後、NICU(新生児集中治療室)の医師から告げられた。
 「未来ちゃんは、胎内で『サイトメガロウイルス』に感染していました」
 なぜ、そんな聞いたことがないウイルスに――。
 相原さんは驚いたが、実は、世界中にあるありふれたウイルスだ。通常は感染しても問題は起きない。
 しかし、妊娠中に初めて感染すると4割が胎児にも感染し、感染した胎児は脳や聴力に障害が出るおそれがある。生まれた時に症状がなくても、成長とともに表れてくることもある
 尿や唾液といった体液に触れて感染する。特に、感染した乳幼児から妊娠中の母親に、おむつ交換や食事の際に感染してしまうケースが多い。
 相原さんは未来ちゃんの妊娠中、長女(5)に離乳食を与える際、スプーンを共有したことがあった。「あまりにも無防備だった」と振り返る。
 妊婦の3割が抗体を持っていないのに、妊婦健診での抗体検査は一般化されていない。実態がよくわからず、治療法も定まっていないからだ。
 だが、昨年3月、厚生労働省研究班がまとめた大規模調査では、新生児の300人に1人が胎内で感染し、1000人に1人に何らかの症状が出ていた
 神戸大産婦人科教授の山田秀人さんは「先天的な病気の中では、心疾患や口唇口蓋裂に次ぐ高い頻度なのに、ほとんどの妊婦が知らず、予防策が十分講じられていない」と指摘する。

 同大では、健診で抗体検査を行う。抗体がない妊婦には、
〈1〉子どもの尿や唾液、鼻水に触れたら、念入りに手を洗う
〈2〉小さな子どもと食べ物や飲み物、食器を共有しない
――といった注意点を書いた資料を渡し、丁寧に説明する。

 胎児や新生児への治療も積極的に研究する。抗体から作った免疫グロブリン製剤や、抗ウイルス剤を使っている。
 未来ちゃんは肺の働きが弱く、鼻にチューブを入れて酸素を吸入している。1歳過ぎには、難聴があることもわかった。体は小さいけれど、日々、大好きな姉と一緒に活発に遊ぶ。
 この11月には、七五三をピンクの着物で祝った。相原さんは未来ちゃんの成長を喜びながらも、「もし予防法を知っていれば、娘の人生も違ったものになったかも、という悔しさは消えません」と話している。

(3)妊娠前に風疹抗体検査(2012年12月5日 読売新聞)

 埼玉県の女性(43)は2010年12月、不妊治療のため、ウィメンズ・クリニック大泉学園(東京都練馬区)を受診した。
 ホルモン値やクラミジア感染を調べる不妊症の検査と同時に、「風疹」の抗体も調べるよう勧められた。
 母親が妊娠初期から20週ぐらいまでに風疹に感染すると、胎児も感染し、心臓病や白内障、難聴を引き起こす「先天性風疹症候群」になるおそれがある。
 女性には風疹の経験もワクチン接種の記憶もなく、検査を受けると、「抗体がない」、つまり感染する可能性があるという。
 しかし、ワクチンを打つかどうか、悩んだ。生ワクチンのため、接種直後に妊娠した場合、胎盤を通じてウイルスが胎児にうつるおそれがあり、接種後2か月は避妊が必要だからだ。
 「年齢を考えると、一日も早く妊娠したい。でも、せっかく妊娠できた時に風疹にかかったら後悔するし、私に風疹をうつした人も悲しませてしまう」
 そう考えてワクチン接種を受け、避妊期間は、検査や子宮に見つかったポリープの切除手術にあてた。
 その後、不妊治療で妊娠し、この春に男児を出産した。わが子の寝顔を見ては幸せをかみしめる。「できる限りのことをして、間違っていなかった」と話す。
 同クリニックの患者875人のうち、抗体がないか少ないために風疹にかかるおそれがあったのは、239人(27%)。35歳以上は32%で、35歳未満(24%)より明らかに高かった。
 調査した産婦人科医の中尾佳月さんは「ワクチンで免疫を得ても、年とともに低下していきます。小さい頃に接種したから大丈夫、と油断しないで」と話す。
 同クリニックでは麻疹(はしか)の抗体検査も勧める。妊婦が感染すると流産や早産を招きやすい。風疹と混合のワクチンがあるため、一度に接種できる。
 今年に入って風疹患者は急増し、すでに2000人を超えた。患者の全数調査が始まった08年以降最多だった11年(371人)を大幅に上回る。定期接種の対象外だった30、40歳代男性を中心に広がっている。
 妊娠初期の健診では、風疹の抗体検査を受ける。この時、抗体がないとわかっても、生ワクチンを妊婦は打てない。そして妊婦が感染したら、胎児への影響を完全に防ぐ治療法はない。
 横浜市立大産婦人科教授の平原史樹さんは「妊娠を考えるならまず、抗体を調べてほしい。夫や家族ら周囲のワクチン接種も、流行を抑える大切な手段です」と話している。

(4)母乳は「天然のワクチン」(2012年12月6日 読売新聞)

 「絶対に風邪をひいてはいけない」。今年3月初めに長女を産んだ埼玉県内に住む母親(37)は、そう考えていた。
 母乳で育てているため、風邪をひくと母乳から子どもにうつるのではないか、と心配だったからだ。
 不安がどうしても拭えず、出産の10日余り後に、昭和大病院(東京都品川区)の母乳育児相談外来を訪れた。小児科准教授の水野克己さんから、「風邪は母乳から感染しない」との説明を受け、胸をなで下ろした。
 水野さんによると、母乳で育児をする母親の中には「インフルエンザに感染した時にも母乳を与えて大丈夫なのか」と悩む人も少なくない。だが、授乳の際に気をつける必要がある病原体は限られている。
 既に感染している母親の母乳に病原体が潜み、子どもに感染・発症させる恐れがあるのは、免疫細胞を壊して免疫機能を低下させていくエイズウイルス(HIV)と、白血病や歩行障害などを引き起こすヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV―1)の2種類だ。
 HIVは完全に人工乳へと切り替えることが推奨されているが、HTLV―1については、見解が分かれている。
 母乳を与える期間を満3か月までの短期間に限定し、その後、人工乳に切り替える方法で、感染率は3%程度に抑えられたとの報告がある。人工乳のみで育てた場合でも感染率は約3%とされ、途中まで母乳で育てた場合と変わらない。3%の感染例は、子宮内や産道内で感染した可能性が考えられているためだ。
 また、24時間以上凍結させるとウイルスの感染力がなくなるため、凍結母乳による授乳も可能だ。ただ、搾乳後に冷凍し、授乳する時には解凍するなど、母親の負担も少なくない。このため国などは、授乳方法の説明を十分受けた上で、子どもの健康状態や家庭環境などに応じて授乳方法を選択するよう求めている。
 これら一部の病気を除けば、母乳を与えることには様々な利点がある。
 日本人の母親107人を対象にした研究によると、出産後1~10日で得られた母乳の中には、個人差はあるものの、病原性大腸菌やロタウイルス、百日ぜきなど、腸管や呼吸器の感染症への免疫を持つ抗体が含まれていた。母乳は、子どもの感染予防や重症化を防ぐ効果が期待できるのだ。
 水野さんも「母乳は、母親を通して様々な病原体の免疫が得られる『天然のワクチン』。ごく限られた状況を除けば、母乳による授乳を勧めたい」と話す。

(5)Q&A 相談に応じる拠点整備を(2012年12月7日 読売新聞)

長崎大教授 森内浩幸(もりうち・ひろゆき)さん
1984年長崎大医学部卒。99年から同大小児科教授。日本小児感染症学会理事。先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」顧問。

 ――母子感染とは何ですか。

 「妊産婦が持つウイルスや細菌、原虫が、胎盤や産道、母乳を通じて子どもに感染することです。妊産婦が感染しても症状が出ず、気付かない間におなかの赤ちゃんに影響を及ぼす感染症も少なからずあります」

 ――どのぐらい起きているのでしょうか。

 「国に届け出る義務がある先天性梅毒は年10人前後、先天性風疹は1、2人程度です。日本小児感染症学会調査から、先天性サイトメガロウイルスは年約100人、先天性トキソプラズマは同10人が診断されていると推定できますが、見逃されている新生児はそれぞれ10倍はいるでしょう」

 ――新生児期に症状がなければ、心配ないですか。

 「サイトメガロウイルスやトキソプラズマの胎内感染は、出生後しばらくしてから難聴、視力障害、発達障害が起こることがあります。新生児で感染がわかれば、医師も親も注意深く様子を見るので、早期発見につながりやすい。難聴児は、早期の訓練が言葉の発達を促します。障害を軽くするために、新生児全員に感染検査を行う必要がないかを確かめる研究が必要です」
 「HIV(エイズウイルス)は数か月から数年で発症します。B型肝炎ウイルスやHTLV―1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)は、感染者の一部が数十年後に発症します」

 ――妊婦ができる対策はありますか。

 「妊娠前に、必要に応じて風疹などのワクチンを打ち、妊娠したら健診を受けましょう。健診時の感染検査は、風疹、梅毒、B型肝炎、C型肝炎、HIV、HTLV―1、B群溶連菌、クラミジアで、検査結果をどう判断し、子への感染予防のために何を行うかが、ほぼ確立しています」
 「トキソプラズマとサイトメガロウイルスは対策が定まっていませんが、妊娠中の新たな感染を防ぐためにも、私は妊婦にこの二つの感染症の検査を依頼するよう勧めます」

 ――生活の注意点はありますか。

 「予防の基本は、
〈1〉加熱不十分な肉や殺菌されていない乳製品は食べない
〈2〉乳幼児の尿や唾液に極力触れず、触れた後は手を洗う
〈3〉乳幼児の食べ残しを食べたり、食器を共有したりしない
〈4〉性行為ではコンドームを使う
〈5〉ペットの世話はなるべく家族に頼む

――などです。米国では政府機関が注意点をまとめ、啓発しています。日本では、患者会「トーチの会」が予防の11か条を作っていますが、本来は国が主導して注意喚起すべきです」

 ――ほかに必要な対策はありますか。

 「感染の時期が特定できない、胎児への影響が判断できない、といった難しいケースに直面した主治医や、不安を抱える妊婦からの相談に応じる拠点病院の整備が求められます」(中島久美子、野村昌玄)

■ 赤ちゃんノート「産後ママの体とこころ」(2012年12月〜 読売新聞)

【1】毎日イライラするのはなぜ?(2012年12月6日 読売新聞)

 赤ちゃんとの暮らしが始まると、かわいらしい姿に癒やされ、楽しいことも増える反面、不安やイライラを感じることも多くなります。「なかなか長い時間寝てくれない」「月齢のわりに体重が増えていないのでは」「一人でゆっくりする時間がほしい」――。
 この「赤ちゃんノート」には、少しでもゆったりと赤ちゃんとの時間を過ごせるよう、専門家の皆さんからのアドバイスなどをつづっていきます。

甘え上手になって

 わけもなく涙が出てきたり、自信をなくして不安を感じたり。何気ない夫の言葉に、ついイラッとしてしまうこともあるかもしれません。
 なぜ、このようにイライラしてしまうのでしょうか。
 東京都江東区「東峯婦人クリニック」副院長の産科医・竹内正人さんは、「産後2、3日から10日ほどの間は、マタニティーブルーズといわれるもので、6割から8割の女性にみられるといわれます」と説明します。産後は胎盤からのホルモン「エストロゲン」などの分泌がなくなり、その影響と考えられています。お母さんの性格や母性に原因があるのではなく、「機能的」なものです。不眠や食欲の低下などの症状が出ることもあります。これは生理前のPMS(月経前緊張症)も同様です。
 しかしその後も、夜中も頻繁な授乳が続くなど、睡眠不足で疲れもピークに達することでしょう。丸一日、赤ちゃんと家の中でばかり過ごすと、ストレスもたまりがちです。
 「大人だけの暮らしは効率的で、段取りよく物事を進められます。一方、出産や子育ては非効率的。予定通りなんて、まずありません。赤ちゃんが寝ている間に食事の準備をと考えていると、赤ちゃんはすぐに目を覚ます。食事の準備はできない。部屋もなかなか片付かない。それでも何とかなります。まずは赤ちゃんとの生活に慣れましょう」(竹内さん)
 そして、こうした考え方は、夫にも必要です。「何で食事の用意ができていないの?」と妻を責めるなんてもってのほか。仕事などは段取りよく片付け、妻をサポートしてあげましょう。
 竹内さんは妊娠・出産について一人ひとりと丁寧に向き合うため、「東峯ラウンジクリニック」(東京都江東区)を開いています(完全予約制)。
 お母さんにとっては、身近な存在である夫や母親などのほかに、素直な気持ちを話せる人がいるといいですね。友人や助産師さん、自治体の保健センターに保健師さんを訪ねても良いかもしれません。
 電話での育児相談もあります。各自治体が行っている場合もありますし、民間企業でも受け付けています。中には、開設からすでに30年を超すものもあり、日本各地はもちろん、海外からの利用も含め75万件もの相談が寄せられるそうです。
 何はともあれ、自分の気持ちや感情を抑え込まないで。無理せず、甘え上手になるのも大事と言えそうです。

【2】手首がピリピリ、抱っこがつらい(2012年12月13日 読売新聞)

 陣痛でつらい思いをして授かった赤ちゃん。「もう痛みはこりごり……」と思っていたら、産後もいろいろな「痛み」がお母さんを襲います。例えば腱鞘炎や腰痛です。

体に引き寄せて安心感

 初めて赤ちゃんを抱っこしたときのことを思い出してみてください。赤ちゃんは首がすわっていないのでグラグラ、全身も柔らかくてふにゃふにゃ。おっかなびっくり、両方の手のひらで支えようとした、という人も多いのではないでしょうか。
 東京都杉並区「たらちね助産院」の助産師・大坪三保子さんは、「ママやパパは最初は緊張するでしょう。赤ちゃんを大切に扱おうとするあまり、自分が不自然な体勢で抱っこしているのに気づかないことも多いです」と話します。
 無理な体勢から抱き上げようとしたり、手首をひねって抱っこしたりすると、腰痛や腱鞘炎の原因にもなります。特に手や腕の力だけを頼りに抱くと、負担がかかるため、赤ちゃんは3キロ、5キロしかないのに、「抱っこのたびにピリピリ痛む」「手首に激痛が走って、何も持てない」などと悩むお母さんも少なくありません。
 予防のためには、ラクな抱っこの仕方を覚えるのがポイント。
 手首はねじらずに、片方の腕のひじあたりに赤ちゃんのうなじをのせ、体に引き寄せて抱きます。反対の手でお尻から背中のあたりを支えましょう。「こうすれば抱っこするパパやママと赤ちゃんが密着し、安心感もありますよ」と、大坪さんは話します。
 もし、腱鞘炎になってつらいときは、整形外科など専門医を受診して相談しましょう。母親自身が何かにもたれかかるようにして体を安定させ、授乳時にはクッションやバスタオルを丸めたもので赤ちゃんを支えて手首への負担を軽くするなど、工夫してみてください。
 体に合う抱っこひもやバウンサーをうまく取り入れて乗り切るのも一つの方法です。
 また大坪さんは「最近は、どんどん抱っこしてあげてくださいと産院などで言われ、泣いたらすぐに抱っこしてあげなきゃと、プレッシャーに感じるお母さんも増えています」と話します。
 掲示板「発言小町」には、生後1か月半の赤ちゃんを育てているお母さんから、「義父母がうちに来た時に、子が泣いたので抱き上げたところ泣き止みました。それを見て『ほーらもう抱き癖がついた』と言われました。ついすぐ抱っこするのですが、良くないですか?」という相談が寄せられたこともあります。<抱き癖って何ですか?>
 「赤ちゃんが抱っこしないと寝ないのは、心地よさや安心感を赤ちゃんが理解したから。コミュニケーションの第一歩で、泣くと大好きなパパ、ママが抱っこしてくれるというのは、信頼感につながります。ただ、赤ちゃんは泣くのが仕事という言葉もあるくらいで、多少は泣いても大丈夫。お母さん自身の体も大切にしながら、過ごしてくださいね」(大坪さん)

(院長のつぶやき)昔は「抱き癖がつくから泣いてもすぐに抱くな!」と言われたものですが、近年は「抱き癖がついたら子育ては8割方成功したと思え」と変わってきました。抱かれて安心することは、お母さんを信頼している証です。

【3】男性にのしかかる「イクメン」プレッシャー(2012年12月20日 読売新聞)

 ベネッセ次世代育成研究所(東京)が、第1子を妊娠している夫婦と、2歳までの子ども(1人)をもつ夫婦を対象に行ったアンケートに、ユニークな質問があります。「配偶者といると本当に愛していると実感する」。選択肢は「あてはまる」「ややあてはまる」「あてはまらない」など。あなたならどう答えるでしょうか?

パパへの愛情は右肩下がり?

 この調査(2006~09年)では、夫も妻も妊娠期は74.3%が「あてはまる」と答えました。しかし同じ夫婦に毎年質問をし続けると、夫は0歳児期で63.9%、2歳児期になると51.7%まで減少します。妻は0歳児期で45.5%に急減、2歳児期になると34.0%まで下がってしまいました。
 お互いへの愛情が弱まってしまうのは、なぜでしょう?
 この調査には、「配偶者は仕事や家事、子育てをよくねぎらってくれる」という質問項目もあり、同研究所では、「産後早いうちから夫婦が協力しあい、ねぎらい合っていると、愛情を持ち続けられるようです」と分析しています。
 近年、「イクメン」という言葉が広く使われるようになり、子育てに積極的に関わる男性が増えています。埼玉県所沢市で産前産後の家事サポートなどを行う「アイナロハ」社長・渡辺大地さんは、「奥さんが妊娠すると、男性たちはイクメンにならなきゃとプレッシャーを感じるほど、子育てへの意識は高まっています」と話します。中には、料理に子どもの世話にと頑張りすぎて、お父さんのほうがうつになってしまった例もあるそうです。
 それでも多いのは、「パパは頑張ってくれている。でも本当にしてもらいたいこととは違う」というお母さんたちの声……。
 そこで渡辺さんは、「男の!産後手帳」を作成しました。9月には1000部も発行した人気ぶりです。
 サムライのイラスト付きで、「妻の機嫌が悪そうなのは、拙者のせいか? 赤子のせいか?」というコラムも。回答はズバリ「おおむね、あなたのせいです」。「ママにとっては、あなたの食事の準備をすることやアイロンがけをすることなど、『2人目の赤ちゃんの世話』を強いられる行為だと心得ましょう」とありました。
 渡辺さんは「産前の父親学級を開くと、男性は、『家事で一番大変なのは料理。だから産後は自分がそれを引き受ける』という考えが多いです。でも奥さんが一番望んでいることはそれではないことも。二人とも、本当はどう思っているかを素直に話し合える時間を持つことが必要です」とアドバイスしています。

【4】母乳育児は痛みとの闘い?(2012年12月27日 読売新聞)

 「さて授乳。飲ませはじめは乳首が痛むので、えいっという感じで気合を入れておっぱいを含ませます。ホントに痛いよ~(泣)」。赤ちゃんが生後2か月頃の、あるお母さんの育児日記です。母乳で育てたい、でも痛みがツライ……そう悩む人も多いでしょう。

ハンバーガーをほおばるような大きな口で

 痛みを感じたら、まず赤ちゃんがどんなふうにおっぱいをくわえているかを確認してみるのがおすすめ。日本赤十字看護大学大学院(東京都渋谷区)で助産師を目指す人たちの教育にあたる井村真澄教授は、「乳首に痛みを感じるときは、赤ちゃんのくわえ方が浅い可能性があります」と話します。
 赤ちゃんが母乳を飲むときは、吸う力で「陰圧」がかかります。乳首の先のほうだけくわえていると、その部分に多くの圧力が加わって痛みが強くなるので、赤ちゃんが乳頭から乳輪まで深く口に含むことができるとよいそうです。
 では、深く含ませるコツはあるのでしょうか?
 「まず、赤ちゃんの抱っこにいくつかのポイントがあります」と井村さん。最初に、お母さんと赤ちゃんにとって楽な姿勢であること。お母さんが椅子の背にゆったりもたれかかるようにしていると、疲れにくいそうです。そして、赤ちゃんの「耳」「肩」「腰」が一直線に並び、体の軸がねじれていないことも大切です。
 お母さんが体を前のめりにしておっぱいを赤ちゃんに近づけるのではなく、赤ちゃんとお母さんのおなか同士をぴったりくっつけます。
 そうして、赤ちゃんが乳房を深く含むには、赤ちゃんの口の上半分の空間に乳頭~乳輪が入るようにするのがコツです。「大きな口を開け、ハンバーガーをほおばるときをイメージするのがポイント。赤ちゃんがおっぱいを含もうとしているとき、乳頭は赤ちゃんの鼻のほうを向いています」(井村さん)。うまく飲めていれば、赤ちゃんのあごが乳房にくっついています。
 さらに 「赤ちゃんのおっぱいを欲しがっている早めのサインに合わせて授乳すること」と井村さん。具体的には「目を閉じていても目の動きが増える、または目を開ける」「おっぱいを探すように口を開けて首を動かす」「ささやくようなやわらかい声を出す」「口に触れるものを吸う」「むずかる」……などがあります。
 つまり、赤ちゃんのおなかがすきすぎて大泣きする前、大人で言うと「小腹がすいた」というタイミングで授乳できると、赤ちゃんが大きな口を開け、深くくわえてくれるというわけです。
 「よく、泣いたらおっぱいをあげましょうと言われますが、大声で泣いているのは遅すぎるサイン。ママも焦ってしまいますよね。お互いにリラックスした状態で授乳できると良いですね」(井村さん)
 おっぱいが張ったり固くなったりしたときは、赤ちゃんが深くくわえやすいようやわらかくほぐすことが助けになります。固くなっている乳輪付近に親指と人さし指をそっと押し当て、ごく弱い力でそのまま指を沈めるように力を加えて、母乳を少しずつ出しましょう。表面をこすると傷ができることもあるので要注意です。
 井村さんは「痛みを感じるほど強い力はかけずに、ケアすると効果的です。そっと、少しずつほぐしましょう。授乳後に乳頭がひりひりしたり小さな傷ができたりした場合には、母乳を塗っておきましょう。これらのことをしても痛みや傷が治らなかったら、産院・助産院などで相談してくださいね」とアドバイスしています。

【5】朝までぐっすり眠りたい!(2013年1月10日 読売新聞)

 掲示板「発言小町」に、生後3か月の赤ちゃんを育てているお母さんから投稿がありました<3ヶ月完ミで朝まで寝ません>。夜11時半にミルクをあげても朝まで寝てくれないという悩みです。育児本やネット、雑誌などには、同じくらいの子どもが「19時に寝て6時まで起きない」「22時に寝て8時まで爆睡」などの記載もあり、「信じられない」とつづっています。

短時間でも「しっかり眠れた」感覚を

 「朝まで寝ないのが普通」。ユーザーからは、お母さんを励ます声が多く寄せられました。「育児書には、5か月くらいになったらまとまって寝てくれるようになると書いてありましたが、そんな兆しはまったくなく、睡眠不足でフラフラになりながらの毎日でした。結局ちゃんと寝てくれるようになったのは1歳半を過ぎた頃」などの体験談も。
 「4児の母」さんは、「4か月で一晩起きない子もいれば、2歳まで毎晩夜泣きする子もいる。そしてみんな、いつの間にか長く寝てくれるようになる。どんな個性のある赤ちゃんか楽しみですね」とエールを送りました。
 生後4か月からの赤ちゃんを対象に、ベビーヨガの教室を開いている助産師・大坪三保子さんは、集まったお母さんから「寝てくれない」とよく相談されます。そんなときは、赤ちゃんの成長リズムと睡眠の関係について説明するそうです。
 生まれてから6週間ほどは、「急成長期」で著しく大きく育ちます。多くの栄養を必要とするため授乳も頻繁です。「その後は少し成長が落ち着き、しっかり飲んで授乳の間隔が空く子もいます。ただ、だんだん赤ちゃんの個人差が際立ってくるときなので、一人ひとり違ってきますね」
 3か月くらいからはまた「急成長期」があり、脳や感覚器が発達するそうです。それまでは夜に少しまとまって寝てくれていたのに、また目を覚ますようになると、「おっぱいが足りなくなったのかも」と不安に感じるお母さんもいますが、大坪さんは「赤ちゃんが求める栄養が増えたためで、おっぱいが出なくなったわけではないことが多いですよ」と話します。
 その後、5~6か月は次の「急成長期」に向けて、また多くの栄養を求める時期。この頃が離乳食の始め時です。「離乳食を始めると生活リズムもできてきます。朝は目覚めて光をたくさん浴び、夜は眠るというリズムに導いていきましょう」(大坪さん)
 また、お母さんの「眠りの質」についても考えてみましょう。短い時間でも、「しっかり眠れた」という熟睡感があるといいですね。大坪さんによると、母乳育児中は、ホルモンの作用などでリラックスしやすく、眠りに入りやすいそうです。ミルク育児でも、赤ちゃんとの楽しいスキンシップなどで同様の効果が期待されるといいます。
 ただ、起きているときに不安やストレスを強く感じていると、疲れすぎてなかなか眠れないということもあります。大坪さんは「妊娠中は自分の体に良いことをと取り組んでいたお母さんも、出産すると自分のことは後回し。ぜひ産後こそ、自分の体をケアしてあげましょう。身近な人とのスキンシップ、やさしいマッサージ、体操や散歩、おしゃべりなど、リフレッシュできる時間も持てるといいですね」と勧めています。

【6】赤ちゃんと引きこもり状態……(2013年1月24日 読売新聞)

 外が寒い季節は特に、「風邪をひかせては」と家で過ごす時間が長くなりがちです。掲示板「発言小町」にも、こうした悩みが多く寄せられています。
 生後10か月の赤ちゃんを持つお母さんは「このまま冬眠するみたいに家で二人きりで3月まで過ごすのかと思うと、気が遠くなりそうです」と嘆きます<赤ちゃんとひきこもり、つらいです>。腸が悪くよく吐くため、「地域の交流に行きづらい」という2か月の赤ちゃんを育てていて、「育児というより終わりのない『しんどい作業』の繰り返しのように思えます」「毎朝またひとりになるのが辛くて泣けてきます」とつづったお母さんもいます。

■地域の「ひろば」に出かけよう

 東京都杉並区で、母親教室「ひだまりクラス」を開いている小児科医・佐山圭子さんは「お医者さんから外出を止められているなど特別な事情がなければ、少しの時間でも、なるべく外に出ることをお勧めします」と話します。
 佐山さんが2010年、「子育て中のお母さんが集える場所を」と取り組みを始めたのは、自分自身の経験もきっかけです。引っ越したばかりの土地で知り合いもおらず、出産は「十分なケアを受けられた」と満足できるものではなかったそうです。「納得できず、混乱と焦燥の中にいた私を支えてくれた人は誰もいませんでした」。佐山さんは、「『母が支えられる』ということは、子育てで一番大事なこと」といいます。
 「生まれると大変だよ」と出産前に聞いてはいても、具体的にどんな生活になるのか、赤ちゃんがどんな風に泣くのか、リアルな姿を見る機会はそうはありません。母親教室などに出かけることで、他のお母さんたちの"リアルな子育て"に接し、「大変なのは自分だけではない」と感じることができるでしょう。
 最近は、佐山さんのクラスのように、地域で子育ての「支え手」になろうという動きが広がっています。地域の社会福祉法人や子育て支援NPOなどが開く「子育てひろば」が全国各地にでき、厚生労働省のまとめでは、児童館や支援センターなども含めると、2011年度で5700か所以上に達しました。また、図書館で赤ちゃん向けの読み聞かせタイムを設けているところもあります。
 「出かけるときは、お友達と一緒でなくても大丈夫?」と悩む人もいるかもしれませんが、ひろばや児童館などのスタッフに声をかけてみましょう。
 佐山さんは、「お子さんが風邪をひいてしまうのでは、という不安も分かりますが、お母さんがつらいと感じる状態もとても心配です。気後れせずに出かけて、人とおしゃべりしてみてくださいね」とアドバイスしています。

■ 出生直後の「カンガルーケア」(2012年2月20日 読売新聞)

 赤ちゃんを裸のまま、母親の乳房の間に包むように抱っこする「カンガルーケア」。母親の満足度も高いが、出生直後の新生児に実施中に、呼吸停止など容体が急変するケースも報告されている。安全に行うために何が求められているのだろうか。

急変に備える体制 必要

カンガルーケア.jpg

 ――カンガルーケアは、どのようなケアですか。

 「本来は、早産で小さく生まれた赤ちゃんのためのケアとして始まりました。日本では、1996年にNICU(新生児集中治療室)で導入されました。治療を受けて症状が安定した赤ちゃんを母親が抱っこします」
 「今、問題になっているのは、正期産の新生児へ行うケースです。出産直後の母親が、生まれたばかりの新生児を抱っこするもので、正しくは『早期母子皮膚接触』と呼ばれます」
 「肌と肌の触れ合いで、母子の絆が深まり、母乳育児がしやすくなります。こうした利点が、母乳育児を熱心に支援する助産師を中心に認識され、助産院から病院まで、あらゆる施設に広がりました。日本未熟児新生児学会が2010年に実施した全国調査では主要施設の78%で行われていました」

 ――ケア中に容体が急変する事例はこれまでどれぐらいありますか。

 「国内で、26の急変例が報告されています。いずれも蘇生処置が必要になった重いケースで、3例が死亡しました。ほかにも、訴訟が起きたことで判明したケースもありますが、詳しい実態は明らかになっていません」

 ――「カンガルーケアは危険なのか」と心配する母親もいますが、どうでしょうか。

 「そもそも、生まれてすぐは、どんな新生児でも、胎外の環境に適応しようとする時期で、呼吸や心臓などの働きが不安定なため、急変する可能性があるのです」
 「日本未熟児新生児学会の全国調査では、誕生時に医学的に問題がないと判断された新生児約32万人のうち56人に、退院までの間、死亡したり、蘇生が必要になったりする深刻な急変が起きました。その84%が出生後48時間以内に起きていました。ケア中の急変もありましたが、『カンガルーケアにより急変が起こりやすいとは言えない』と分析しています。英国の国際研究グループも、同様の結論でした」
 「ただし、こうした研究や、国内の急変例の報告からは、急変時にスタッフの見守りがない、新生児の呼吸を不自由にするような不適切な姿勢で行われていた、など安全対策が不十分なまま行われていた問題が指摘されています」

 ――では、どんな対策が必要なのですか。

 「昨年12月に日本産婦人科医会が出した通知では、施設ごとにどんな状態の母子にケアを行うかなど実施基準をつくることや、ケア中に助産師らが母子を見守ったり、蘇生技術を持った人員を配置したりすることを求めました。母親自身も、安全対策も含め、十分な説明を受けてその効果や注意点をきちんと理解することが大切です」
 「ケアの利点は揺らぎませんが、しっかりとした安全対策を講じぬままに導入した施設も少なからずあったのは事実です。新生児を担当するスタッフすべてが、新生児の体調は不安定で急変しうる、という認識を持ってほしいと思います。ケアの有無にかかわらず、どんな状況でも、決して新生児の安全を母親任せにせず、医療スタッフがこまめに顔色や呼吸などに変化がないかを見守り、急変に対し、少しでも早く対応できる体制をつくる必要があります」(中島久美子)

■ 子どもの病気 口唇口蓋裂(2012年2月:朝日新聞)

1 閉じて終わりと思ったが

 「男の子だあ。おしっこかけられた!」。妙にはしゃいだ助産師の声が分娩(ぶんべん)室に響いた。
 岐阜県各務原(かかみがはら)市の小学校教諭稲葉(いなば)なつるさん(51)は1992年1月29日、第2子の啓太(けいた)さん(20)を、自宅近くの総合病院で出産した。
 赤ちゃんと会う前に、なつるさんは医師らから「手術をしなければいけない」と聞いた。なぜか、育児書で読んでいた「口唇(こうしん)口蓋裂(こうがいれつ)」が頭に浮かんだ。
 胎児の上唇や上あごは三つの部分が組み合わさってできるが、それらがくっつかないまま生まれることがある。3時間後に対面した啓太さんには、上唇の左右に2カ所と、口の中の上の部分(口蓋)に、形成不全によるすき間があった。重い口唇口蓋裂だった。
 なつるさんにとって、口唇口蓋裂の子どもを産んだことはショックではなかった。
 当時は知識が乏しく、「手術で閉じれば終わり」と思っていた。「『しょうがい』の有無は人間の価値と無関係だ。そう考える社会になればいいな」と、日頃から考えていたからかもしれない。
 あまりにケロッとしているなつるさんの姿を見て、助産師や家族も不思議そうだった。
 啓太さんは翌日、同県大垣市の市民病院に転院した。口唇口蓋裂の子どもは心臓など他の臓器の成長も不十分なことが多いためだ。精密検査の結果、合併症はなかった。上あごのすきまを覆う器具をつけ、2週間後に退院した。
 最初の手術は生後7カ月。上唇のすきまを閉じた。愛知学院大歯学部(名古屋市)の河合幹(かわい・つよし)教授(当時)らが執刀した。
 2歳になった直後、河合さんは、のどの奥にある軟らかい部分の粘膜だけを縫い合わせた。上あごの前方の骨がある硬い部分を手術すると、上あご全体の成長を邪魔するため、時間をおいてすき間を閉じることにした。「2回法」という手法だ。
 最小限の閉鎖手術は終わった。しかし、口唇口蓋裂のことを本で調べたり、自助グループ「たんぽぽ会」で勉強したりしているうちに、なつるさんは、発音やかみ合わせの悪さなどの課題と根気強く、付き合っていかなければならないことがわかった。

2 根気よく発音練習続けた

 岐阜県各務原市に住む稲葉啓太さん(20)は、上唇と上あごがくっつかず、すき間が残る形成不全「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」の状態で生まれた。生後7カ月で上唇、2歳で上あごの奥のすき間を閉じる手術を受けた。
 声を出すときには、上あごの奥の粘膜がのどの壁をふさぎ、呼気はすべて口に流れる。呼気が鼻へ抜けると正確な発音ができない。上あごの奥の手術は、のどをふさぐ機能を向上させる目的もある。執刀した河合幹・愛知学院大歯学部教授(当時)は「言葉は正しく発音できるでしょう」と太鼓判を押した。
 上あごの手術から3カ月。2歳4カ月になった啓太さんは、単語をしゃべり出した。だが発音は不明瞭で、母音だけで構成されているように聞こえた。
 のどを閉じる機能が不十分だと、口の中で作る「破裂音」という音をのどで作る自己流の発音が、身につくことがある。啓太さんは、手術前に覚えたこの発音が抜けなかった。
 「言葉が大変」。母のなつるさん(51)は言語治療の施設を探し、市の「ことばの教室」に2歳半から小学校に上がるまで、毎週通うことになった。
 担当したのは、現在、同市の「福祉の里」で幼児の通園施設長を務める安田香実(やすだ・かぐみ)さん(52)。啓太さんの呼気は鼻に漏れてしまい、息を吹いても、直径1センチほどの発泡スチロールの軽い球ですら動かせなかった。
 「発音の前に、基礎練習をしっかりやらないといけない」。安田さんはそう考えた。ヘビの形の笛のおもちゃを吹かせて強く息を吐き出す練習や、口の周りにつけたお菓子を舌先で取って食べる舌の運動を、根気よく続けた。
 4歳から同大歯学部付属病院で言語治療を始めると、啓太さんの発音はみるみる上達した。小学校に上がるころには、日常会話に困らなくなっていた。
 2歳から小学生までは、耳鼻咽喉(いんこう)科にも毎月1~2回通った。口蓋裂があると、鼓膜の奥の中耳に液体がたまる「滲出性(しんしゅつせい)中耳炎」になりやすい。啓太さんも4歳のときにこの中耳炎になり、左の鼓膜に穴を開け、液体を抜くための細い管を入れた。小学5年生のときに管を取ったが、中学生までプールでは耳栓が欠かせなかった。

3 「プレート入れてます」

 上唇と上あごがくっつかないまま「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」の状態で生まれた岐阜県各務原市の稲葉啓太さん(20)は、2歳までに、主なすき間を閉じる手術を受けた。
 手術のあとも、啓太さんの上唇には傷あとがあり、鼻も変形していた。上あごの前方の骨がある硬い部分には、形成不全によるすき間が、生まれたときのまま開いており、樹脂製のプレートでふさいでいた。
 「一人でも多くの人に、啓太のことや口唇口蓋裂のことを知ってもらいたい」と、母のなつるさん(51)は考えた。小さい頃から啓太さんを連れて、友人や近所の人と自然に話をしてきた。口唇口蓋裂のことを中傷されたことはなかった。
 2歳のとき、啓太さんは保育所に入った。保育所側は当初、「集団の中で特別に手をかけられない」と、入所に難色を示した。しかし、申込書に「特別な配慮はいらない」と書くことで、やっと入所が認められた。以来、給食やおやつの後にプレートをはずし、自分で洗うのが啓太さんの日課になった。
 小学校に上がると、プレートを見たことがない新しい同級生たちは「それ何?」と、何度も聞いてきた。そこで毎年春、みんなの前でこう話した。
 「ぼくは口唇口蓋裂なので、口にプレートを入れています。給食の後に洗います。時々、病院にいくので早退します」
 嫌なことをいう子は同学年にはいなかった。街で出会った人や違う学年の子に、顔の外見のことをあげつらって言われたことはある。しかし「何か言ってるな」と聞き流してきた。
 なつるさんは「きゃしゃで消極的で優しすぎ。いつも友だちの後ろにいる子」だった啓太さんが心配だった。しかし5年生のときに卒業式のピアノ伴奏者に選ばれて以来、啓太さんは少し積極的になり、自分の主張もできるようになっていった。
 啓太さん自身は「マラソンが得意で、勉強も負けていない」と思っていた。口唇口蓋裂を気にすることなく、学校生活を楽しんでいた。
 小学校の高学年に差しかかると、歯列矯正をどう進めるかが次の課題になった。啓太さんは歯の成長が遅く、乳歯が中学生になっても残っていた。

4 歯が不足、骨移植勧められ

 「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」の治療を続けていた岐阜県各務原市の稲葉啓太さん(20)は、もともと歯ぐきの中の「歯の元」になる部分が少なく、乳歯も永久歯も10本ほど足りなかった
 上の歯ぐきの骨は、2番目の前歯から犬歯が生える部分にかけて、左右2カ所が大きく欠けていた。この影響もあり、中学生になっても上の乳歯の前歯4本と犬歯2本の計6本がなく、奥歯の一部も生えてこなかった。
 上下の歯がかみ合うのは奥の1点だけ。小さい頃から食事は、ほぼかまずに、そのままのんでいた。かみ切りにくいタコやイカのほか、ゴボウやエノキなど繊維質のものが特に食べにくかった。
 食べ物の好き嫌いはなかったが、1回の食事に1時間以上、ときには2時間近くもかかることがあった。給食は昼休みまで食べていることが多かった。母なつるさん(51)は、できるだけ食材を細かく切って調理した。幸い、便秘や胃もたれはないようだったが、「不便だろうなあ」と思った。
 歯ぐきの骨がない部分には歯が生えない。このため、自分の腰骨やすねの骨から「海綿骨」という骨髄の骨を少し取り、歯ぐきに移植する治療法が、広がりつつあった。
 実は啓太さんにも小学3年生のときに、愛知学院大歯学部付属病院で骨移植の計画が立てられた。骨移植は一般的に、犬歯が生え替わる前の7~9歳のころに検討することが多い
 骨移植の際は、歯ぐきの粘膜を切り開いて「ポケット」を作り、そこに海綿骨を詰めて閉じる。海綿骨は体内に吸収され、歯ぐきの骨が新たにできる。うまくいくと3カ月ほどで骨が定着し、歯列矯正によって永久歯を移動する土台になる。
 医師からは骨移植を勧められたが、なつるさんは疑問に思った。「啓太の場合、歯ぐきの欠損が大きすぎて、骨が定着しにくい。そこへ動かす永久歯もまだ生えていない。リスクの方が大きいのでは?」
 なつるさんは他の病院でセカンドオピニオンを求め、結局、見送ることに決めた。
 しかし、啓太さんが中学3年生になったとき、再び骨移植の話が持ち上がった。

5 20年 最後のすき間閉じた

 「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」の状態で生まれ、歯ぐきの骨が欠けていた岐阜県各務原市の稲葉啓太さん(20)に、骨を移植する計画が持ち上がった。中学3年生のときだった。
 提案したのは、矯正に通っていた名古屋市のTF栄矯正歯科クリニック院長、根来武史(ねごろ・たけふみ)さん(54)。以前、現在の主治医で愛知学院大歯学部教授の栗田賢一(くりた・けんいち)さん(62)と歯学部付属病院で治療チームを組んでいた。
 根来さんは啓太さんが中学1年生のときから、歯列矯正を始めた。初めは「今まで診た中で、もっとも厳しいな」と困惑した。
 歯の元になる部分がもともと少なく、乳歯も永久歯も、上の前歯や犬歯など10本ほどが足りなかった。奥歯も臼の形ではなく、とがっていた。乳歯か永久歯か、どちらかわからない歯も何本かあった。
 根来さんは、母なつるさん(51)が保存していた過去のX線写真も参考にして、歯の成長を予測。月1回の通院で、余分な歯を抜いたり、歯をワイヤで引っ張ったりして矯正を進めてきた。
 小学生の時と異なり、上あごや歯ぐきが大きくなり、乳歯の時にはなかった犬歯も生えてきていた。栗田さんは「これで移植が成功する可能性が高まった」と判断した。
 2週間ほど入院するため、中学卒業後の春休みに上の歯ぐきの左側、高校1年生の夏休みに上の歯ぐきの右側に、すねの海綿骨を移植した。さらに、啓太さんが名古屋大に入学した2010年の夏休みに、最後まで残っていた、上あごの前方にある硬い部分のすき間を閉じた。
 栗田さんは「私にできることは、終わりました」と言った。昨年11月には、7年間にわたった矯正治療も終わった。
 生まれてから約20年。口唇口蓋裂の治療に区切りがついた。足りない歯を補う補綴(ほてつ)治療については検討中だ。
 今は大学で生物学の勉強をしながら、名古屋市科学館の展示室ボランティアや国際協力団体などの活動もしている。
 「口唇口蓋裂で生まれたことは、人生を豊かにしてくれました」と啓太さん。口唇口蓋裂と一生つきあいながら、明るく楽しく生きていくつもりだ。

6 情報編 診療科連携でチーム治療も

 口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)は、胎児のときに上唇や上あごを形づくる部分がくっつかず、すき間が残った状態の先天的な病気だ。日本人に多く、年間約2千人の子どもが生まれている。
 妊娠中に薬を飲んだり、喫煙や飲酒をしたりするとリスクが上がり、葉酸などのビタミン類をとるとリスクが下がるという報告がある。しかし、胎児の形成不全は、それ以外にもさまざまな要因が重なって起きると考えられており、完全に予防することはできない。
 治療の軸となるのは形成外科や口腔(こうくう)外科。すき間を手術で閉じたり、歯ぐきの骨の欠損部に骨を移植したりする。だが、子どもが成人するまでには発音訓練中耳炎の治療、歯並びやかみ合わせの改善といった課題が次々に出てくる。
 総合東京病院形成外科のセンター長、保阪善昭(ほさか・よしあき)・昭和大名誉教授は「関係する多くの診療科の医師や歯科医、言語聴覚士などの専門家がチームをつくり、一貫した治療体制をとる病院が増えてきた」という。
 日本口腔外科学会が2008年に口唇口蓋裂の診療指針を作ったが、他の診療科への言及は十分ではなかった。現在、日本口蓋裂学会に所属する幅広い分野の専門家が、指針づくりを検討している。
 ただ、技術レベルについては病院間で差がある。上唇や上あごのすき間の程度には個人差があり、手術の方法や実施時期の考え方も病院ごとに違う。このため基準となる指針が作りにくく、治療結果を客観的に評価することが難しい。
 また超音波検査の普及で、病院によっては上唇にすき間がある子どもの9割を妊娠中に発見できるようになった。新指針では、出生前診断を受けた両親にカウンセリングできる専門医のあり方を示す必要もある。
 「いまの日本で、全分野で高度な技術を提供できるチームは少ない」。両学会で指針づくりを主導する東京大医学系研究科の高戸毅(たかと・つよし)教授(口腔外科学)は、マンパワーを国内数カ所に集約する「センター化」を主張している。欧州では、口唇口蓋裂の治療を行うのは各国1~2カ所程度。患者を集約することで、技術の向上につなげているという。

■ 超未熟児の視力を守る(2011年11月:朝日新聞)

 小さく生まれた赤ちゃんが発症しやすい未熟児網膜症。網膜の血管が異常に伸び、失明しかねない病気だ。以前は重症だと、明暗が分かる程度の視力しか得られなかった。最近は治療法の進歩で、日常生活に支障がないほどの視力になる子どもも増えた。抗がん剤を応用した新しい治療法の研究も進む。

●血管触れぬ早期手術、平均0.2にも

 東京都内に住む女児(4)は2007年8月、都内の大学病院で389グラムで生まれた。予定日まで4カ月もあった。肺や心臓などに加え、目も未発達で、未熟児網膜症と診断された。
 目の構造をカメラに例えると、フィルムにあたる網膜の血管の発達が途中で止まり、その先端に「新生血管」という異常な血管が伸びる病気だ。母親のおなかの中にいた期間が28週未満か、1千グラム未満で生まれた子の8割が発症するとの報告がある。
 異常な血管が増えてできる膜が網膜を引っ張ると、失明につながる。女児は両目にレーザーをあて、異常な血管が増えるのを防ぐ治療を受けた。多くはレーザー照射で治るが、女児は血管が極端に増える重症例で、国立成育医療研究センターで「早期硝子体手術」が必要と診断された。東範行眼科医長が04年に始め、血管が伸びる「足場」となる硝子体の線維を切り取る手術法だ。
 東医師によると、従来の硝子体手術は異常な血管を含む膜を切り取っていた。出血を防ぐため、レーザーの照射後、異常な血管の活発な動きがおさまるのを待たなければならなかった。その間も網膜のはがれは進み、術後も明暗がわかる程度しか見えなかった。
 新しい手術法では、血管にふれないことで、従来よりも1カ月以上早く手術でき、網膜の損傷を減らすことができた。
 女児は今の視力は左右ともに0・2で、遊園地で数十メートル先のマスコットに手を振ることもある。順調な発達が期待できるという。
 同センターで重症の約60人(約90眼)が早期手術を受けた。うち9割強は手術の時期などが適切で、網膜が完全に戻った。視力は平均0・2だが、0・6まで発達した子もいる。
 「教室の一番前に座れば黒板の文字も裸眼で見え、ルーペなどを使えば細かい文字も読める」と東医師は言う。
 重症例への早期手術は今後、数年で香川大や福島県立医科大など、さらに5カ所ほどの病院にも広げる計画が進む。

●抗がん剤を目に注射 評価は二分

 ここ数年は、異常な血管が増えるのを抑える薬を目に注射する治療法も研究されている。「抗VEGF抗体療法」という方法で、「アバスチン」(一般名・ベバシズマブ)という薬を使う。もともとは大腸がんの抗がん剤として07年に承認された薬だった。
 この治療法は主に三つのケースで使われる。手術前に異常な血管の活動を抑えたり、レーザーが効かない患者の網膜剥離(はくり)を防いだりする目的で使うほか、最初からレーザーを照射せずに注射する。
 近畿大堺病院眼科の日下俊次教授は06年、当時勤めていた大阪大でこの薬を使い始めた。網膜がはがれ始める前の子では、23眼中20眼で剥離を防ぐことができたという。
 ただ、この治療に使う薬は、正常な血管の発達も妨げる恐れがあり、赤ちゃんに使うことには慎重な意見もある。米国では今年、レーザーよりも有効とする臨床試験の結果が発表されたが、評価は分かれている。
 この薬を使った治療法は今月から近畿大で受けられるようになったほか、宮崎大など国内数カ所でも行われている。
 日下教授は「この治療法は知能や心身の発達にどのような影響があるかまだ、分からない。レーザーが効かず、他に治療法がない子に限っている」といい、今後、最適な薬の量を確立させたいという。

■ 医療ルネサンス「遺伝カウンセリング」(2012年1月:読売新聞)

(1)がんリスク 事前に把握

 将来、乳がんになる可能性を事前に知った方がよいのかどうか――。東京都のA美さん(43)は昨年、悩ましい選択に迫られた。
 きっかけは昨年2月、姉のB子さん(45)が乳がんと診断されたことだった。
 昭和大病院(東京都)を受診したB子さんは、同病院ブレストセンター長の中村清吾さんから「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群かもしれません。遺伝カウンセリングを受けてみてはどうですか」と勧められた。姉妹のおばも乳がんを患うなど、家族にがんの発症歴が多かったためだ。
 同センターは2010年7月、遺伝カウンセリング外来を始めた。同症候群の可能性が高い人やその家族らが対象。本人の病歴、家族の発症歴などを聞き取って遺伝性がんのリスクを探り、遺伝性かどうか調べる遺伝子検査を受けた方がよいか考えてもらう。カウンセリングの後、B子さんは検査を受けた。がんは遺伝性のものだった。
 姉の検査結果を知り、A美さんも、遺伝性がんのことが気になった。姉と同じ遺伝子を受け継いでいれば、発症リスクは高い。
 A美さんは悩みに悩み、昨年5月、同センターで遺伝カウンセリングを受けた。認定遺伝カウンセラーの四元淳子さんが担当し、遺伝子検査のもつ意味を教えてもらった。
 検査で、がんになりやすい体質とわかれば、がん検診をこまめに受けるなど早期発見につながる。その体質でないとわかれば、不安を解消できる。
 結局、A美さんは検査を受けることにした。「結果を知ることは怖い。でも、がんを発症した姉らの姿をまのあたりにし、結果がどうあれ、その後の人生設計につながる検査の利点は大きい」と感じたからだ。その結果、A美さんもがんになりやすい体質とわかった。
 「ある程度覚悟していましたが残念でした」とA美さんは振り返る。しかし、現実を受け入れ、未発症でも受けられる磁気共鳴画像(MRI)検査など、同センターが用意した早期発見プログラムに取り組む決意をした。「遺伝カウンセリングは患者さんに寄り添い、遺伝に関する適切な情報を提供し、意思決定を支えるためにある。治療の選択肢も伝えます」と四元さん。
 病気の原因となる遺伝子が数多く解明され、遺伝子医療が広がりを見せている。ただ、遺伝情報は生涯変わらず、家族にも影響が及ぶことから、十分な配慮が求められる。遺伝の病気に悩む人を支える遺伝カウンセリングを考える。

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群
 BRCA1・2という遺伝子のいずれかに変異のあるがん。乳がんの場合、70歳までに発症する確率は56~87%。乳がん全体の5~10%を占めるとされる。通常よりも若い年齢で発症するのが特徴。2分の1の確率で親から子に遺伝する。

(2)羊水検査 結果に悩む(2012年1月17日 読売新聞)

 「助けてくださいっ」
 関東地方のA子さん(41)は第2子が妊娠15週だった昨年4月、目を真っ赤にして慶応大病院(東京・信濃町)に電話した。
 A子さんはその少し前、別の医療機関で羊水検査を受けた。羊水を採取して赤ちゃんに染色体異常があるかを調べる検査だ。A子さんは、もし第2子に障害があったら出産をあきらめようと考えていた。
 理由があった。長男は自閉症で、3歳になった今も言葉がうまく出てこない。これまで通りの愛情と時間を注ぎたいが、第2子に障害があったらそれができるのか――。検査は、悩んだ末の結論だった。
 人工妊娠中絶について定めた母体保護法は、中絶を容認する条件に「胎児の異常」は認めていない。「母体の健康を害する恐れがある」との条件を拡大解釈しているのが実情だ。
 A子さんは検査の結果に戸惑った。「一部の遺伝子に異常はあるが、健康への影響はわからない」という不可解なものだったからだ。かかりつけの産科医に電話したが、「そんな相談をされても困る」の一点張りだった。
 「どうすればいいのか」。A子さんは途方に暮れた。
 遺伝性の病気について詳しい説明をしてくれる慶大病院をインターネットで見つけたのはその頃のことだ。夫(41)と連れだって慶応大臨床遺伝学センター教授の小崎健次郎さんを訪ねた。
 実は、出産を巡って夫婦で意見に違いがあった。検査で障害が見つかれば中絶しようと考えるA子さん。どんなことがあっても出産をあきらめるべきでない、という夫。
 カウンセリングで小崎さんは、あえて中絶すべきかどうかには触れず、遺伝性の病気の特徴などを説明。夫婦で判断してもらうことにした。同時に医療機関に羊水の再検査を依頼した。遺伝子の異常を精密に調べるためだ。
 その結果、小崎さんは、赤ちゃんが強い発達の遅れを伴う病気になる確率が5%あることを確認。A子さん夫妻に告げた。
 中絶ができなくなる期日も目前に迫っていた。それでもA子さんは迷い続けていた。しかし4回目のカウンセリングで、それまで物静かだった夫が涙声で切り出した。
 「たった5%の確率で絶対あきらめたくない」。2人は妊娠継続を決めた。
 A子さんは昨年9月、無事に元気な女児を出産。うれしくて涙がこみ上げた。
 「実は9割方中絶するつもりでした」とA子さん。「夫と思いを共有できたのは遺伝カウンセリングのおかげ。感謝の思いでいっぱいです」

(3)未検査の妹 気がかり(2012年1月18日 読売新聞)

 「これは大変なことだ」
 千葉県の女性(29)は2004年夏、突き指だと思っていた父親(54)の右手の指の症状が遺伝性疾患の「筋強直性ジストロフィー」と診断され、慄然とした。
 父親は電気工事の現場監督だった。指が思うように動かないのは「パイプがあたったから」と話していたが、指をまっすぐ伸ばせなくなるなど症状は悪化。父方のいとこも全身の筋力が徐々に衰える病気になるなど、親族に発症歴もあった。
 女性は当時社会人1年生。企業の広報担当として仕事に張り切っていた。いつかは結婚し、子どもをもうけ、温かな家庭を作りたいとの思いも強かった。
 「でも、もし遺伝していたらそんな幸せは得られないのでは」。不安で胸が押し潰されそうになった。
 遺伝の有無は遺伝子検査で確かめられる。
 「白黒はっきりさせたい」
 女性は翌年10月、検査を受けようと、千葉大病院(千葉市)を訪ねた。
 「その前に遺伝カウンセリングを受けてください」
 同大教授の野村文夫さん(臨床遺伝専門医)は前のめりになっている女性に優しく語りかけた。
 親族が遺伝性の病気を患っている場合、その原因遺伝子を受け継ぐ可能性がある。未発症の人が検査を希望するのは、遺伝性疾患ではないと確認し、安心したいためだ。だが、結果が悪かった時の動揺は大きい。特に予防法や治療法のない病気を告知された場合のショックは計り知れない。
 「だからこそ様々な角度から時間をかけ、本当に検査を受けたいのかなど本人の意思を確認する必要があるのです」と野村さん。
 カウンセリングは1回約1時間、計6回にわたって行われた。チーム制で、野村さんだけでなく、心の不安を取り除く臨床心理士、症状に詳しい神経内科医らが加わる日もあった。
 「マイナス面を考慮しても、やっぱり受けたい」
 結局、女性はそう決意した。今後の結婚生活や出産で不安を抱えたままでいたくないという思いからだ。検査の結果、父親の病気は遺伝していなかった。
 女性は2007年に結婚。子宝にも恵まれた。
 女性は今も気がかりなことがある。検査を受けていない妹に病気が遺伝していないかという点だ。
 実は野村さんたちは今も、女性の親族の相談に乗り続けている。認定遺伝カウンセラーの宇津野恵美さんは「検査が終わればそれで終わりではない。親族にも及ぶ遺伝に関するカウンセリングは、その後もずっと続くのです」と話す。

筋強直性ジストロフィー
 握った手を開きにくいなど筋肉の収縮や筋力の低下のほか、白内障や糖尿病などを併発する。現状では根本的な治療法や有効な予防法はない。症状は30歳頃から。親から子に2分の1の確率で遺伝する。

(4)副作用の恐れ 体質で判定(2012年1月19日 読売新聞)

 大阪府の男性会社員(52)は、地方に単身赴任中だった2009年6月、内視鏡検査で、大腸にがんが見つかった。
 兵庫医大病院(兵庫県西宮市)でがんを切除する手術を受けた後、抗がん剤による化学療法に取り組むことにした。用いたのは副作用が比較的少ないタイプの薬だったが、男性の場合はそうではなかった。
 自宅で薬を飲み始めて1週間。倦怠感が全身を襲った。最もつらかったのは、下痢と嘔吐。何度もトイレに駆け込み、便器にしがみついた。食欲もなくなった。73キロあった体重はみるみる減少。3週間で13キロ減った。抗がん剤の投与はすぐに中止された。「もう抗がん剤はこりごりだ」
 再発に備えて男性は、磁気共鳴画像(MRI)検査を半年に1回受けるなど、こまめな検診に切り替えた。
 しかし、11年1月に受けた検査でがんが肝臓に転移していることが判明した。
 手術で肝臓の一部を切除したが、副作用のため、例の抗がん剤は使えない。
 「もう一つ抗がん剤があります。試してみますか」
 男性は、主治医にそう勧められた。この薬はイリノテカン。細胞中のDNAを切断することで、細胞が分裂・増殖するのを抑制する。効果は高いが、難点は10人に2人ほどの割合で激しい下痢などの副作用を引き起こすことだった。
 ただ、副作用が表れやすいかどうかは、遺伝子検査で調べることができる。
 主治医は、男性に同病院臨床遺伝部長の玉置知子さんを紹介した。抗がん剤の働きや遺伝子検査の意義、副作用のメカニズムなどを理解した上で、検査を受けるかどうかを決めてもらうためだ。
 「短い診療時間で、遺伝が絡む問題まで対応するのは難しい。遺伝カウンセリングは、患者さんの理解を補う役割がある」と玉置さんは解説する。
 カウンセリングは、約1時間かけて行われた。
 結局、男性は検査を受けることを決意。検査の結果、男性は、副作用の出にくい体質と判明し、イリノテカンによる治療を始めた。大きな副作用は表れず、今は通常通りに働けるほか、週に2回、スポーツジムにも通う。「一度、副作用の怖さを味わっただけに、自分の体質に合った治療が受けられてよかったです」
 イリノテカンによる副作用の可能性を調べる検査は08年11月、保険適用された。
 玉置さんは「遺伝子医療はまだ発展途上で、遺伝子検査でも、副作用の有無も『可能性』でしか示せないのが実情です。遺伝カウンセリングでそうした点もしっかり患者さんに説明することが求められます」と話している。

(5)臨床医の知識 不十分(2012年1月20日 読売新聞)

 「医療者は今後、だれ一人として遺伝のことと無縁ではいられなくなります」
 1月初旬、鳥取大病院(鳥取県米子市)で開かれた遺伝子診療に関する院内の勉強会。同病院遺伝子診療科長の難波栄二さんは、会場を埋めた100人を超える医師や看護師たちにそう強調した。勉強会は、医師らに遺伝の知識を提供し、病院全体として、遺伝医療に取り組むのが狙いだ。
 同病院では、遺伝子検査や遺伝カウンセリングは、臨床遺伝専門医4人と認定遺伝カウンセラー1人の計5人が主に対応。診療体制は比較的整っているが「病院全体で言えば、遺伝子診療の体制は十分とは言えません」(難波さん)という。
 ヒトゲノム(全遺伝情報)の解読など近年の研究で、一部の遺伝病だけでなく、多くの病気にも遺伝の問題が絡んでいることがわかってきた。あらゆる診療科で臨床遺伝学の知識が不可欠となったが、現場ではそれが不足しているのが実情だ。
 勉強会の会場では熱心にメモをとる若手医師がいた。循環器内科医の山田健作さんだ。山田さんには臨床遺伝学に関心を持つようになったきっかけがある。
 山田さんは昨年3月、心筋梗塞で運ばれてきた40歳代の女性を診察。女性は、先天的に血液が固まりやすい遺伝性疾患を抱えていることが判明した。3人の娘の母親である女性は、娘に遺伝するかどうか尋ねてきたが、どう対応すべきか悩んだという。
 医学部での臨床遺伝学の教育に詳しい信州大准教授の桜井晃洋さんは「遺伝の知識が不足している医師が少なくない。医学部での6年間の教育が十分ではないからだ」と指摘する。
 桜井さんによると、医学部では、基礎医学としての遺伝学は教えているが、家族の発症歴を整理する家系図をどう書くか、遺伝性疾患の患者やその家族をどう支えるかといった臨床で必要な知識は、学ぶべき基本項目に取り上げられていないという。
 こうした現状にもかかわらず、遺伝子検査は医療現場で急速に普及している。臨床遺伝専門医(全国で797人)と認定遺伝カウンセラー(同125人)だけでは対応しきれていないのが実情だ。
 このため、日本医学会は昨年2月に「遺伝子検査に関する指針」を公表。出生前診断など判断が難しいケースを除き、「検査の同意確認」などは、原則として主治医が行うと明記した。
 難波さんは「指針に対応するためにも、各科の医師が臨床遺伝学を学ぶことは必須。科の垣根を越えて、専門知識を深め合えるようにしたい」と話している。

(6)Q&A 保険適用の拡大が必要(2012年1月23日 読売新聞)

 1986年、北里大医学部卒。米ハーバード大留学などを経て、2010年から現職。日本人類遺伝学会理事長補佐、日本遺伝カウンセリング学会総務理事。

 ――遺伝カウンセリングとは何ですか。

 「遺伝にまつわる不安や疑問に対し、わかりやすく説明し、正しく理解していただく医療行為のことです。対象は病気や体質、出産など多岐にわたります。誤解や偏見を払拭し、『人生の選択』を自らの判断で行えるようサポートします。特に遺伝性の病気の原因を調べる『遺伝子検査』を受ける前後には、一部のケースを除いて遺伝カウンセリングは必須です。遺伝子は生涯変わらず、またその一部を共有する家族にも影響が及ぶことから、情報管理にも配慮が求められます」

 ――どんな人が担っているのでしょうか。

 「『臨床遺伝専門医』と『認定遺伝カウンセラー』が中心です。いずれも、日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同認定している資格です。カウンセラーは全国9か所の大学院修士課程で養成された遺伝の専門家です。現在、専門医は全国に797人、カウンセラーは125人います。人数は増えつつありますが十分ではありません。遺伝医療の進んだ米国では、遺伝カウンセラーが3000人以上いるなど、大きな開きがあります」
 「遺伝医療は、すべての診療科の医師にとって必要な領域になりつつあります。専門医やカウンセラーだけでなく、今後は一般の診療でも遺伝に関わる対応が求められる時代になっていくでしょう」

 ――遺伝カウンセリングはどこで受けられますか。

 「遺伝子医療部門のある大学病院などでつくる『全国遺伝子医療部門連絡会議』に参加している医療機関は現在94施設あります。ここならば、臨床遺伝専門医らによるカウンセリングを受けられます。同会議のホームページ(http://idenshiiryoubumon.org/)で探してみてください」

 ――遺伝性の病気は偏見をもたれがちですが。

 「それは残念ながら事実です。遺伝性の病気や先天的な異常について、『家の恥』などととらえる文化が日本に根強く残っているからでしょう。このため、患者を抱えた家族は、誰にも相談できずに孤立するケースが多くあります。インターネットなどの情報は玉石混交で、間違った情報も少なくありません。だからこそ、遺伝の問題に悩む人を支える遺伝カウンセリングは必要なのです」

 ――なぜそのような文化が残っているのですか。

 「小中学校や高校で、人の遺伝についてきちんとした教育が行われていないことが背景にあります。人には多様性があり、遺伝子が原因の病気は一定の確率で起こります。人は誰でも何らかの遺伝子の異常を抱えています。遺伝で差別されることはあってはなりません」

 ――課題はありますか。

 「一部の難病を除き、カウンセリングには保険が適用されず、自費診療(1回数千~1万数千円)なのが実情です。お金の面でカウンセリングを諦めざるを得ないのは残念です。保険適用の拡大が求められます」(加納昭彦)

■ 出生前診断(2011年7月:読売新聞)

(1)エコー検査に振り回され

 「どうも少し、気になることがありましてね」
 妊婦健診で超音波(エコー)検査を受けた千葉県の河野真由子さん(33)が医師にそう告げられたのは2009年5月のことだ。次男の充希(みつき)ちゃん(1)をおなかに宿してから13週が過ぎていた。
 超音波検査は、胎児の発育などを確かめる目的で広く行われている。河野さんは「赤ちゃんの顔がみられるサービス」と思い、毎回楽しみにしていた。
 検査の結果は、「NT」と呼ばれる胎児の首の後ろのむくみが通常より厚いというものだった。一定以上の厚さだと、染色体異常の可能性が高まるとされる。近年の画像技術の進歩で妊娠初期からわかるようになった。
 確実な診断には、腹部に針を刺し羊水を採取して調べる検査が必要だ。検査には流産や死産の危険も約0・5%伴う。医師は言った。
 「まだ堕胎できる。よく家族で話し合ってください」
 人工妊娠中絶について定めた母体保護法は、中絶が可能な条件に「胎児の異常」は認めていない。だが「母体の健康を害する恐れがある」との中絶を認める条件に当たると拡大解釈されているのが実情という。
 いきなり「堕胎」という言葉を突きつけられたショックで、家では毎晩、泣いてばかりいた。別の大きな病院にも相談したが、病気や羊水検査の説明があるだけで、悩みの解決にはならなかった。ノイローゼになり、とてもお産ができる状態ではなかった。
 超音波検査から2週間後。医師に中絶を申し出た。手術日と、お葬式の日も決めた。一人で逝くのは寂しかろうと、ひつぎに入れる家族の写真を集めた。
 「もう一度だけ、我が子の顔の画像を見たい」
 夫の壮臣(あきおみ)さん(35)が切り出したのは手術の3日前。元の病院では主治医が不在で、検査した別の医師が首をかしげた。「手術は待った方がいい」。むくみは小さくなっているというのだ。
 NTは小さくなることもある。検査で厚いむくみが見つかっても結果的に異常はないことも多い。診断も医師によって差がある。
 約1週間後、別の医療機関での検査でも、むくみは目立たなくなっていた。11月、充希ちゃんを出産。指摘された異常は何もなかった。笑顔をみるたびに河野さんは思う。「最初の医師がもっと丁寧に説明してくれれば、こんな苦しい思いをしないですんだのに」と。
 技術の進歩で、多くの妊婦が胎児の染色体異常や病気を知らされる可能性のある時代。超音波や羊水検査などで胎児の異常を調べる出生前診断について考える。(2011年7月6日 読売新聞)

(2)2人目 羊水検査に葛藤

 2人目を妊娠したら羊水検査を受けるかどうか――。兵庫県赤穂市の室井知世さん(26)は、夫の優作さん(27)と何度も話し合った。
 室井さんは2009年6月、第一子の長女の心歌(ここか)ちゃん(2)を出産した。心歌ちゃんはダウン症だ。
 超音波(エコー)検査で染色体異常のひとつであるダウン症の疑いを指摘されていたが、迷いはなかった。「授かったかけがえのない命。夫婦共々、すべて受け入れる覚悟だった」
 大好きなテレビの音楽番組のリズムに乗って手や体を動かす心歌ちゃんをみると、室井さんは「かけがえのない存在だ」とつくづく思う。最近は、つかまり立ちで少し歩けるようになった。「歩みは遅いけれど、元気に育っている。とてもかわいい」と室井さん。
 歯の生えそろうのが遅いため食べ物を軟らかくしてあげたり、早く歩けるようにと体操教室に通わせたりもしている。でも、もし2人目にも障害があると、これまで通りの愛情と時間を注げるのか。自分たち親が死んだら、2人ともどうやって生きていくのか――心配は尽きない。
 しかし、「羊水検査を受けることは、心歌の存在を否定することになりはしないか」という思いも強い。
 心の葛藤の中、第2子を妊娠中の今年5月、腹部に針を刺し、羊水を採取して調べる羊水検査を受けた。「とても難しく、苦しい選択」だったが、「心歌を愛するがゆえの決断でした」と室井さんは言う。結果は「染色体の異常なし」。11月に出産を予定している。
 長男(9)がダウン症の奈良県の女性(38)は第三子を妊娠中の今年1月、子宮の内側の絨毛(じゅうもう)と呼ばれる突起を採取して調べる検査を受けた。「もし第三子もダウン症で、これまで通りに長男に愛情を注げなくなってしまったらどうなるのかと考えた」と話す。
 日本ダウン症協会(東京)によると、ダウン症の子を持つ親が2人目を妊娠した際に「羊水検査を受けるべきか」という相談は多く寄せられる。
 羊水検査を受けることは、上の子を否定するようでつらいが、社会に障害者を支援する仕組みが十分ではない現実のなかでは、2人を育てるのは経済的な面も含め大変なのが実情という。
 同協会理事長の玉井邦夫さんは「受ける方がよいとも悪いとも言えない」としたうえで、「検査を受けることを選んだ親がいたとしても、そのことは批判できない」と話している。(2011年7月7日 読売新聞)

(3)母親の心に寄り添う

 「胎児の心臓にトラブルのある可能性がある」
 横浜市の女性(38)は2008年12月に受けた超音波(エコー)検査で、医師にそう告げられた。妊娠20週。初産だった。
 翌月、神奈川県立こども医療センター(横浜市)を受診した。精密検査で、「エプスタイン病」と呼ばれる心臓の弁の病気と判明。症状が重く、「出産直後に亡くなる可能性もある」と医師は言った。
 その夜。止めどなく涙があふれた。
 短大を卒業後、舞台の衣装を作る仕事を続けた。
 舞台監督の夫(35)とは仕事を通じて知り合った。徹夜が続くなど生活は不規則だが、やりがいはあった。
 「赤ちゃんの病気はそんな生活のせいではないか」
 病気について、何かと理由をつけて自分を責めた。
 パンパンに膨らんだおなかが突然、破裂する――。悪夢で夜中にハッと目覚めることもあった。
 精神的に弱った女性を支えたのは、看護師や「保健福祉相談室」の保健師、ケースワーカーらだった。
 「お母さんが元気ないと赤ちゃんも元気なくなっちゃうよ」「赤ちゃんも頑張っている。できることからやっていきましょう」
 保健師の日極(ひずめ)有紀子さん(現・鎌倉保健福祉事務所)は、告知に大泣きした女性に寄り添い、励ました。
 出産は翌年4月。妊娠38週の自然分娩だった。
 「よくがんばったね。生まれてくれてありがとう」
 分娩台で、女性は、産声を上げられない長男の頭をそっとなでた。胸がいっぱいになり、涙があふれた。
 新生児集中治療室(NICU)での延命治療はしないことを医師と確認していた。貴重な時間は、できるだけ赤ちゃんと一緒に過ごしたいと思ったからだ。
 医師が手動で酸素を送り続ける長男を、夫と交互に抱きしめた。肌にはぬくもりがあった。分娩室や、病室で写真も撮った。
 出生から3時間。長男は短すぎる人生を終えた。
 母乳を搾り、小さなくちびるにふくませる。天国で着られるようにと、黄色のニット帽や青いベビー服を着せてあげる――。さよならの儀式も日極さんらが気遣ってくれた。
 女性は当初、出生前に病気のことなんてわからなければよかったと思っていた。でも今は、「短い命だとわかったからこそ、かけがえのない時間を一緒に過ごすことができた」と感謝する。
 女性は5月、次男を出産した。分娩台の上で、右手に長男の写真をぎゅっと握りしめていた。「長男は確かにこの世に生を受けた。4人で家族なんです」。(2011年7月8日 読売新聞)

(4)心臓病発見が救った命

 横浜市の金子孝枝さん(36)は、自宅近くの公園で全速力で駆け寄ってくる長男の英大(えいだい)ちゃん(3)をぎゅっと抱きしめた。この上なく幸せを感じる瞬間だ。そして思った。「おなかにいる時に病気がわからなかったら、一体どうなっていたのだろう」と。
 金子さんは英大ちゃんを妊娠中の2007年9月、外出先で腹痛に襲われた。妊娠32週目。超音波(エコー)検査を受けたところ、心配された胎盤剥離などはなかったが、胎児の「血液の流れが気になる」という。まだ見ぬ我が子が心配で、涙が止まらなかった。
 神奈川県立こども医療センター(横浜市)新生児科の川滝元良さんを紹介され、胎児の心臓の詳しい超音波検査を受けた。診断は、完全大血管転位症。心臓から肺に血液を送る肺動脈と全身に送る大動脈が入れ替わっている病気だ。近年の超音波画像の進歩で、出生前にわかるようになった。
 全身から心臓に戻った血液が肺に送られず再び全身に回るため、そのままでは全身に酸素が行き渡らず、生きられない。出産後にはすみやかな手術が必要だ。
 「出生前の診断は、ご家族の心構えと出生後の準備のためです。共にがんばりましょう」と、川滝さん。
 この日、金子さんと夫の竜一さん(40)夫婦は誓い合った。「親が泣いている場合ではない。心を強くして乗り越えよう」
 約1か月後に帝王切開で出産。分娩室には川滝さんら3人の医師が待ちかまえ、英大ちゃんはすぐに新生児集中治療室(NICU)へと運ばれた。
 肺動脈と大動脈を本来の位置に戻す手術は産後1週間をめどに予定されていたが、3日目の夜、英大ちゃんは自力呼吸ができなくなるなど容体が急変。翌日、緊急手術となった。
 手術は7時間に及んだ。「経過は順調」と告げられた金子さん夫妻は、手を取り合って喜んだ。涙を流したのはあの時以来だった。
 手術を終えた医師から「英大ちゃんの心臓は何もしなければ10分間もたないものでした」と、聞いた。もし、出生前に病気がわからなかったらすぐに亡くなるか、助かっても重度の脳障害を負っていた可能性が高いという。
 あの日、なぜ急におなかが痛くなったのか。川滝さんは首をかしげる。腹痛とは直接、関係ないためだ。金子さんは今、こう思う。「生きたいと願う英大のサインだったんだ」と。
(2011年7月12日 読売新聞)

(5)カウンセリングで安心感

 東京都の女性(37)は2010年6月、おなかの長女(生後7か月)が妊娠15週の時、遺伝カウンセリングを受けた。
 前年の夏、妊娠9週で赤ちゃんを流産した経験があった。「高齢出産に問題があるのでは。赤ちゃんの健康状態を確かめたい」と、妊婦健診の際に羊水検査を申し出たところ、まず、遺伝の専門医から話を聞くよう勧められたためだ。
 夫(37)と一緒に、紹介された医療機関の臨床遺伝専門医を受診。カウンセリングは約1時間、静かな個室で行われた。
 この女性は、妊婦が35歳を超えると、赤ちゃんがダウン症になる確率が急に高まると思っていた。
 カウンセラーの専門医はまず、「すべての胎児には先天異常の可能性があります」と指摘。ダウン症など染色体異常は、30歳以降徐々に高まるとはいえ、若い妊婦でも発症し、年齢だけが原因ではないことを丁寧に話した。
 おなかに針を刺し羊水を採取する羊水検査は、染色体の異常は確認できるが、知的障害などはわからないこと、検査には流産の危険もあることも説明した。
 カウンセラーとのやりとりのおかげで、女性は胸のつかえがとれた気がした。漠然と捉えていた胎児の異常について、正しい知識を得たという安心感が生まれたからだ。
 夫と相談。流産の危険性も考え合わせ、羊水検査は受けないことにした。「たとえ生まれた子どもに病気があっても育てる覚悟ができた。夫婦にとって大切な時間でした」と話す。女性は10年12月、長女を出産。心配した異常はなかった。 遺伝カウンセリングは主に、日本人類遺伝学会などが認定する臨床遺伝専門医や、看護師らの認定遺伝カウンセラーなどが担っている。臨床遺伝専門医は全国に623人いるが、東京都の141人に対し、和歌山県は1人など地域差も大きい。認定遺伝カウンセラーも全国に102人にとどまる。増えつつあるが、十分とはいえない。
 遺伝カウンセリングは特定の遺伝子検査に伴う場合を除き、保険はきかない。費用は施設で異なり、この女性の場合、1時間8400円だった。
 日本遺伝カウンセリング学会理事長(信州大医学部長)の福嶋義光さんは、「遺伝に関する問題は、すべての人が当事者となりうる。遺伝カウンセリングが大切なのは言うまでもないが、小中学校の教育から、遺伝についてきちんとした教育が行われるべきだ」と話している。

日本遺伝カウンセリング学会などが認定する臨床遺伝専門医の一覧
都道府県別に臨床遺伝専門医のいる病院がわかる。

(2011年7月13日 読売新聞)

(6)Q&A 事前の十分な説明必要

 出生前診断について、国立成育医療研究センター(東京・世田谷区)周産期センター長の左合治彦さんに聞きました。

 ――出生前診断とは、どんなものですか

 代表的なのは、腹部に針を刺し、羊水を採取して調べる羊水検査です。赤ちゃんの染色体異常の有無や種類を確認できます。検査に伴う破水や出血、感染による流産や死産の危険が約0・5%あります。母親の血液を調べる母体血清マーカーは、異常のある確率がわかりますが、1999年に国が慎重実施を促す通知を出し、いったん減りました。妊婦の2~3%がこれらの検査を受けています。
 これに加え、日本産科婦人科学会は6月、胎児の異常を見つけようとする超音波(エコー)検査を出生前診断にあたると位置づけ、遺伝カウンセリングを行った上で、事前に十分な説明と同意が必要だとする指針を打ち出しました。

 ――なぜですか

 近年の超音波検査画像の進歩で、妊娠初期でも胎児の異常がわかるようになったためです。胎児の首の後ろにみられるむくみ(NT)が一定以上の厚さだと、胎児に染色体異常や心臓の病気が高い頻度でみられることがわかってきました。
 ただし、むくみが厚くても赤ちゃんは正常であることも多いです。妊婦が正しい知識や心構えのないまま、突然、告知を受けている問題も指摘されています。

 ――染色体異常はどれぐらいの確率であるのですか

 赤ちゃんの約0・4%にみられ、最も頻度が高いのがダウン症(約0・1%)です。母親の年齢が高齢になるほど、確率は上昇します。出産時の年齢が30歳以降、次第に増加し、33歳で約0・3%、35歳では約0・5%、40歳だと約1・5%になります。

 ――遺伝カウンセリングは、どんなものですか

 赤ちゃんは誰でも先天的な病気などの障害を持って生まれてくる可能性があります。すべての妊婦の2~3%に起き、染色体異常はその一部にすぎません。遺伝カウンセリングは、妊婦や家族にこういった情報を提供して理解してもらい、意思決定に役立ててもらうようにすることです。
 出生前診断に遺伝カウンセリングは欠かせませんが、診断を行うからカウンセリングが必要なのではありません。十分なカウンセリングを受けた結果、母親が選択できる道のひとつとして、出生前診断があるのです。(加納昭彦)(2011年7月14日 読売新聞)

★ エコー検査も「出生前診断」…産科婦人科学会(2011年6月26日 読売新聞)

 日本産科婦人科学会は25日、妊婦や胎児の状態を調べる超音波(エコー)検査について、「出生前診断」に相当すると位置づけ、検査で胎児の異常を見つけようとする際は、インフォームド・コンセント(医師による十分な説明と妊婦の同意)が必要などとする指針を打ち出した。
 エコー検査は胎児の発育経過などを調べるため、妊婦健診ではほぼ全員に実施されている。近年は画像精度の向上により、ダウン症など一部の染色体異常の可能性もわかるようになった。しかし、医師や妊婦にエコー検査が出生前診断になるとの認識が薄く、検査後、医師から突如、異常の可能性を告げられ、妊婦が戸惑うケースが少なくない。

出生前診断=胎児の染色体や遺伝子の異常を調べる検査。ダウン症など一部の染色体異常を調べる羊水検査や絨毛(じゅうもう)検査、妊婦への血液検査で胎児に異常のある確率を割り出す母体血清マーカーなどがある。

★ 出生前診断で異常発見し中絶、10年間に倍増(2011年7月22日 読売新聞)

 胎児の染色体異常などを調べる「出生前診断」で、2009年までの10年間、胎児の異常を診断された後、人工妊娠中絶したと推定されるケースが前の10年間に比べ倍増していることが、日本産婦人科医会の調査でわかった。
 妊婦健診の際に行われるエコー(超音波)検査で近年、中絶が可能な妊娠初期でも異常がわかるためとみられる。技術の進歩で妊婦が重大な選択を迫られている実態が浮き彫りになった。
 調査によると、染色体異常の一つであるダウン症や、胎児のおなかや胸に水がたまる胎児水腫などを理由に中絶したと推定されるのは、2000~09年に1万1706件。1990~99年(5381件)と比べると2・2倍に増えた。
 調査は横浜市大国際先天異常モニタリングセンター(センター長=平原史樹・同大教授)がまとめた。
 全国約330の分娩施設が対象で、毎年100万件を超える全出産数の1割をカバーする。回答率は年によって25~40%程度だが、調査では回答率が100%だったとして「中絶数」を補正した。
 人工妊娠中絶について定めた母体保護法は、中絶が可能な条件に「胎児の異常」は認めていない。だが「母体の健康を害する恐れがある」との中絶を認める条件に当たると拡大解釈されているのが実情だ。平原教授は「ダウン症など染色体異常の増加は妊婦の高年齢化も一因だ」と話す。
 調査結果は22日から都内で開かれる日本先天異常学会学術集会で発表される。
 玉井邦夫・日本ダウン症協会理事長の話「個々の選択がどうだったかわからないが、エコー検査が、ダウン症児は生まれてこない方が良いという判断を助長していると考えられる」

妊婦に十分な説明必要

 出生前診断の結果を受け中絶したと推定されるケースが倍増した背景には、エコー検査の画像精度が向上し、異常が妊娠初期の段階でも把握できるようになったことがある。
 同じ出生前検査でも、腹部に針を刺し、羊水を採取する検査は、流産や死産の危険が約0・5%あることなどから受診率は全妊婦の約1・2%にとどまっている。エコー検査はそうした危険はなく、妊婦健診でほぼ全員が受けている。
 近年、エコー検査で胎児の首の後ろのむくみ(NT)の厚さが一定以上だと、ダウン症など染色体異常や心疾患の可能性が増すことがわかった。
 しかし、検査でNTが厚くても結果的に異常はないことも多い。胎内で成長する間にNTが小さくなることもある。そうした説明や遺伝カウンセリングもなく、突如、医師から異常の可能性を告げられた妊婦が中絶という重大な選択を迫られているとすれば問題だ。
 検査を赤ちゃんの顔が見られるサービスと考える妊婦も少なくない。そもそも「胎児の異常を理由にした中絶は生命の選別につながり、行うべきではない」との指摘もある。妊婦には正しい知識、医師には適切な説明が求められる。(医療情報部 加納昭彦)

出生前診断 胎児の染色体や遺伝子の異常を調べる検査。エコー検査の他、ダウン症など染色体異常を調べる羊水検査や絨毛(じゅうもう)検査、妊婦への血液検査で胎児に異常のある確率を割り出す母体血清マーカーなどがある。

<関連ページ>

<参考HP>

「カンガルーケア」に対する関連学会の公式見解です。

日本小児科学会の公式見解です。

白幡聡先生の講演内容記録(2010年)

日本未熟児新生児学会による委員会報告(2012年)

(島根大学 小児科 教授 山口 清次先生)

(昭和大学 小児科学 主任教授 板橋 家頭夫先生)