ワクチンで予防できる感染症

(2010年7月掲載、2013年7月更新)

 ここにはワクチンで予防可能な感染症について記載しました。
 日本のワクチン行政には「定期接種」と「任意接種」という区別がありますが、これは世界標準ではありません。
 「任意接種」は重要じゃないから受けなくていいい、と勘違いしないでください。
 とくにB型肝炎ワクチンは必須ですし、数千人に1人の頻度で難聴を合併するおたふくかぜも重要です。
 日本は健康教育のレベルが低く、病気の知識が欠乏しているのが現状です。
 正しい知識を持って、病気を正しく怖がり、そしてワクチンの正しい知識を持って、正しく副反応を怖がりましょう。

任意接種流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)

原因:ムンプスウイルス(RNAウイルス)

※ ムンプスウイルス以外のサイトメガロウイルス、パラインフルエンザウイルス、インフルエンザウイルス、コクサッキーウイルス、エンテロウイルス、HIVでも耳下腺が腫脹することがありますが、これらは「おたふくかぜ」とは呼びません。

疫学:好発年齢は3〜6歳、初春〜夏にかけて流行します。罹っても症状が出ない不顕性感染が1/3程度存在します。

院長のつぶやき)「低年齢ほど不顕性感染率が高く、4歳以上では顕性感染率90%」と教科書には書いてありますが、うなづけますね。お母さんからもらった免疫が無くなるのは生後10ヶ月以降とされていますが、1歳未満の乳児を「おたふくかぜ」と診断した経験はほとんどありません。

※ 日本ではワクチン接種率が10〜20%と低いため流行に歯止めが効かず、一方アメリカでは年間500人以下とほぼ制圧されています。

感染形式:飛沫感染、接触感染
潜伏期間:2〜3週間(10〜21日、平均18日)(12〜25日、通常16〜18日)・・・本により微妙に違う・・・
症状
 唾液腺(耳下腺&顎下腺)腫脹&痛みが特徴です。75%が両側で、腫脹は3日目にピークとなり10日間近く続きます。
 発熱、頭痛、全身のだるさが先にみられることがあります。発熱は必須ではなく、あっても数日です。
 あごを使うと痛いので硬いものが食べられません。酸っぱいものを食べると痛みが強くなります。

※ 年齢による症状の違い:耳下腺の腫脹期間は7〜10日間ですが、一般に年少児では症状が軽く、腫れと痛みだけで発熱を伴わないことも多く、年長児以降では多くの場合発熱や疼痛も強い傾向があります(成人では10〜14日間腫れます)。

合併症
難聴(「1000〜3000人に一人」と少なくありません):高度の感音性難聴。難聴出現時、40〜45%に耳鳴りやめまいを伴います。片側性が多い(両側性は14〜15%)ので気づきにくく、残念ながら治療法はありません。年齢が高いほど合併するリスクが高くなります。

指こすりテスト(難聴チェック):おたふくかぜに罹ったら、1日1回耳の側で指をこすり聞こえるかどうか確認しましょう(2週間くらい)。

<参考HP>「ムンプス難聴の部屋」(患者さん団体のHP)

髄膜炎(3〜10%):頭痛、嘔吐、項部硬直など。髄液細胞数の増加は50%と高率です。予後は良好です。
脳炎(0.02〜0.3%):意識障害、けいれんなど。後遺症を残し、予後は不良です。
精巣炎(睾丸炎):思春期以降では25%と高頻度で、両側の睾丸が腫れる頻度は10%です。不妊症になるのは、実は極めてまれです。ムンプス睾丸炎合併者の1.5%に睾丸癌の発症をみます。
・乳腺炎(成人女性で15〜30%)、卵巣炎(成人女性で5%)
・その他(まれ):関節炎、甲状腺炎、糸球体腎炎、心筋炎、心内膜線維弾性症、血小板減少、小脳失調症、横断性脊髄炎、上行性多発性神経根炎、膵炎(耳下腺腫脹前4〜8日目に腹痛・圧痛などの症状を生じ、1週間程度で自然治癒する)

★ まぎらわしい反復性耳下腺炎
 おたふくかぜと区別が難しい病気です。
 何回も耳下腺が腫れますが、数日で治ってしまうことが多いのが特徴です。
 腫れる度におたふくかぜに準じて園・学校を休まなくてはならないので、繰り返す場合は血液検査でムンプスウイルスの抗体価チェックをお勧めしています。どれか本物であれば抗体価が上昇しており、それが確認できれば、それ以降は耳下腺が腫れても「おたふくではない」と判断できるので、隔離の必要がなくなります。
※ おたふくかぜに罹るのは一生に一回だけです。片方の耳下腺しか腫れなくても1回です(おばあちゃんは「片方しか腫れなかったからまた罹るよ」と言いますが、医学的にはあり得ません)。

治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)

※ 痛くて食べられないときは小柴胡湯加桔梗石膏という漢方薬が効きます(ただし飲めればの話)。

予後:(脳炎・難聴の合併がなければ)後遺症無く治ります。
予防
・予防接種(生ワクチン):有効率80〜90%
・接触した際の緊急予防接種:効果は期待できません。理由は、発症前の潜伏期から感染力があり、また不顕性感染者からもうつるので、流行中はいつ接触したか特定できないからです。さらにワクチン株の増殖スピードが遅いため、ワクチン後の免疫誘導時期が麻疹ワクチンや水痘ワクチンに比べて遅いことも指摘されています。
感染力のある期間
 前述の通りウイルスは発症2〜3日前から耳下腺腫脹開始後5日頃まで唾液に排泄されます。さらに不顕性感染者もウイルスを唾液腺から排泄しています。耳下腺腫脹が無くなり、顎下腺のみ腫脹が残っているときは唾液からウイルスは分離されません。尿中へのウイルス排泄期間は唾液中への排泄期間より長期間です。
隔離期間
・日本:耳下腺の腫れが消失するまで
・米国:9日間

※ 症状出現後に登校停止措置を行っても流行を早期に消退させることは困難です。流行を避けたいなら集団生活の単位でワクチンを接種する以外に方法はありません。

院長のつぶやき)日本の隔離期間の設定は「主要症状が消退するまで」とか「感染力が無くなるまで」とアバウトな表現が多く、現場に責任を押しつけている感があります(逆に医師の裁量を認めているとも取れますが)。一方、アメリカの基準は医学データに基づき明確に数字で表されており、大変参考になります。

任意接種みずぼうそう(水痘)

原因:水痘・帯状疱疹ウイルス(DNAウイルス)
疫学
・冬から初夏にかけて多く、秋には減少します。
・感染力は麻疹、百日咳に次いで強く、基本再生産数(一人の患者が周囲に感染させる人数)は約10、家族内発症率は80〜90%とされています。
・患者の90%以上は10歳未満の子どもであり、1〜5歳での感染者を多く認めます。
・高齢者では水痘の再感染・再罹患も起こることがあります(!)が、ふつうは軽く済みます。
・帯状疱疹も感染性がありますが、感染力は水痘より低いと考えられています。
感染形式空気感染、飛沫感染、接触感染
 感染源は水痘・帯状疱疹の水疱液と水痘患者の気道分泌物です。

水痘疹内の水疱液で感染する?しない?
 実は本によってまちまちです・・・。
 基本的には水痘の発疹形成は血流由来のものです。シャワーの可否については、もし水疱液内のウイルスが排泄されてもウイルスは石けんの界面作用に弱く、また洗い流しにより疱疹の皮膚病変から二次性に新たな疱疹をつくることは考えにくいとされています。

潜伏期間:10日〜20日(通常13〜17日、14〜16日との記載も)
症状
水痘疹:はじめは胸・背中に赤い斑点が出現し、全身へ広がると共に、一個一個が大きくなると真ん中に水疱を作り、その後黄色っぽくなり(膿疱化)、1週間〜10日間くらいで全てかさぶたになります。
 水痘疹は体に多く、顔面・四肢に少ない傾向があり、数はふつう200〜300個になります。
 丘疹→水疱→痂皮の順で治っていきますが、同一部位に各過程の発疹が混在することが特徴です(他の病気との鑑別に重要)。

※ 水痘生ワクチン接種者が罹った場合は、皮疹が水疱を作らないことがあり、かえって診断が難しくなることがあります。しかし水疱を作らなくても、治るときはかさぶたになります。

発熱:必須ではありませんが、発疹出現前に発熱や倦怠感が出ることもあります。成人では発疹より発熱が先行する傾向があります。
合併症
 成人が罹ると重症化しやすい傾向があります。
□ 細菌の二次感染(〜5%):
伝染性膿痂疹(=とびひ・・・見た目がすごくなります)、
蜂窩織炎(局所の腫れ)・・・原因菌はレンサ球菌、黄色ブドウ球菌が多いとされています。
※ 小児の劇症型A群溶連菌感染症の高いリスク因子は水痘罹患です(15〜30%)。
□ 中枢神経合併症(0.01〜1.5%):
脳炎(2.7人/1万人、あるいは1/33000)、成人に多い
脳症(Reye症候群)・・・下記参照
急性小脳失調症:(1/4000)予後(回復具合)は悪くありません、
脳梗塞(1/6500人)
髄膜炎
脊髄炎
顔面神経麻痺(まれ)
□ その他;
肺炎成人水痘患者の約15%、ウイルス性>細菌性
心筋炎(まれ)
肝炎
□ 胎内感染:
・妊娠第1・三半期に感染 → 妊娠20週までに罹ると約2%に水痘胎芽症(先天性水痘症候群):皮膚瘢痕、骨と筋肉の低形成、白内障、脳奇形、眼奇形、小頭症、精神発達遅滞など。
・妊娠第2・三半期に感染 → 体内で治癒し、出生後乳幼児期に帯状疱疹を発症することがあります。
周産期水痘(新生児水痘):出産14日(5日との記載も)前から出産2日後の間に水痘を発症した場合は、新生児は移行抗体がないために重症化し、集中治療が必要です。
治療:抗ウイルス薬:アシクロビル(商品名:ゾビラックス、ビクロックス他)を80mg/kg/日、分4
・・・発症後3日(72時間)以内に使用すると軽症化が期待できます。

※ 解熱剤としてアスピリンを使用すると急性脳症(Reye症候群)を発症するリスクが増加します(↓)。

Reye(ライ)症候群
 水痘罹患中にアスピリン系薬剤を服用した小児に起こることがある急性脳症です。PL顆粒もアスピリン系のサリチルアミドを含んでおり、危険です(でも未だに内科開業医・当番医で処方されることがあるので注意!)。

院長のつぶやき)すべての患者さんに抗ウイルス薬は必要?
 水痘は皮疹は目立つものの、重症化はまれで自然に治る病気でもあり、全ての患者さんに抗ウイルス薬が必要かどうか、今でも議論されています。ちなみにアメリカの小児科学会のガイドラインでは、健康な子どもへ一律に治療薬を使用することを勧めていません。

予後
・ふつう1週間くらいで自然治癒します。
・死亡率・・・1/10万人(1〜14歳)、2.7人/10万人(15〜19歳)、25.2人/10万人(30〜49歳)

※ 白血病などの免疫不全状態では高率に生命の危険を伴います。

予防
□ 生ワクチン;1974年に日本で開発され、1987年から任意接種されています。
・感染予防:1歳以降、有効率8割(残りの2割は罹りますが軽く済みます)。

※ 水痘ワクチンを受けた健康な子どもから周囲のヒトにワクチン株が感染することはありません。

・緊急接種:患者と接触後72時間以内にワクチンを打てば、発症や重症化を防ぐことができます。
□ 抗ウイルス薬(アシクロビル)の予防投与:接触時期から予測される発症日の7日前から7日間、あるいは接触後8〜9日目から5日間内服(40mg/kg/日・・・治療量の半分)することにより発症阻止〜軽症化が可能です。
感染力のある期間:皮疹が出る2日前から水疱がすべて痂皮化するまで。
隔離期間:全ての水疱がかさぶた(痂皮)になるまで。
生活指導:シャワーは可。洗う際は強くこすらず洗い流す程度にして、シャワー後はタオルを押し当てるようにして水分を拭き取りましょう。
 湯船につかるのは二次感染予防の点からすべての発疹が痂皮化してからにしましょう。

帯状疱疹
 皮膚のある部分に帯状に限局して水疱ができる病気で、実は水痘と同じウイルスの感染症です。水ぼうそうは罹って治った後も、ウイルスは排除されずに神経の一部(脊髄後根神経節)に潜んでいます。そして体力が落ちたときに、ここぞとばかりに表に出て症状を現すのです(再活性化)。
 ヒトの約20%が生涯に帯状疱疹に罹り、再罹患は5%以下で3回罹患はほとんどありません。
・高齢者の帯状疱疹:患者の約半数が60歳以上であり、その50〜75%が帯状疱疹後神経痛(帯状疱疹治癒後も3ヶ月以上残る疼痛)を合併します。
・小児の帯状疱疹:小児では帯状疱疹罹患中に神経痛を訴えることは少なく、帯状疱疹に神経痛が先行することは極めてまれであり、後遺症としての神経痛が問題となることはほとんどありません。なお、妊娠第3三半期の母親の水痘と乳児期水痘罹患は小児期帯状疱疹罹患の危険因子です。
・隔離は必要?
 学校保健法では帯状疱疹患者の隔離期間について記載はありません。空気感染はせず、接触感染なので、皮疹部をガーゼなどで覆うことができれば出席停止にする必要はありません(顔面にできたり、まれながら全身にできる場合は出席停止もやむを得ません)。
・ワクチン株でも帯状疱疹になる?
 水痘ワクチン接種後、健康な子どもの場合はワクチン株により帯状疱疹が引き起こされることはほとんどありません

院長のつぶやき)主に中年以降の病気であり、昔は子どもではめったに見かけませんでしたが・・・最近ときどきいるのですよねえ。子どもの免疫力が落ちてきた?

水痘・帯状疱疹と免疫不全者
 白血病などの免疫不全状態では水痘は重症化し命に関わる病気です。健康な子どもと状況が異なることを理解する必要があります。特殊な状況例を列記しました;
・水痘ワクチンは当初免疫不全状態の患者さんを対象として開発されました。
・免疫不全状態では水痘ワクチン接種後、感染源になることがあります。
・免疫不全状態では水痘ワクチン接種後、ワクチン株による帯状疱疹が出現することが報告されています。

任意接種B型肝炎(準備中)

病気の解説HPB型肝炎(KNOW★VPD)・B型肝炎について(国立国際医療研究センター肝炎情報センター)・B型肝炎の症状・検査・治療(All About)・石川ひとみさんインタビュー(B型肝炎.net)・B型肝炎ワクチンに関するファクトシート(国立感染症研究所)・B型肝炎に関する最新の話題(虎ノ門病院:鈴木義之先生)・B型肝炎について(一般的なQ&A)(2006年、厚生労働省)・B型肝炎ワクチンの定期接種化に関する要望(2012年、日本小児科学会)・かかりつけ医のためのB型慢性肝炎診療マニュアル

原因
疫学
感染形式
潜伏期間
症状
合併症
治療
予後
予防
隔離期間

【任意接種】インフルエンザ

<ポイント> 

◆ キーワードは「重症」「流行」「反復」
重症
 インフルエンザは発熱・咳だけでなく、頭痛・関節痛・筋肉痛など全身がとてもつらい病気です。同じ熱でも他の風邪とはグッタリ感が違い、子どもが熱でうなされることもしばしば。親としてかわいそうで見ていられません。
 乳幼児はこじれて気管支炎・肺炎を合併し、入院が必要になることもあります。
流行
 毎年12月頃から流行が始まり、1〜2月をピークに3月まで流行します。一口にインフルエンザといってもA香港型、Aソ連型、B型の3種類あり、これらが波状攻撃してきます。つまり、ひとシーズンに複数回罹る可能性があるのです。
反復感染
 一般にウイルス感染は一生に一回しか罹りません(例:水痘、おたふく)。インフルエンザはウイルスが原因なのになぜか何回も罹ってしまいます。それは、ウイルス自身が車のマイナーモデルチェンジのように毎年少しずつ変化する珍しい性質を持っているからです。
 乳幼児は毎年のように罹り、大人でも3〜5年に一回は罹りますね。
◆ 治療:タミフルについて
 インフルエンザウイルスの増殖を抑えるタミフルが数年前に登場し、それまでの対症療法から根治療法へと発展しました。発症から48時間以内に内服を開始すると約1日早く解熱し、合併症も減らすことが期待されます。
 しかし、副作用としてタミフル内服後の異常行動も報告されています。2007年に飛び降りによる転落死・骨折例が発生し、厚生労働省は3月に「原則的に10歳代にはタミフルの使用を控える」と発表しました(因果関係は証明されていません)。
 以上より、タミフルは1〜10歳未満の小児で重症感があるときに使用する、というスタンスになりつつあります。
※ 抗生物質は無効です(細菌をやっつける薬なのでウイルスであるインフルエンザには無効)
◆ インフルエンザ脳症について
 インフルエンザ発症後1〜2日で意識障害・痙攣などの神経症状が進行し、重症化する合併症です。死亡率約30%、後遺症が残る率約30%という怖い病気です。
 インフルエンザ脳症を100%予防する方法はあるでしょうか?
 残念ながら「これだ!」という魔法はありません。タミフルでも無理らしい。
 唯一期待できるのは「ワクチンを接種してインフルエンザに罹からないようにする」ことです(罹らなければ合併症としての脳症のリスクはゼロ!)。しかし、残念ながらワクチンの効果は完璧ではなく、接種後インフルエンザを発症して脳症に至ったケースも報告されています。

・・・では、少し詳しく・・・

原因:インフルエンザウイルス。直径100nmのRNAウイルス。
 近年の流行株は、「A香港型」「Aソ連型」「B型」の3種類です。

※ 2009年春に発生した新型インフルエンザは現時点では「パンデミックH1N12009」と呼ばれています(WHO)。

疫学
・毎年冬季に流行を繰り返し、人口の5〜10%が罹ります(計算すると日本では600万〜1200万人)。
・死亡者の大多数は高齢者であり、毎年数千人〜数万人が死に至ります。
感染様式:接触・飛沫感染(空気感染の可能性も指摘されています)
潜伏期:24〜48時間
症状

※ A香港型が一番重く典型的で、Aソ連型は比較的軽症、B型はやや異なります。

・突然の高熱から始まり、咽頭痛、頭痛、関節痛、倦怠感など全身症状が強く出ます。
・3日前後で解熱しますが、その頃から鼻漏・咳嗽など呼吸器症状が目立ってきます。
・嘔吐や下痢などの消化器症状は少ない傾向があります。
・完全な回復、体力が元に戻るまでには1〜2週間かかります。

<子どもの症状の特徴>

 学童以降では大人と同じ上記症状を呈することが多いのですが、低年齢では全身症状は比較的軽く呼吸器症状が中心となる傾向があります。また、二峰性の発熱(3日前後で解熱傾向になった後、再び発熱する)をみることも多く、合計1週間ほど発熱が続くこともあります。

<B型の症状の特徴>

 一般的症状の他、足の筋炎(痛くて歩けない)が合併することがあり、また嘔吐・腹痛などの胃腸症状月良く出る傾向があります。
検査
 病院・開業医院では「迅速診断キット」が使用可能です。咽頭ぬぐい液・鼻腔ぬぐい液・鼻汁吸引物を用いて15〜20分程度で結果が判明する検査です。A型とB型は区別できますが、Aソ連型・A香港型・新型の区別はできません。

※ 症状は典型的でも20%は違う感染症であったとの複数の報告があります。

合併症
<乳幼児>
・熱性けいれん
・中耳炎
・筋炎:B型に多く合併します。
・急性脳症「インフルエンザ脳症」(次項参照)
<高齢者>
・肺炎
治療抗インフルエンザ薬が有効です。
・ノイラミニダーゼ阻害薬:オセルタミビル(商品名:タミフル)、ザナミビル(商品名:リレンザ)
 A型(新型を含める)とB型に有効です。

耐性ウイルス:出現頻度は当初少ないと云われていましたが、2008-2009年シーズンでは一部の地域でAソ連型の耐性化が高率に発生し問題となりました。

・M2蛋白阻害薬:アマンタジン(商品名:シンメトレル)・・・小児適応はありません。

幼児用PL顆粒に注意!
 インフルエンザと水痘患者にアスピリンを投与すると「ライ症侯群」という急性脳症の発生リスクが増えることが判明し、アメリカではアスピリンと類似薬のサリチル酸系薬物の投与は禁止されています。
 日本では類似薬のサリチルアミドを含む幼児用PL顆粒が未だに使用されている現状があり注意が必要です。アセトアミノフェン(商品名:アンヒバ座剤、アルピニー坐剤、カロナール、コカール)が一番安全とされています。

(院長のつぶやき)特に休日当番医の際に開業小児科標榜医(もともと小児科専門医でない他の科の医師が「子どもの患者も診ます」と標榜すること)での処方が目立ちます。医師がこのレベルですから、悲しくなります。患者さん側が知識も持って「自分の子どもを薬の副作用から守る」という認識が必要な時代と考えましょう。

予後:合併症が無ければ1週間で回復します。
隔離期間:「学童では解熱後2日間、乳幼児では3日間の隔離が必要」です。
インフルエンザウイルスは発病後、喉から3〜5日間排泄されますが、乳幼児ではさらに長く1週間以上も排出されることがあります。
予防
① 不活化ワクチン(現在の日本で使用されているもの)
 有効率は最高70〜90%ですが、幼児では50%と低い傾向があります。これは、ワクチン接種量が日本ではアメリカより少なく設定されていることが大きな原因です(2010-2011年シーズンにはアメリカと同量になる予定です)。
 また、B型の有効率は60%(幼児では20%)とA型より低い傾向があります。

日本小児科学会による季節性インフルエンザワクチンに対する見解(2004年)

「1歳以上6歳未満については、インフルエンザによる合併症のリスクを鑑み、有効率20〜30%であることを説明した上で任意接種としてワクチン接種を推奨することが現段階で適切な方向である」(上記より抜粋)

 一方、アメリカでは乳幼児でも50%のワクチン効果は認められるとして、生後6ヶ月〜6歳までの子どもは高齢者と共にワクチン接種が推奨されています(多くは無料)。

※ 「学童集団接種」の評価の推移
 日本では1960年代から約30年間にわたり、学童へのワクチン集団接種を行っていましたが、1990年代に「流行を防ぐ効果がなく、むしろ副反応が問題だ」として中止するに至りました。
 しかし近年、「集団接種はやはり有効だった」と再評価されつつあります。1970〜1980年代のインフルエンザ流行期に伴う高齢者の死亡数(統計学的に「超過死亡」と呼びます)が低く抑えられていたと解析されたのです。
 さらに、学童の兄弟である乳幼児の重症化も防いでいたと評価されています。
 確かに、老人ホームや介護施設で高齢者の死亡が話題になり社会問題化したのは集団接種が中止となった数年後からと記憶しています。また、乳幼児の「インフルエンザ脳症」が問題になったのも中止後の1990年代ですね。

② 生ワクチン(日本では未導入)
 鼻から噴霧するタイプのワクチンで、弱毒化したウイルスを感染されることにより免疫をつける方法です。効果は抜群で、アメリカのデータでは、健康小児の有効率:A型95%、B型91%と驚異の数字。アメリカでは5歳以上50歳以下で使用されていますが、日本では認可されていません。

インフルエンザ脳症

役に立つHP:「インフルエンザ脳症ガイドライン」(厚労省)

 乳幼児にまれにみられるインフルエンザの合併症です。
疫学
・日本では毎年100〜500例が発生しています。
・タイプ別頻度はA香港型>Aソ連型・B型です。
・年齢は5歳以下の乳幼児(特に1〜3歳)が多くみられます。
症状
・発症は急激:発熱から1日以内の神経症状(けいれん、意識障害)の出現が80%です。
・初期に熱せん妄様の意味不明な言動が20〜30%にみられ注意すべき症状です。
・重症化すると全身が冒され、多臓器不全の進行により肝不全・腎不全・DIC(播種性血管内凝固症候群)などの症状が出ます。
治療:(ガイドライン参照)
・抗ウイルス薬
・ステロイド・パルス療法
・γグロブリン大量療法
・その他:脳低体温療法、血漿交換療法、シクロスポリン療法、アンチトロンビン-Ⅲ大量療法など。
予後:死亡率30%(ただし近年治療の進歩で漸減傾向)、後遺症が残る率25%。

鳥インフルエンザ

 2003年に発生した鳥インフルエンザは(H5N1)は東南アジアで流行し、その後全世界に感染が拡大しています。鳥インフルエンザはふつうヒトには感染しませんが、H5N1に感染したニワトリに濃厚接触した場合は例外的にヒトへの感染が起きています(ヒト-ヒト感染を疑わせる例も散見されますが流行には至っていません)。
 発症した場合の死亡率は50%以上と極めて高率です。
 現在も世界の一部で感染例は散発しており、今後も注意深い監視が必要です。

定期接種細菌性髄膜炎(肺炎球菌とヒブ)

病気の解説HP細菌性髄膜炎(KNOW★VPD)・細菌性髄膜炎の診療ガイドライン(日本神経感染症学会)・細菌性髄膜炎(IDSC)・小児の髄膜炎(メルクマニュアル)・肺炎球菌感染症について(横浜市衛生研究所)・Hib感染症(横浜市衛生研究所)

どんな病気
 細菌が血行性に脳の髄膜に達して炎症を起こし、ダメージを与える重い病気です。抗生物質が発達した現代でも発症すると重症化は避けられず、治療を尽くしても1/3は死亡〜後遺症が残ります。
 この項目は主に乳幼児期のヒブ・肺炎球菌による髄膜炎について記載します。

※ 近年主な原因菌(ヒブ、肺炎球菌)に対するワクチンが相次いで開発・認可され、予防できる時代となりました。日本ではヒブワクチンは2008年12月、肺炎球菌ワクチンは2010年2月に任意接種扱いで開始されました。

細菌性髄膜炎とウイルス性髄膜炎の違い
 細菌性髄膜炎は一刻を争い、命に関わる重い病気です。一方、同じ髄膜炎という名前でも、ウイルス性髄膜炎は重症化することなく自然治癒する軽い病気で、おたふくかぜに合併する髄膜炎が代表例です。

原因:全体として・・・
ヒブ(※):60〜70%
肺炎球菌 :20〜30%
※ 正式な名前は「インフルエンザ菌タイプb」

年齢層により原因菌は異なります
新生児〜生後3ヶ月: GBS(B群レンサ球菌)、大腸菌、黄色ブドウ球菌、リステリア菌
乳幼児期: ヒブと肺炎球菌が中心
年長児〜青年期: 肺炎球菌、ヒブ、髄膜炎菌
成人: 肺炎球菌、髄膜炎菌
高齢者(50歳以上): 肺炎球菌、グラム陰性桿菌、リステリア菌
※ 日本では諸外国と比べて髄膜炎菌の頻度が低いことが特徴です。

疫学
・5歳未満が全体の半数以上を占めます。
感染形式:飛沫・接触感染により咽頭炎・中耳炎・副鼻腔炎を起こし、その細菌が脳の髄膜(くも膜・軟膜)に血行性に侵入して炎症を起こします。

※ 実はヒトの喉や鼻の奥にふだんからいる当たり前の細菌ですが、体の奥に入り込んで増殖すると病原性を発揮します。

潜伏期間:不定
症状:一刻を争う病気ですが初期の診断は困難です。
発熱、嘔吐、頭痛、不機嫌で始まり、
進行すると意識障害、けいれん(※)が出現します。
乳児では「ぐずる」以外、症状が不明瞭なことがあります(not doing well)。
急速に悪化する敗血症型、電撃型もあります。

熱性けいれんと髄膜炎によるけいれんの違い
 熱性けいれんは発熱初期の上がりはじめに多く、ふつう5分以内に治まり意識も戻ります。髄膜炎によるけいれんは、発熱当日には少なく、長く続き、繰り返し起こり、意識が戻りにくい傾向があります。

合併症
硬膜下水腫、脳膿瘍、脳梗塞、等
後遺症(20〜30%)として水頭症、難聴、麻痺、てんかん、発達障害、等
治療:入院の上、有効な抗生物質を点滴で10〜14日間投与します。また、重症度に応じて全身管理が必要です。

薬剤耐性菌問題
 本来は必要のないウイルス性の風邪などに抗生物質が大量に使われた結果、薬が効かない耐性菌が増えてきて、いざ必要な中耳炎・肺炎・髄膜炎に使いたいときに効かない、という自分の首を真綿で絞めるような現象が社会問題化しています。

予後死亡率:5〜20%、後遺症残存率:30%
 日本では一年間に約1000人の子どもが細菌性髄膜炎に罹り(ヒブ600人、肺炎球菌200人)、2つの菌による髄膜炎でなくなる子どもは約50名です。

※ 未治療であればほぼ100%死亡する恐い病気です。治療を尽くしても重症化は避けられません。

予防:ワクチン
・ヒブ:2009年から日本で接種可能(当初は供給量が少なく、小児科開業医ではひと月に3人分しか手に入りませんでした)。任意接種なので本来有料ですが2011年から公費補助が始まりました(早期の定期化が望まれます)。
・肺炎球菌:2010年から日本で接種可能。こちらも任意接種(同上)。肺炎球菌ワクチンは中耳炎を予防する可能性も報告されています。

定期接種百日咳

原因:百日咳菌
疫学
 百日咳ワクチンがなかった時代には日本で年間10万人以上罹り、その10%が死亡していましたが、ワクチン開始後感染者は激減しました。
 その後、ワクチン接種前〜開始頃の乳幼児の感染者が目立ち、近年は10歳未満が95%(1歳未満が7.5%)でしたが、2002年以降は約50%が10歳以上の患者であり、社会問題化しています。
 これによりワクチンの効果が一生持たないことが判明し、追加免疫の必要性が認識されつつあります。
 一方WHOによると、世界の百日咳患者数は未だに年間2000〜4000万人(!)と多く、その約90%は発展途上国の子どもであり、死亡数は20〜40万人と報告されています。
感染形式:飛沫感染
潜伏期間:5〜21日(7〜10日が多い)
症状

カタル期(1〜2週間)・・・始まりは咳・鼻汁(ふつうの風邪と区別は不可能です)。
痙咳期(3〜6週間)・・・約2週間後、乾いた咳が悪化して夜間の「咳発作(※)」が出現し、これが数週間続きます。新生児〜生後半年までの乳児では「無呼吸発作」が起こり入院が必要になることがあります。
回復期(6週間以後)・・・その後数週間かかって回復していきます。

※ 乾いた咳が5〜10(〜30回)連続し(staccato)、顔が真っ赤になり呼吸が苦しくなり、咳込み後に息を大きく吸うとき笛のような音がします(whoop)。翌朝顔がむくんでいたり目のまわりに点状出血がみられることもあります。

 この特有な咳は菌自体ではなく百日咳毒素などの種々の生物活性物質が関与すると考えられています。したがって、百日咳治療は、特有の咳を抑えると云うより「除菌」が主な目的となります。

非典型的な百日咳
 DPTワクチン接種児は非典型的な経過をとります:咳の持続は約4週間、典型的な症状は6%のみで「感染源」となることが問題になります。成人の百日咳も非典型的な経過をとり、診断が困難です。うつされて重症化し犠牲になるのは乳児なので、成人用3種混合(Tdap)の導入など対策が必要とされています。
回復期にほかの風邪を引くと、あの咳発作が蘇る!
 発症後数ヶ月が経過して咳発作から解放されたところに、ほかの風邪を引くとまたあの苦しい咳発作が蘇る傾向があります。気道の過敏状態が残っているためです。
合併症
・肺炎:12%
・けいれん:1.4%
・脳症:0.2%

生後2ヶ月以内の乳児は重症化しやすい傾向があります・・・肺炎25%、けいれん3%、脳症1%。

診断診断基準2008(案)
治療
抗生物質(マクロライド系)・・・ただし、痙咳期に入ってから開始してもあまり効きません。感染源対策としては意味があります。通常、治療開始後5〜7日で百日咳菌は陰性化します。
予後:入院率63%、死亡率0.8%(大半を占めるのは1歳未満、とくに生後6ヶ月未満の乳児)
予防:予防接種(DPTのなかの「P」)を4回

小児期に接種したDPTの効果は10年くらいで無くなってしまいます。アメリカではこれに対して新しく調整したワクチン(百日咳ワクチンとジフテリアの抗原量を減らした思春期・成人用のTdapワクチンを2006年から導入済み)

感染力のある期間:菌の排出は咳の始まりから約3週間続きます(有効な治療により短縮可能です)。
 ワクチン未接種の乳児では6週間にわたり菌が検出されることもあるとされています。
 二次感染率は80%を超えると云われています。
隔離期間:特徴的な咳が無くなるまで出席停止

<参考>

アメリカ小児科学会が推奨する感染管理法
・患者との接触者でDTPワクチン1〜2回接種者は追加接種
・家族内や保育施設内の濃厚接触者はエリスロマイシン14日間内服
・医療従事者も接触後21日間は咳などの症状に注意し、咳が出始めたら培養検体採取後、抗菌薬内服を開始

百日咳ワクチンの歴史
 百日咳ワクチン(P)は1950年に予防接種法に定められ、単味百日咳ワクチンとして接種されました。1958年:予防接種法が改正され、ジフテリア(D)と混合されたDP二種混合ワクチンとして使われました。
1968年:破傷風(T)を含めたDPT3種混合ワクチンとして定期接種に組み込まれました。ワクチン接種率の上昇に伴い患者数は減少し、1971年には年間206例と、当時日本は世界で最も罹患率の低い国の一つとなりました。
1970年代:DPTワクチン、とくに全菌体を使っていた百日咳ワクチン(全菌体ワクチン、whole cell vaccine)によるとされる脳症などの重篤な副反応発生が問題となり、
1975年:百日咳ワクチンを含む予防接種が一時中止となりました。その結果m1979年には年間の届出が13000例と急増し、死亡者は20〜30例と報告されました。
1981年:全菌体ワクチンから感染防御抗原だけを精製し、菌耐性分を除いた無細胞ワクチン(acellular vaccine)が開発され、この年に無細胞百日咳ワクチン(aP)を含むDPT3種混合ワクチン(DTaP)が導入され、安全性と有効性が両立し、再び接種率が向上しました。

定期接種麻疹(はしか)

原因:麻疹ウイルス(RNAウイルス)
疫学:初春から夏にかけて流行。
好発年齢:麻疹ワクチンが行われていなかった時代の発症者は1歳過ぎの幼児が中心でしたが、現在は思春期〜若者、1歳未満の乳児です(2008年からのMRワクチン2回接種により将来は1歳未満だけになると予想されます)。
感染形式空気感染(ウイルス感染症で一番感染力が強い)&飛沫感染&接触感染
潜伏期間:10〜14日間、7〜18日(通常14日)
症状:不顕性感染はほとんどなく、ほぼ100%発症します。

カタル期(2〜4日):咳、鼻汁、発熱で始まり結膜炎を合併します・・・この時点では風邪と区別できません。
コプリック斑:カタル期後半から発疹期前半(合計2日間程度)に口内粘膜にみられる白いつぶつぶで、麻疹と診断する有力な根拠となる所見です。
発疹期(3〜4日):発熱4日目頃に一旦半日ほど解熱しますが、ほどなく再度高熱となり、発疹が顔・首のまわりに出現し全身へ広がり手足の先に到達するまで高熱が続きます。この間ひどい咳も続きます。
回復期(約5日):発疹が全身に広がりきると解熱しはじめ、発疹は褐色の色素沈着を残して消えていきます(これも麻疹の特徴)。

【特殊な臨床経過】

修飾麻疹 ・・・医師泣かせの病態
 麻疹に対する免疫が不十分ながらも体にある状態(※1)では典型的な症状が出ないことがあります(※2)。これを「修飾麻疹」と呼びますが、本人は軽症でも感染源になるので医師泣かせの病態です。

(※1)お母さんからもらった免疫が残っている乳児期前半、γ-グロブリン投与後、2次性ワクチン効果不全、等
(※2)潜伏期が長い、コプリック斑が見られない、発熱や発疹が軽い・・・何でもありなので診断困難!

重症出血性麻疹(内向型麻疹):
 細胞性免疫が低下している人に見られる病態です。発疹の急速な消退と呼吸困難、チアノーゼなどの一般状態の急速な悪化を認め、しばしばDIC(播種性血管内凝固症候群)を合併して死亡します。
異型麻疹不活化ワクチン(現行ワクチンは『生ワクチン』です)を接種したことのあるヒトが、麻疹に罹患したときに発症します。中和活性のない抗体による免疫反応とされています。4〜7日間持続する高熱、肺炎の合併、出血性発疹が出現します。
診断
 典型例は臨床所見で診断可能ですが、確定診断目的、あるいは非典型例では検査(ウイルス検出、血清抗体価)を行います。
★ 「2014年改訂:最近の知見に基づく麻疹の検査診断の考え方」(国立感染症研究所)New_Icon_rd_01.png
合併症
 麻疹に罹ると免疫力が低下し、元に戻るまでに治癒後1ヶ月くらいかかります。この間は予防接種は行わないという決まりがあります。
中耳炎(15%):細菌の二次感染により発症します。
角膜軟化症・角膜潰瘍・失明:細菌の二次感染による合併症で、ビタミンA欠乏児で出やすいとされています。
肺炎(6%):3種類あります。
ウイルス性肺炎:ウイルス増殖に対する免疫反応で、成人麻疹では頻度高し。
巨細胞性肺炎:ウイルスの直接侵襲による・・・主として免疫不全者にみられ、予後不良です。
細菌性肺炎:細菌の二次感染によります。抗生物質が有効です。
脳炎(0.2%):3種類に分けられます・・・
麻疹後脳脊髄炎(発疹出現7〜14日後に発症):脳組織に対する事故免疫機序により発症し、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)の病像をとります。死亡率20%、神経後遺症率30%。
麻疹封入体性脳炎(発疹出現1ヶ月後頃から発症):主として免疫不全者にみられ、麻疹ウイルスの直接侵襲により発症します。
亜急性硬化性全脳炎(↓)

亜急性硬化性全脳炎SSPE, subacute sclerosing panencephalitis)>
 麻疹に罹ったヒトに忘れた頃(数年後)襲いかかる合併症です。麻疹ウイルスによる中枢神経系の遅発性ウイルス感染症であり、そのメカニズムは、M蛋白が変異した麻疹ウイルスの中枢神経系への持続感染による脳組織の障害です。
 頻度は罹患者数万人に一人程度(2人/10万人)。麻疹ワクチン接種により<1人/100万人(自然感染の1/20未満)まで頻度が減ります。一方で、ワクチン接種後の発症者の脳から得られたウイルスの遺伝子解析ではすべて野外株であったとの報告もあります(つまりワクチンが下人ではないということ)。
 2歳未満の麻疹罹患が80%をい占め、1歳未満の軽症麻疹罹患が危険因子です。
 潜伏期間は多くは数年ですが、10年以上のこともあります。
 発症年齢は4〜12歳に多く、近年の日本の報告では平均10.3歳、男女比は1.4:1です。
 初発症状は周囲への無関心、おとなしくなった、友達と遊ばなくなったなどの正確面での変化、および学業不振、物忘れなど、非特異的症状であるため、不登校やサボりなどと誤解される場合があります。徐々に全身の機能が退行し、けいれんが出現し、ゆっくりと進行して死亡します。
 治療法は従来ありませんでしたが、近年イノシンプラノベスク、インターフェロン、リバビリンなどが試みられています。
 予後は不良です。発症から死亡までの期間は従来は2〜3年とされていましたが、近年の報告では平均6.4年(1〜12年)、死亡年齢は平均16.1歳(11〜25歳)とされています。

(院長のつぶやき)悲しく切ないSSPE
 健康に過ごしていた子どもが、どうも最近おかしい・・・勉強に身が入らず成績が落ちてきてお母さんは叱ってばかり・・・あれ?今までできたことができなくなってきた・・・おかしい・・・病院受診するも原因わからず・・・何人目かの小児科医から「このお子さんは昔『はしか』に罹ったことがありますか?」と聞かれて・・・「はい、乳児期に軽く罹りました」・・・その後検査を重ね、SSPEと確定・・・成績が落ちたのは病気のせいだった、叱ってごめんね・・・え?命までも奪って行くの? そんな・・・ああ、予防接種をしておけば・・・(どこの大学病院の小児科病棟でも伝え聞く悲しいエピソードです)。

治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)
予後:死亡率は先進国で0.2%、途上国で2.0%、主な死因は脳炎、肺炎、脱水。
 ・・・子どもが罹ると1/3〜1/2の患者さんが入院するほど重症な感染症です。
予防
・生ワクチンの予防接種:1歳時と小学校入学前の2回。抗体獲得率は、1回で95%以上、2回で99%。
・緊急接種:患者と接触後72時間以内ならワクチンによる予防が可能、120時間以内なら軽症化が期待されます。接触後の緊急ワクチン接種では、発症しなくても野生株に対する麻疹抗体は産生されています。
・接触後6日以内であればγ-グロブリン投与(免疫不全児や妊婦が適応・・・血液製剤なので使用の判断は慎重に)。
感染力のある期間:カタル症状出現1〜2日前(発疹出現3〜5日前)から、発疹出現後4日頃まで。
隔離期間
学校保健法による出席停止期間は「解熱した後3日が経過するまで」または「主治医が感染の危険性がないと診断したとき」となっています。

2007年大学生を中心に麻疹が流行
 罹った若者達の中には、予防接種を幼児期に受けていたヒトも混じっています。つまり、ワクチンの効果は10年くらいしか持たないことが判明したのです。
 これを受けて厚生労働省は、2008年から5年間の期限付きで中学1年生と高校3年生時に2回目のワクチン接種を行うことにしました。

院長のつぶやき)麻疹は発症初期はふつうの風邪と区別がつきにくく診断は困難ですが、この時期が一番感染力が強く、まことに始末に悪い感染症です。
 合併症の辛さは他の感染症の比ではなく、勤務医時代に流行を経験しましたが、入院病棟に一晩中咳き込む声が響いていたイヤな記憶が残っています。

定期接種風疹(三日はしか)

はしかの軽症型ではなく別の病気です

原因:風疹ウイルス(RNAウイルス)
疫学:流行は初冬から初夏に見られていたが、近年は散発するパターン。1994年の予防接種法改正後、全国的な流行は制圧されています。
感染形式:飛沫感染(麻疹や水痘より弱い)
潜伏期間:2〜3週間(14〜21日:ふつう16〜18日)
症状:不顕性感染は約30%(20〜40%)
発熱(40〜60%)と同時に発疹が出現(顔・耳の後ろから始まり全身に広がる大きさ5mm程度の淡い赤い斑点)します。発疹は麻疹のように癒合することはなく、色素沈着も残しません。
 熱は高熱にはならず3日程度で解熱、咳・鼻汁もひどくなりません。悪寒や倦怠感の他、眼球結膜(白目)の軽度充血が見られます。
リンパ節腫張耳介後部が特徴的で、後頭部・後頚部にも出現し、発熱・発疹に先行し2〜3週間持続します。

※ 大人が罹ると小児より重く、高熱や関節炎(指・手首・膝などの有痛性腫脹、1〜2週間で自然治癒)が5〜30%と多く見られる傾向があります(より詳しくは下段の「成人の風疹の特徴」参照)。

先天性風疹症候群CRS
 妊娠初期(20週まで)の妊婦さんが風疹に罹るとお腹の中の赤ちゃんに影響が出ることがあり、CRSと呼びます。風疹ウイルスが胎盤を介して赤ちゃんに感染したのですね。生後に罹ったときの症状と異なり、重い後遺症(難聴、白内障、心臓病)に苦しめられることになります。
 発症率(妊婦が顕性感染した場合)は妊娠1ヶ月で50%以上、2ヶ月で35%、3ヶ月で18%、4ヶ月で8%程度。

合併症
脳炎(1/4000〜6000人):発疹出現後2〜7日に発症します。意識障害・けいれんの他、人格変化や自分の名前が書けないなどの症状をみることがあります。予後(回復)は比較的良好ですが、まれに重症化します。
血小板減少性紫斑病、ITP(1/3000〜5000人):発疹出現後2〜14日目に発症し、一般的には2〜8週で自然治癒しますが、γ-グロブリン大量療法やステロイド治療などを要することもあります。
・その他:溶血性貧血(発疹出現後3〜7日に急激に発症)、肝障害、心筋炎、等。
治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)
予後:3〜4日で回復(「三日はしか」と呼ばれる所以)
予防
・予防接種:1歳時と小学校入学前の2回(2011年現在)

※ 妊娠可能年齢の女性はワクチン接種後2〜3ヶ月は避妊が必要です。

・暴露後予防措置は一般に推奨されていません。

日本における風疹ワクチン接種の歴史

1977年〜:中学生女子に定期接種
1989〜1993年:12〜72ヶ月未満の小児にもMMRワクチンを接種
1994年:12〜90ヶ月未満の男女幼児に定期接種
2006年:MRワクチンを12〜23ヶ月に1回、就学前の1年間に2回目を接種。
※ 先進国ではMMRワクチンの2回接種が主流です

感染力のある期間:発疹出現数日前から出現後7日(発疹出現前2〜3日から出現後5日程度)

※ CRS児は例外で、数ヶ月以上鼻咽腔や尿にウイルスを排泄することがあります。

隔離期間:発疹が消失するまで。

★ 風疹流行および先天性風疹症候群の発生に関するリスクアセスメント(2013年7月)

(2013年7月16日:国立感染症研究所)

■ 背景

 風疹は発熱、発疹、リンパ節腫脹を 3 主徴とするが、比較的軽症に経過し正しく診断されないことも多い一方で、高熱が続き、合併症等を理由に入院を必要とする場合もある。風疹に感受性のある妊娠 20 週頃までの妊婦が風疹ウイルスに感染すると、白内障、先天性心疾患、難聴等を 特徴とする先天性風疹症候群(CRS: congenital rubella syndrome)の児が生まれる可能性がある。風疹、CRS に対しては共に特異的な治療法はないが、感染・発症前のワクチン接種は有効な予防手段であり、風疹含有ワクチンの最大の目的の一つが CRS 予防である。
 2013 年 7 月 16 日現在、2008 年以降最大の風疹流行が継続中である。近年の流行は、妊娠子育 て世代の成人に患者が多いという特徴があり、今後の CRS の発生増加が懸念される。

■ 風疹の疫学的所見

・厚生省(当時)感染症発生動向調査事業(1982~1999年3月)に基づく定点報告による風疹患者発生数をみると、風疹の全国的大流行は、調査事業の開始された 1982 年、1987~88 年、 1992~93 年と、ほぼ 5 年ごとに繰り返されてきた。主な流行年の年間報告数(定点あたり報 告数)は、321,880(163.6):1982 年、411,772(172.9):1987 年、223,758(92.7):1992 年であった。当時の定点は、全国約 2400 か所の小児科医療機関であったが、全国の全小児 科医療機関は約 3 万か所あるため、全国ではその 10 倍以上の患者が発生していたと考えられる。
・感染症法に基づいた感染症発生動向調査では、1999年4月以降、風疹は全国約3000か所の小児科医療機関(定点)から毎週、患者数が報告される定点把握疾患であったが、2008 年 に全ての医師に診断した患者の報告を求める全数報告疾患となった。
・幼児に風疹含有ワクチンの定期接種が始まった1995年度以降、風疹の大規模な全国流行は みられていない。
・2004年に患者推計数3.9万人(定点報告数4,239)の流行が発生した後、報告数は減少し、2010 年には全数報告として年間 87 人となった。2011 年は複数の集団発生が確認されたが、 地域内の小規模な発生にとどまった。しかし、2012 年から報告数が急増し、1 年間で 2,392 人と、2010 年に比べ 27 倍となった。その後も報告数は増加し続け、2013 年 1 月 1 日~7 月 7 日の約 6 か月で既に 12,469人(暫定数)と 2012 年 1 年間の 5 倍以上となり、2012 年同 期(~7 月 8 日)と比較すると約 20 倍となった。2013 年 1 月 1 日~7 月 7 日までに報告さ れた地域は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の 4 都県で約 45%を占めているが、過去 4 週1間の増加を見ると、これらの 4 都県に加えて、大阪府、兵庫県、鹿児島県、京都府、福岡県、 愛知県、和歌山県からの報告数が多い。性、年齢群別では、男性が 77%(9,586 人)、うち 20~40 代が 82%(7,879 人、報告全体を分母とした場合には 63%)となっている。女性では 20 代が 41%と最も多い。予防接種歴は 64%が不明で、30%が無しであった。
・2013年の診断週別風疹報告数は、全国では第19〜22週の800人台/週をピークとしその後減少傾向にある。19〜22 週の 4 週間と 23〜26 週の 4 週間の症例数を地域別に比較すると、 京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県の 4 県の合計が、1678 人から 988 人と 41%減少 しているのに対し、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の 1 都 3 県では、1098 人から 831 人と 24%減にとどまっている。愛知県、福岡県、鹿児島県を含む 15 県では、増加が認めら れる。
・感染症発生動向調査からの暫定的な情報に基づくと、2013年第27週(診断週)時点の風疹の主な症状は、発熱が 89.2%、発疹が 99.5%、リンパ節腫脹が 71.7%、関節痛・関節炎が 19.1% に認められた。また、2012 年には風疹の合併症として急性脳炎が 5 例、血小板減少性紫斑病が 13 例報告され、2013 年は 7 月 7 日時点でそれぞれ 11 例、54 例が報告されていた。こ れらの合併症の、文献的な発生頻度はそれぞれ 4,000~6,000 例に 1 例、3,000~5,000 例に 1 例程度とされている(参照:感染症発生動向調査週報 2001 年第 3 巻第 29 週、感染症発生 動向調査週報 2013 年通巻第 15 巻第 17・18 合併号)。
・2013年1月~6月30日に感染症発生動向調査に報告された風疹の感染原因・感染経路に関する情報として、「職場・会社・同僚・仕事現場・仕事上の接触」などの職場、「家族・夫・ 妻・父・母・兄・姉・妹・子ども・子供・息子・娘・祖父・祖母」などの家族、「学校・塾・ 保育所・保育園・小学・中学・高校・大学・幼稚園・スクール」などの学校、「院内感染・ 見舞・病院出入り・病院勤務・入院していた患者」などの医療機関を示唆する語句が、それ ぞれ少なくとも 970 例、581 例、141 例、15 例確認された(一部重複あり)。

先天性風疹症候群(CRS)

・1965年、沖縄県で風疹の大流行が発生し、妊婦の25~30%が風疹ウイルスに感染したと推定された。妊娠初期 4 か月間に感染した妊婦は 2000~2400 人と推定されたが、その人数の 17 ~20%に相当する 408 人の CRS の出生が確認された。この比率は過去の知見と矛盾はない。 日本では、1999 年 4 月の感染症法施行まで、CRS サーベイランスは無かった。1993 年に行 われた、聴覚特別支援学校を対象とした全国調査に基づく報告では、1981~89 年に出生し た 272 人の CRS が確認されている。その報告によると、出生 10 万対 CRS 罹患率は、1981~ 82 年及び 1987~88 流行期には 1.56~9.95 と、非流行期の 0.20~0.72 に比較して高いこと が示された。
・1999年4月以降、感染症法のもと、すべての医師にCRSの報告が義務付けられた。
・1999年4月1日~2013年7月7日の間に、CRSは32例報告された。2004年の10例を除き、 年間の報告数は 0~2 例であったが、現在の風疹流行が始まった 2012 年以降は、13 例の CRS が以下の地域から報告された:東京(3 例)、兵庫(2)、愛知(2)、大阪(2)、香川(1)、埼玉(1)、 神奈川(1)、千葉(1)。32 例中 21 例は母親が妊娠中に風疹と診断されていた。母親の予防 接種歴が記録で確認されているのは 1 例のみであった。

風疹に対する免疫(予防接種・抗体保有率)

・風疹ワクチンは免疫効果が高く、接種後の抗体獲得率は95%以上とされる(参考資料)。
・妊娠中の女性へはワクチン接種を行うことができない。また、女性がワクチン接種を受けた場合は、2 か月間避妊する必要がある。
・風疹の定期接種制度は、CRS予防のため1977年に女子中学生(集団接種)を対象に始まっ た。しかし、風疹ウイルスが伝播流行している限り CRS を完全に防ぐことはできないことか ら、1995 年度からは、風疹の流行そのものをコントロールする目的で、生後 12~90 か月未 満の男女幼児が対象となった。同時に、中学生は男女ともが定期接種:経過措置(個別接種) の対象となった(2001 年~2003 年にかけて、定期接種を未接種の全ての経過措置対象者に 再度の接種機会を設けた)。2006 年度から、1 歳と小学校入学前 1 年間の幼児に対する 2 回 接種が導入され、2008~2012 年度の 5 年間は、時限的に中学 1 年生と高校 3 年生相当年齢 の者に 2 回目の定期接種が行われた。
(風疹の定期予防接種制度の変遷について)
・感染症流行予測調査(国民の風疹に対する抗体保有率:2012年度調査結果、2013年3月現 在)によると、20 歳未満の抗体保有率(HI 抗体価 1:8 以上)に男女差は少なく、年齢群別 (男性/女性)では 0-4 歳群で 73%/76%、5-9 歳群で 95%/97%、10 代で 95%/96%であった。 一方、20 歳以上の女性では、多くの年齢群で 90%以上(20 代 95%、30 代 98%、40 代 98%、50 代 86%、60 代 94%、70 代以上 90%)であったのに対し、男性では多くの年齢群で 90%未満(20 代 90%、30 代 79%、40 代 84%、50 代 86%、60 代 94%、70 代以上 80%)の抗体保有率であった。 とくに風疹に対する定期予防接種の機会がなかった世代の男性(昭和 54 年 4 月 1 日以前生 まれ)を含む 20~40 代男性において風疹に対する抗体保有率が女性や他の年齢群と比較し て低かった。
 地域別の比較は、感染症流行予測調査事業による抗体検査が全自治体で実施されていないこ とから、実施 14 自治体の結果であるが、20~40 代の地域別の抗体保有率(HI 抗体価 1:8 以上)は、女性では調査した 14 自治体のほとんどで 90%以上(92~100%)であったが、1 自治体のみ 82%であった。一方、男性では 90%以上(94~99%)を示したのは 2 自治体のみで あり、80%台(80~86%)が 9 自治体、70%台(77~79%)が 3 自治体であった。患者報告数が多い自治体と抗体保有率が低い自治体に明らかな相関はみられなかった。抗体保有率の低い 自治体では今後の感染拡大が懸念される。

風疹含有ワクチンの副反応

・風疹含有ワクチンは、安全性の高いワクチンである。比較的よく見られる副反応とまれな副 反応について下記に示す。
・比較的よく見られる反応(頻度は数%~数十%・数日以内に治ることがほとんど)
・全身性の反応としては、初回接種時の発熱・発疹、年少児では発熱とともに熱性けいれん、じんましんなどのアレルギー反応、リンパ節腫脹、関節痛等が知られている。 成人では小児に比べて関節痛の頻度が高い。
・頻度は低いが、局所反応としては、接種部位の発赤、腫脹がある。
・重い副反応(頻度はまれ):アナフィラキシー、脳炎・脳症、血小板減少性紫斑病、年長者では血管迷走神経反射によ る失神等が知られている。

現在の対応

・厚生労働省による対応
 2012 年の風疹流行開始後、厚生労働省は、2012 年 5 月 25 日、同年 7 月 19 日、2013 年 1 月 29 日、同年 2 月 26 日に、事務連絡及び課長通知を発出し、自治体や関係機関向けに、風疹 流行に対する注意喚起とともに、定期接種の積極的な勧奨の他、1妊婦の夫、子ども及びそ の他の同居家族、210 代後半から 40 代の女性、3産褥早期の女性に対して、風疹含有ワクチン(麻疹風疹混合ワクチンなど)の任意接種の検討をするように周知を図ること、産婦人 科・小児科医療機関等への情報提供を依頼した。さらに、日本医師会、日本産婦人科学会等 と連携して、政府広報・厚労省ホームページ、メールマガジン、ポスター等で注意喚起を行 った。また、職域、新婚夫婦等、ターゲット層を絞ったリーフレットの作成、日本医師会と 連携した情報提供と夜間休日の接種機会の確保、日本産婦人科学会等と連携して、妊娠中の 感染症予防策の情報提供を実施した。
 2013 年 5 月以降の任意の MR ワクチン接種者数の急激な増加により、現在の接種者数の水準 がこのまま続いた場合、今夏以降にMRワクチンが一時的に不足する恐れがでたことから、 7 月 2 日、課長通知を発出し、関係者に風しんワクチンの安定供給に関する協力を依頼する と共に、任意接種においては、上記1及び2のうち、抗体価が十分であると確認できた人以 外の人を優先して接種を実施できるように協力を依頼した。
・産婦人科を対象とした相談体制
風疹ウイルスに感染した(疑いを含む)妊娠中の女性を診療する医療機関(1次施設)を支援するため、厚生労働省研究班により、産婦人科医を対象とした相談窓口(2次施設)が地域ごとに設置されている。

<リスクアセスメント>

・20~40 代の男性を中心に風疹の流行が継続しており、今後も流行地域の拡大、感染者数の発生が続くと考えられる。今後の CRS の発生数の予測は調査研究結果を待たねばならないが、 現在の流行状況を勘案すると、さらに増加すると考えられる。2013 年の CRS の報告は、6 月9 日時点で既に 2012 年の報告数より増加した。今後も風疹流行が継続し、CRS 予防策が十分 なされない場合には、CRS の報告は更に続くと思われる。
・2013年の流行は、全国的には第19〜22週をピークに減少傾向にあるが、流行のトレンドは地域によって異なっており、むしろ増加している地域も認められる。引き続き警戒が必要で ある。
・CRS予防の観点からは、今後妊娠する可能性のある女性に対し、妊娠前にワクチン接種を行うことが最も重要である。この場合、妊娠している可能性がないかについての問診を尽くす ことに加えて、接種後、少なくとも 2か月間の避妊が必要なことを再度説明する必要があ る。しかし、万が一、ワクチン接種した後に妊娠が分かった場合でも、世界的にみてもこれ までにワクチンによる CRS の発生報告はない。
・さらに、妊娠中の女性の夫や子どもなどの同居家族が、風疹含有ワクチンを接種することに よって、妊娠中の女性が風疹ウイルスに感染する可能性を下げることが期待される。
・現在の流行を抑制するためには、他の年齢層よりも風疹に対する抗体保有率が低く、流行の 2/3 を占める 20 代~40 代の男性が風疹含有ワクチンを接種することにより免疫を持つこと が重要である。その際、流行が発生している地域における緊急性は高いと考える。
・一般的に、風疹は家庭内、学校、職場、医療機関等で感染が拡大することが知られており、 そのような場における感染拡大防止が重要である。学校保健安全法による出席停止期間は、 発疹が消失するまでである。風疹ウイルスの排泄期間は発疹出現の前後約 1 週間とされているが、解熱すると排泄されるウイルス量は激減し、急速に感染力は消失する。症状を有する間は出勤や外出等は控える事が望ましい。

<参考資料>

風疹含有ワクチン 1 回接種者における年齢/年齢群別風疹抗体保有状況、2012 年(暫定値)~2012 年度感染症流行予測調査より~
※ 2012年度感染症流行予測調査事業風疹感受性調査実施都道府県:宮城県、山形県、栃木県、群 馬県、千葉県、東京都、新潟県、長野県、愛知県、三重県、京都府、山口県、高知県、福岡県
【抗体価測定:赤血球凝集抑制法(HI 法)/n=1,447】

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★ 成人の風疹の特徴

※ 緊急公開「成人における風疹の臨床像についての検討」(日本感染症学会、2013年7月)より

対象

2012年1月〜2013年4月に東京都立駒込病院を受診した27例(男性19:女性8)・・・うち入院9例
年齢:34.5歳(範囲:20〜56歳)
ワクチン接種歴ありは2例(7.4%)・・・ただし1回のみ。

症状

※ 発熱・リンパ節腫脹・発疹の3徴すべてを呈していた例は74.0%。

発熱:96.3%(持続期間:5日・・・範囲:3〜9日)
リンパ節腫脹:92.6%(後頭部:77.8%、顎下部:14.8%、耳介後部:11.1%、後頭部:7.4%
発疹:85.2%(持続期間:4日・・・範囲:3〜8日)
 皮疹の癒合:37.0%、色素沈着:18.5%
・その他
 眼球結膜充血:77.8%、頭痛:63.0%、咽頭痛:51.9%、関節痛:25.9%、咳嗽:14.8%

検査

白血球数:3800/μL(範囲:2000〜8300)
血小板数:12.9×10^4/μL(範囲:6.5〜23.0×10^4)
AST:27IU/L(範囲:16-49)
ALT:21IU/L(範囲:9〜93)
LDH:227IU/L(範囲:168〜440)

診断

(発疹、発熱、頭頸部のリンパ節腫脹のいずれかを呈し、かつ血清学的に風疹IgMがEIA価:0.8以上、またはペア血清で風疹IgGのEIA価が4倍以上に上昇した例を登録)
来院時の風疹IgM抗体陽性は65.4%、麻疹IgM抗体陽性は26.9%(すべて疑陽性)。

考察

成人における風疹の臨床像は重症度や発疹の点において麻疹に似ており、症状から鑑別することは困難と思われた。唯一、コプリック斑はゼロであり鑑別診断的価値があると考えられた。
発熱持続期間は麻疹の平均7.4日に比べて5日程度と短いが、中には1週間程度持続する遷延例や食事摂取困難、軽度の脱水症状を呈したために入院する例も少なくなかった。
発疹では本来麻疹の特徴とされる癒合傾向(37%)・色素沈着(19%)が少なからず観察された。
リンパ節腫脹では、風疹に特徴的とされる耳介後部主徴は11%と少数であった。
大人の風疹によく見られる関節症状は26%と、従来の報告(20〜30%)と一致していた。
診断については初診時風疹IgM抗体価は37%で陰性であり、これをもって風疹を否定することはできないことが判明した。診断に苦慮する場合はペア血清で風疹抗体の上昇を確認すべし。

定期接種日本脳炎

原因:日本脳炎ウイルス(RNAウイルス)
疫学
・世界の中でアジアにのみ発生し、東アジア(日本、韓国、中国)、東南アジア全域、インド、パキスタンなどに広く分布しています。日本以外のアジア地域では現在も流行しており、年間4〜5万人発生しています(過去の病気ではありません)。
・日本では1950年代には子どもと高齢者を中心に、年間5000例以上の患者発生がみられました。1992年以降、日本での発生は年間10名未満です。減少の理由として、ワクチン接種、蚊の減少、豚舎の大規模集約化、エアコンの普及など、ウイルスとヒトとの接触の減少の関与が考えられています。
・日本では6〜9月に未感染ブタの間で感染が広がり、その血液を吸ったコガタアカイエカの中腸で増殖し、吸血時に唾液を介してヒトに感染します。
・日本では、2005〜2010年のワクチンの積極的勧奨停止期間中に4例の小児患者が発生しました。
感染形式:蚊に刺されて感染(ヒトからヒトへはうつりません
潜伏期間:6〜16日
症状:いくつかの方に分類され、重症タイプの脳炎症状が出るのは1/1000(300〜3000)人程度です。

脳炎
・急な高熱、頭痛、悪寒、食欲低下、悪心・嘔吐、めまい、傾眠(ウトウトしがち)等の症状が2〜4日続きます。
・その後、項部硬直(首が痛くて動かせなくなること)などの随膜刺激症状、羞明(まぶしがる)、味覚異常、意識障害、けいれんへと進行します。
・その他、無気力顔貌、筋硬直、不随意運動(体の一部が勝手に動く)、振戦などの基底核症状、麻痺、病的反射の出現などがみられます。
・症状の速い進行、コントロール不良のけいれん重積、呼吸不全、発熱の遷延、錐体外路症状、病的反射などは予後不良兆候です。致死的な例はふつう発症5日以内に死亡し、1週間以上経過すると治癒過程に入ります。
・亜急性期から回復期にかけて筋力低下、萎縮、強直、麻痺などに対し理学療法などのリハビリテーションが必要になります。

□ 髄膜炎:自然治癒します。
□ 軽度の熱性疾患
不顕性感染(感染しても症状が出ないで終わること):これがほとんど。
合併症
治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)
予後:(脳炎発症例)死亡率17(5〜30)%、後遺症48%
予防:不活化ワクチンを3回接種・・・有効率81〜91%

※ 以前は4回(14歳以上で追加接種)が行われていましたが、2005年に廃止されました。

※ 「日本脳炎ワクチン積極的勧奨停止問題
 2005年5月、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)の重症者がワクチンの副反応として認定され、厚生労働省は緊急に上記措置をとりました。
 そして2010年5月に他の方法(細胞培養法)で作成したワクチンの登場を機に解除。
 空白の5年間に、小児の日本脳炎患者は4例発生しました。内訳は、熊本県(3歳と7歳)、高知(1歳)、山口(6歳)とすべて西日本でした。

感染力のある期間:ヒトからヒトへの感染はありません。
隔離期間:隔離の必要はありません。

※ 映画「家宅の人」で日本脳炎に罹患した子どもの話が出てきました。

定期接種ポリオ(小児麻痺、急性灰白髄炎)

原因:ポリオウイルス
疫学:日本での患者は1980年が最後で発生していません。

★ 世界の状況:南北アメリカ大陸では1994年に、西太平洋地域では2000年に、ヨーロッパ大陸では2002年にポリオ根絶宣言が行われました。近年の流行地と考えられているのはインド北部、パキスタンなど6カ国です。

感染形式
潜伏期間
症状
・90%は「不顕性感染」・・・感染しても症状(下痢・嘔吐・軽い咳)が出るのは10%のみ。
・1%に髄膜炎発症、0.1%に神経炎(急性灰白髄炎)が起きて重症化し、死亡例や後遺症として麻痺が残ります。
合併症
治療:対症療法(根治療法・特効薬はない)
予後
予防:生ワクチンを2回経口接種(外国では不活化ワクチンが普及しつつあります)、集団接種
隔離期間

「集団接種」にはワケがある!
 飲む生ワクチンは弱毒化したウイルスが腸の中で増殖して免疫がつくようになるのですが、その増殖の過程で変異し毒性を取り戻してしまうことがまれながらあるのです。その頻度は250万〜300万接種で1例程度。
 それがヒトからヒトにうつると大変な事態になるので、集団接種で一斉に免疫をつけて、もし強毒性ウイルスが発生した場合も被害を極力少なく抑える、という目的がそこにあるのですね。
 海外ではこのようなリスクを避けるために「不活化ワクチン」を開発して導入しています。日本も現在検討中で、将来は4種混合ワクチン(現在のDPT+不活化ポリオ・ワクチン)となる可能性もあります。

ポリオ大流行とワクチン緊急輸入の記憶
 1960年(昭和35年)に日本で大流行し、全国で5000人の患者が報告されました。流行を阻止するために、時の厚生大臣の英断でポリオのなまワクチンをソ連(現在のロシア)とカナダから緊急輸入し、全国で一斉に予防接種を行いました。1ヶ月で接種を終了したそうです。そして翌年にはポリオ患者は激減した歴史があります。
 ・・・この話を知ると、2009年の後手後手に回った新型インフルエンザワクチン行政が寂しく見えませんか?

定期接種結核

原因:結核菌
疫学:かつて日本の国民病と云われ、1951年に結核予防法が制定された当時は、20歳になるまでに国民の半分以上が結核に感染しました。現在では20歳までに感染する確率は1%以下(人口10万人あたり25人)ですが、先進国の中では最悪発生で、WHO分類では日本は「中蔓延国」と不名誉な位置に甘んじている状況です。
感染形式空気感染(感染源は排菌している患者のみ)
潜伏期間:1〜6ヶ月
症状:乳幼児型と成人型に分けられます。
① 乳幼児型(1次結核)
・結核性髄膜炎:頭痛、嘔吐、発熱(高熱の持続)、意識障害・・・死亡率・後遺症率共に高い
・粟粒結核:
② 成人型(二次結核)
・肺結核:咳、微熱の遷延、体重減少
検査
・ツベルクリン反応・・・陽性なら感染の可能性大であるが欠点(BCG接種例でも陽性になる、活動性かどうか判断不能)あり
クォンティフェロン検査・・・活動性結核のみを検出可能、BCG接種の有無は問わない、非結核性抗酸菌症は陰性に出る、など、ツベルクリン反応の欠点をクリアした新しい検査。
合併症
治療
・抗結核薬・・・イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン(SM)、エタンブトール(EB)、ピラジナミド(PZA)など。

※ 小児は排菌者と接触歴のあるツベルクリン反応(今後はクォンティフェロン検査)陽性者には予防治療(イソニアジド6ヶ月間)をすることがあります。

予後
予防:予防接種(BCG:牛の結核菌の毒性を弱くしたもの)を1回接種・・・重症結核(髄膜炎、粟粒結核)予防効果は8割ありますが、しかし肺結核の予防効果は5割程度と高くありません。

※ 以前は乳児期、小学校1年生時、中学1年生時にツベルクリン検査を行い、陰性の場合は追加接種をしていましたが、2005年からツベルクリン検査を省略し、生後0〜6ヶ月未満の児に1回接種する方法に変更されました。ちなみにアメリカではBCGは行われていません。

コッホ現象:結核に感染しているヒトにBCGを接種すると、数日〜1週間後に接種部位が腫れたり膿を持つようになる現象。健常者では接種後1〜2ヶ月頃は腫れて、3ヶ月後に目立たなくなるという経過を辿ります。

隔離期間:排菌がなくなり、医師が伝染の恐れなしと判断するまで。

定期接種破傷風

※ 参考HP:「意外と知らない感染症ー破傷風ー」(都立駒込病院 菅沼明彦先生)

原因:破傷風菌 Clostridium tetani
疫学:日本では年間100例程度発生
感染形式:ヒトからヒトへは感染せず、土の中などにいてキズから侵入して感染します(野外での事故、古いクギを踏み抜いた、などは危険)
潜伏期間:2日〜数ヶ月(ふつう14日以内に症状が出ることが多い)
症状:毒素による筋肉のけいれんが3〜4週間続き、治るまでに数ヶ月かかります。極期には音や光の刺激により全身けいれんが誘発され、深刻な合併症(嚥下困難、嚥下性肺炎)も起こし死に至ることもあります。
・開口障害(lockjaw):咀嚼筋のけいれんによります
・痙笑(ひきつり笑い、risusu sardonicus)
・後弓反張(opisthotonus):背部筋肉のけいれんによります

新生児破傷風
 生後3〜14日で現れ、元気にしていた乳児が突然哺乳不良となります。次いでけいれんが起こり、特別な治療が行われなければ死亡率は95%。開発途上国での頻度が高く、出生時の臍帯切断時の不衛生な処理により感染します。
※ 参考HP:「新生児破傷風の1例」(IASR)

合併症
治療:抗毒素
予後
予防:予防接種(DPTやDTの「T」)を定期接種として5回+任意の追加接種(10年くらいで免疫が無くなってしまうので)。日本に導入されたのは1968年頃。
隔離期間

(院長のつぶやき)昔の映画で破傷風を扱ったものを観たことがあります(題名は忘れました)。日の光でさえけいれんの誘発因子となるので、暗い病室の中で1ヶ月けいれん発作に怯えながら過ごす患者さん・・・忘れられない光景です。

定期接種ジフテリア

原因:ジフテリア菌
疫学:日本ではまれ・・・1999〜2005年では3人だけ(しかし過去には流行してました・・・1945年に8万6000人の患者が発生し、その約10%が死亡)

※ ソ連崩壊後のロシアではワクチン接種率が低下し流行したことがあります(1991〜1995年に死者急増)。

感染形式:飛沫感染、接触感染
感染期間:2〜3日間(適切な抗菌薬が投与された場合)

※ 抗菌薬なしの場合は約半数が2週間以内、80%が4週間以内、慢性保菌者では6ヶ月間排菌することがあります。

潜伏期間:2〜5日(以上のこともある)
症状:ジフテリア菌が産生する毒素により症状が起こります
・発熱・咽頭痛・嚥下痛(ものを飲み込むときの痛み)→ 喉の奥(喉頭)に炎症が進むと嗄声・犬吠様咳嗽〜呼吸困難(真性クループ
・喉の奥に白い膜(偽膜)、首のまわりのリンパ節の腫れ(頚部リンパ節腫脹)
合併症
心筋炎:早期(1-2週)および回復期(4-6週)に現れ突然死の原因になります。
・末梢神経炎:神経麻痺を起こすが予後は比較的良好です。
治療:抗毒素療法で毒素を中和します。

※ 抗毒素療法によるショックの可能性があり、十分な準備が必要です。
※ 抗生物質は菌を殺しても毒素には効かないので、効果は期待できません。

予後死亡率5-10%
予防:予防接種(DPTの「D」)を標準法では5回
隔離期間:学校伝染病に指定されており、治癒するまで出席停止。

(院長のつぶやき)私はこの病気の診療経験がありません。すっかり過去の病気と思い込んでいましたが、ソビエト崩壊後に予防接種率が低下し流行したとのニュースを聞いて驚いた記憶があります。

<新聞記事より>

 予防接種・ワクチンと感染症に関する記事を拾い読み。

■ 医療ルネサンス:風疹(2013年12月:読売新聞)

(1)妊娠初期で感染 娘に影響(2013年12月17日)

 妊娠2か月、母子手帳を受けとった夜だった。2012年4月、神戸市の保育士西村麻依子さん(30)の全身に発疹が出た。
 妊婦健診で通っていた診療所で、風疹と診断された。妊娠20週ぐらいまでの妊婦が感染すると、ウイルスが胎児に感染し、目や耳、心臓などに障害が起こる先天性風疹症候群(CRS)になるおそれがある。
 感染時期が妊娠の初期であるほど、CRSになる確率は高い。産科医は「私があなたの夫なら産ませません」と言ったが、夫婦ともに、人工妊娠中絶は考えられなかった。
 同年10月、予定より1か月半早く、長女を出産した。出生後に閉じるはずの心臓の動脈管という血管が開いたままで、目の角膜の濁りや難聴も見つかり、CRSと診断された。
 長女は、葉七と名付けた。七つ葉のクローバーの花言葉は「無限の幸福」。「おなかの中で大変な運命を背負わせてしまったけれど、小さな出来事にも幸せを感じてほしい」と願った。
 それから1年余り。葉七ちゃんの症状は幸いにも軽く、動脈管は自然に閉じた。角膜の濁りも消え、耳は補聴器を使わなくても済みそうだ。だが、遅れて出る症状もあり、心配はつきない。
 風疹のワクチンは妊娠中には接種できず、妊娠前に予防接種を受けておくことが個人としての唯一の防衛策だ。国内では1977年、女子中学生に対し、学校での集団接種が始まった。その後、接種方法や対象年齢は何度も変更された。
 西村さんが中学生になった時は、集団接種から個別に医療機関を受診して接種する方式に変わり、接種しないまま大人になった人がたくさんいた。西村さんもその一人。「ワクチンを打っていたら風疹にかからなかったかも」と悔やんでも悔やみきれない。
 西村さんは今年8月、CRSの患者や家族らと「風疹をなくそうの会」を設立した。国に免疫のない成人へのワクチン接種などの対策を求め、社会に広く風疹の怖さを伝える。

★ 先天性風疹症候群(CRS):白内障などの目の病気や難聴、先天性心臓病、発達障害の他、血小板、肝臓、肺、脳などに影響が出ることがある。ただし、症状の有無や、症状が出た場合の重さには個人差がある。

(2)妊婦への対応に不備(2013年12月18日)

 東京都の主婦(24)は今春、妊娠初期の血液検査で、「風疹の数値が高いので、再検査をしましょう」と言われた。その2か月前、夫が風疹を発症。主婦には何の症状も出なかったが、「もしかしたら感染していたのかもしれない」と不安になった。
 風疹は、感染しても15~30%は症状が出ない。検査数値は極めて高く、産科医に夫の感染を伝えたが、特に反応はなかった。再検査は、最近の感染なら「陽性」と出るIgMという検査法で行った。結果は「陰性」で、「問題ない」と説明を受けた。その次の妊婦健診でも再度尋ねたが、「大丈夫。赤ちゃんも順調です」と言われた。
 だが、長男は、予定より2か月早く生まれた。生まれた後に閉じるはずの心臓の動脈管という血管が閉じず、生後6日で転院し、心臓の手術を受けた。転院先の小児科医は、母子手帳に書かれた風疹の検査結果を見て、顔色を変えた。すぐに長男の風疹検査を行い、先天性風疹症候群(CRS)と診断した。
 主婦は、「大丈夫と言われたのになぜ、という思いは消えません」と話す。
 妊婦の風疹予防や、風疹に感染したかもしれない妊婦への対応は、2004年に厚生労働省研究班がまとめた提言に基づいて行われている。
〈1〉感染した妊婦や、一般的な検査では感染の判断が難しい妊婦は大学病院など専門機関の産婦人科で作る相談窓口に紹介する
〈2〉妊婦健診で風疹への抵抗力が不十分だとわかった妊婦は、出産後に産院でワクチン接種を行い、次の妊娠時の感染防止対策を行う
――などだ。
 だが、主婦は、相談窓口への紹介は受けなかった。「不安も強かったし、妊娠中に受診して、より詳しい検査や説明を受けたかった」という。
 昨年から今年にかけて風疹が流行、少なくとも30人のCRSの子どもが生まれたが、この主婦以外にも、妊娠中に相談窓口にたどり着けないまま、CRSの子どもを出産した母親がいる。
 また、1人目の妊娠時の検査で、風疹の免疫がないとわかっていたのに、産院から、産後のワクチン接種を勧められず、2人目の妊娠中に風疹に感染し、CRSの子どもを出産したケースも複数あった。
 妊婦の風疹予防に関する提言をまとめた厚労省研究班長の横浜市大産婦人科教授の平原史樹さんは、「一つ一つのケースをしっかりと検証して、妊婦の風疹予防や、風疹にかかった妊婦に適切に対応できる仕組みを強化していきたい」と話している。

(3)企業と連携し集団接種(2013年12月19日)

 「いつ誰から感染したのかわかりません」
 昨年11月、先天性風疹症候群(CRS)の男児を出産した埼玉県の会社員(30)は言う。妊娠17週で風疹と診断されたが、夫や同僚ら周囲に風疹にかかった人はいなかった。
 風疹は主に、患者のせきやくしゃみに含まれるウイルスを吸い込むことで感染する。通勤の満員電車で見知らぬだれかから感染したのか、と考えている。
 ワクチンに詳しい内科医でナビタスクリニック(東京都)院長の久住英二さんは、「感染源は家族だけではないし、ワクチンを打っても、十分免疫がつかない人もいる。CRSをなくすには、免疫がない人に広く接種を呼びかけ、流行を止めるしかない」と話す。
 免疫の有無を知るには、血液検査で抵抗力の指標となる抗体価を調べる方法がある。日本環境感染学会は、過去に2回のワクチン接種の記録がある人と、検査などで確実に風疹と診断されたことがある人以外は、免疫が不十分な可能性があるとしている。
 今回の流行で風疹になった患者の約6割が20~49歳の男性。乳幼児期や中学生の時に定期接種の対象外だったり、接種率が低かったりする世代だ。
 免疫がないまま大人になった人へのワクチン接種を進めようと、今回の流行を受けて、久住さんが取り組むのは企業との連携だ。今春、自ら企業に出向いて、ワクチン接種を行った。
 IT企業のアイ・ブロードキャスト(東京都千代田区、上田拓右社長)は会議室で、近隣企業の社員も含め30人がワクチンを接種した。1回約1万円の接種費用は各企業が負担した。
 参加した同社社員の苅部かりべ年秀さん(38)は独身。周囲にも妊婦はいなかったが、「もし自分が風疹にかかり、どこかで妊婦さんに感染させてしまったらと想像すると、接種するしかないと思った」という。ただ、「わざわざ仕事を休み、自費で、という条件ならば、接種しなかったかもしれない」とも打ち明けた。
 職場での集団接種は、医療法上の巡回診療という位置づけで、自治体への届け出が必要だ。巡回診療はもともと無医地区への対策として始まったため、今回、集団接種の計画に対し、「都市部では認められない」「風疹ワクチンの接種は前例がない」などの理由で自治体が難色を示し、実現しなかったケースもあった。
 誰が費用を負担するのか、接種しやすい環境をどう整えるのか。国は、接種を呼びかけるだけでなく、こうした課題に、企業、医療機関と連携して取り組まない限り、次の流行は防げない。

(4)先天感染児 早期発見へ(2013年12月20日)

 神奈川県の会社員女性(29)は今年5月、当時生後9か月の長女の左の黒目が白いことに気付いた。すぐに小児専門病院を受診。両目とも白内障だった。
 詳しい検査で、妊婦が風疹に感染して起きる先天性風疹症候群(CRS)と診断された。妊娠中に熱や発疹はなく信じられなかった。
 長女は、両目の濁った水晶体を摘出、専用の眼鏡をかけて視力を矯正することにした。手術直後から、物を見て指さすようになり、つかまり立ちも始めた。「お座りもできなかった娘が、活発になった」と話す。
 女性のように、症状がなく感染に気付かないまま出産した場合、生まれた時に目立った症状が出ていないと、発見が遅れてしまう。
 目や耳は、外界の情報を得る重要な働きがある。症状を早く見つけて適切な支援に結びつけることで、視力や語彙力、全身の発達につながる。
 東京都墨田区では、保健師や助産師、医師らに向けたCRSの研修会などで、目や耳の様子をよく確認するよう呼びかける。同区保健予防課長で医師の松本加代さんは「専門職が意識を高め、健診などでの早期発見につなげたい」と話す。
 CRSの当事者も支援を始めた。神奈川県の大学院生(24)は今年9月、ホームページ「先天性風疹症候群(CRS)とともに」を開設した。難聴と白内障、心臓の病気を持って誕生してからの記録を公開した。
 「CRSの赤ちゃんの親が、先の見通しをたてたり、希望を持ったりできるのではないか」と考えた。
 幼少期の記録を書くため、両親が保管していた育児日記を初めて読んだ。
 今月上旬、日記を持って、診察の責任者だった耳鼻咽喉科医の田中美郷さんを訪ねた。当時の様子を知りたいと思ったからだ。
 田中さんが初めてCRSの赤ちゃんを診察したのは1962年。その後、ワクチンが開発されたのに、半世紀たった今も、日本では風疹を根絶できずにいる。
 「風疹は、命を落とすことがほぼなく、軽い病気と扱われてきたけれど、障害を持って生まれた子どもや親の苦労を考えれば、決して軽くはありません」
 田中さんの言葉に大学院生は大きくうなずいた。
 「家族や友人に恵まれて幸せでも、おなかの中で風疹にかからなかったら、目や耳の障害がなかったら、と思わない日はない」
 風疹の根絶と、生まれてきたCRSの赤ちゃんの支援をどう進めるか。今まさに社会が問われている。(中島久美子)

■ 風邪と誤解し菌をまき散らす!! 百日咳の危険性とワクチン(2013年09月11日:日経トレンディ)

 “ワクチン後進国だ”といわれる日本の今のワクチン事情について、また、受けるべきワクチン、知っておくべきワクチン情報について、現役医師を中心に、Q&A方式で解説していく連載。2013年は風疹が大流行し、社会的にも「先天性風疹症候群(Congenital Rubella Syndrome: CRS)」が大きな問題となっています。この大流行には成人のワクチン未接種問題が大きく影響しているわけですが、2008年、2010年に大流行し、毎年感染者が報告される「百日咳」も、やはりワクチンの接種状況が大きくかかわっています。今回は百日咳とワクチンについて、ナビタスクリニック立川院長 久住英二先生に解説してもらいます。

 「妊娠したら打たなければならないワクチンがある」という話は聞いたことがありますか? こういうと、まるで妊婦さえワクチンを接種していればいいと思うかもしれません。実際はそうではなく、例えば2009年の新型インフルエンザ騒動のとき、妊婦はワクチンの優先接種対象者だったと記憶している人もいるかもしれませんが、妊婦・胎児を守るために、「妊娠したら打つべきワクチン」があるということなのです。
 ただし、妊婦はなんでもかんでもワクチンを接種していいわけではありません。妊娠したら接種すべきワクチンと、妊娠中には接種できないワクチンがあります。
 そこで今回は、妊婦が優先的に受けるべきワクチンの1つでもある、百日咳ワクチンについて解説します。

Q1 3種混合ワクチン、“子どものときに打った”は通用しない?

 通常、3種(破傷風・ジフテリア・百日咳)混合ワクチンは、乳幼児期に接種を受け、12歳時に2種(破傷風・ジフテリア)混合ワクチン接種を受けています。免疫は10年程度で減弱するため、12歳ごろには百日咳に対する免疫は低下し、22歳ごろには破傷風とジフテリアに対する免疫も低下します。

妊娠したら、ぜひ接種したいワクチン
・3種(破傷風・ジフテリア・百日咳)混合ワクチン
・B型肝炎ワクチン
・季節性インフルエンザワクチン
妊娠前に接種しておきたいワクチン
・麻疹(はしか)ワクチン
・風疹(三日はしか)ワクチン
・流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)ワクチン
・水痘(水ぼうそう)ワクチン
※それぞれ2回の接種を受けているか、血液検査で抗体価の確認が必要

Q2 なぜ百日咳が問題なの?

 抗体価の減弱にともない、百日咳が青年期以上の成人で増えています。これは日本に限らず、米国でも同様の傾向が報告されています。

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出典:感染症情報センター「成人の百日咳

 次に、2008年の感染症流行予測調査における、百日咳抗体価を示します。
 感染防御に必要な抗体価は青ラインで示されています。百日咳菌は、百日咳毒素(PT)、繊維状赤血球凝集素(FHA)の他に、パータクチン、気管上皮細胞毒素などの毒素を有します。ワクチンには、抗原として主にPTとFHAが含まれます。グラフでは、青ラインは右肩下がりになっており、抗PT抗体価、抗FHA抗体価とも、年齢とともに低下していくことがわかります。

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出典:感染症情報センター「年齢/年齢群別の百日咳抗体保有状況、2008年

 年齢とともに百日咳菌に対する免疫が弱まり、成人での百日咳患者が増えると、それが生後間もない、まだ3種混合ワクチンを接種する前の乳児に感染するケースが増えます。乳児が百日咳にかかると、重症化しやすいのです。

Q3 結局、百日咳って何が危険なの?

 百日咳は、百日咳菌が原因の細菌感染症で、患者の唾液のしぶきが飛んで、飛沫感染します。感染して9~10日目の潜伏期間ののちに、ふつうの風邪と同じような症状で発症します。咳は次第に重くなり、1~2週間のうちに、発作的に「コンコンコン、ヒューッ」という咳の出る、百日咳に特徴的な症状を呈します。咳の頻度は次第に悪化し、2週程度の経過で、次第に軽快しはじめます。

百日咳にかかった男児の動画(音が出ます)
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Q4 妊娠中にワクチンをうつメリットとデメリットは?

 百日咳に限らずワクチンは、妊娠の可能性がない成人は、普通に接種すればよいのですが、妊娠中の場合、ワクチンの種類によって、接種の可否があります。
 まず不活化ワクチンなら、妊娠中も接種することができます。妊娠中に接種をうけ、母体が免疫を得ると、それが胎盤を通じて胎児に移行します。つまり、妊婦さんがワクチン接種をうけると、赤ちゃんにワクチンを打つのと同じ意味があるのです。
 もっとも一般的なのは、インフルエンザワクチンでしょう。妊娠後期にインフルエンザを罹患すると重症化するため、ワクチン接種が推奨されています。なおその効果については、妊婦さんを2群に分けて、Control群には肺炎球菌ワクチンを接種して、インフルエンザワクチン接種をした群と、生まれてきた赤ちゃんでのインフルエンザの発症率を比較したデータがあります。インフルエンザワクチン接種をうけた母から生まれた赤ちゃんでは、インフルエンザの発症が63%も少なくなりました。

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出典:Zaman K et al. N Engl J Med 2008;359:1555-1564. より改変

 母体が百日咳ワクチンを接種すると、新生児の臍帯血(=胎児の血液)からは百日咳に対する抗体が検出され、免疫が移行することが確認されており、妊婦が百日咳ワクチンを接種することで、生まれたての赤ちゃんを百日咳から守ることができると考えられます。
 ワクチンを打つデメリットは、重篤な副反応が、10万~100万分の1という、極めて希に起こりうる、ということです。メリットとデメリットを比較すれば、百日咳を母児ともに予防できるメリットの方が大きいです。

(文/ナビタスクリニック立川 院長 久住英二)

■ 睾丸炎、精子減少、難聴も!! 日本は超危険なおたふくかぜ大国(2013年08月30日)

 ビジネスパーソンが注意するべき“病気”について、専門家に解説をしてもらう連載。みなさんの周りに最近、突然睾丸が痛くなって受診したら「おたふくかぜだった」と言っている人はいませんか? 実は日本は「おたふくかぜ大国」で、今も毎年多くの人がおたふくかぜにかかってしまっています。そこでこのおたふくかぜについて、ナビタスクリニック川崎 岩本修一 先生に解説してもらいます。

 おたふくかぜは子供だけの病気だと思っていませんか?
 ほっぺたが腫れるだけの、軽い病気だと思っていませんか?
 実は、おたふくかぜは子供だけでなく、大人でもかかる病気です。
 しかも、耳が聞こえなくなったり、睾丸炎(こうがんえん)になって精子の数を減らしたりすることもある、ビジネスパーソンにとっても侮れない病気です。
 今回は、おたふくかぜがどういう病気なのか、その予防法について解説いたします。

Q1 おたふくかぜ(ムンプス)はどんな病気?

 おたふくかぜは、正式には「流行性耳下腺(じかせん)炎」と呼び、英語では 「Mumps(ムンプス)」といいます。本編ではムンプスと呼称します。
 耳下腺は耳の前下にあり、あごの下にある顎下腺(がっかせん)、舌の下にある舌下腺(ぜっかせん)とともに、唾液(だえき)を作る唾液腺という器官です。ムンプスは耳下腺をはじめ、すべての唾液腺が炎症を起こしうるので、ほっぺたからアゴまで、顔全体が腫れあがります。

表1 唾液腺の解剖
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WIKIMEDIA COMMONSより

 ムンプスの原因となっているムンプスウイルスは、咳やくしゃみによる飛沫感染、および接触感染で人にうつります。ウイルスが体内に入ってから12~25日経過し、ウイルスが体内で十分増殖すると、筋肉痛やだるさ、頭痛、発熱などの症状が出現します。1~2日遅れて耳下腺や顎下腺の炎症も起こり、約1週間続きます。口を開けると、腫れた顎下腺が圧迫されて痛むので、食事をするのも億劫になります。
 治療は、特別なものはありません。解熱鎮痛剤で症状を抑えつつ、外出を控えて安静にし、栄養を摂るくらいです。
 学校保健安全法では、ムンプスは第二種感染症に指定されています。出席停止の期間は「耳下腺、顎下腺又は舌下腺の腫脹が発現した後5日を経過し、かつ、全身状態が良好になるまで」と定められています。ビジネスパーソンの場合、特に法的な規制はありませんが、社会のマナーとして、他者へ感染させないよう対策するべきと考えられます。
 ムンプスは幼児期に感染することが多く、ほとんどの人は、上記の症状ののち、自然に治ります。しかし、ときに重い合併症を伴う場合があります。

Q2 ムンプスで深刻な難聴になるって本当?

 ムンプスは、ほかのウイルス感染症と同様、唾液腺だけでなく、全身の細胞に感染します。なかでも、耳、中枢神経、卵巣や精巣、すい臓に感染し、合併症を起こすことが報告されています。
 なかでも耳に対する影響で深刻なのが、聴力障害です。かかった人の1~2万人に1人が難聴になります。多くは片耳のみ難聴になるのですが、両耳の場合もあります。成人の片耳の難聴は、不便ではあるものの、たいした問題にならないかもしれません。しかし小児の場合、中耳炎などほかに聴力低下を起こす病気の頻度が高く、その場合は両側の聴力低下を来すこととなり、問題です。なぜなら、音が聞こえないと、言語の発達に影響がでるからです。
 耳には、外側から順に、音を集める耳介(じかい)、外耳道(がいじどう)、そして鼓膜があります。
 音波は振動で、鼓膜を振動させて伝わっていきます。鼓膜の内側には小部屋があり、中耳(ちゅうじ)と呼びます。鼓膜の振動は耳小骨(じしょうこつ)を伝わって、内耳に伝えられます。この中耳は、耳管(じかん)というトンネルで鼻につながっています。
 耳管を通して、中耳と外界は気圧が調整されています。鼓膜の外と内の気圧がそろっていないと、鼓膜がうまく振動できないからです。エレベーターやトンネルで、耳が聞こえにくくなるのは、そういう理由です。
 風邪をひいて鼻が詰まると、この耳管が閉じてしまい、中耳炎が起きます。そして耳小骨から受け取った振動は、内耳の蝸牛(かぎゅう)という器官に伝わり、そこで振動は電気信号に変換され、聴神経を伝わって脳に届けられます。

表2 耳の構造
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WIKIMEDIA COMMONSより

 ムンプスウイルスは、リンパ液や、血流によって蝸牛に達し、蓋膜(がいまく)やらせん器の細胞に感染して破壊します。よって、ムンプス難聴は内耳性の難聴、つまり感音性難聴となります。唯一の治療法は、人口内耳を埋め込むことです。

表3 蝸牛の構造
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WIKIMEDIA COMMONSより

Q3 ムンプスで精子が減る、は本当だった!!

 成人男性では、睾丸炎(こうがんえん)を合併すると、いわゆるタマが腫れて痛みます。そして、炎症を起こした睾丸は萎縮し、機能を果たさなくなります。また、明らかに睾丸炎を起こさなくとも、平均13%ほど精子数が減少します。これは、大問題ですよね!?
 成人女性では、卵巣炎をおこし、不妊や早期閉経になります。
 このほかにも、すい炎や無菌性髄膜炎(むきんせいずいまくえん)などの合併症をおこします。

表4 おたふくかぜの合併症
合併症      頻度
ムンプス難聴   0.005%
睾丸炎     成人男性の15~30%
卵巣炎     成人女性の5%
すい炎       4%
無菌性髄膜炎   1~10%
脳炎        0.1%
Lancet. 2008 Mar 15;371(9616):932-44.

Q4 なんと日本はムンプス大国

 日本では、毎年6万人以上、多いときは20万人以上のムンプスが発生しています。米国では、例年500人以下、流行期でも7000人足らずです。

表5 日米のムンプス発生数
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WHO vaccine-preventable diseases : monitoring system 2009 global summaryより

 日本でムンプスが多い理由は、定期予防接種(対象者全員が受ける予防接種)にムンプスワクチンが含まれていないからです。
 米国では、麻疹・ムンプス・風疹の3種混合ワクチンであるMMRワクチンの接種を2回受けることが求められています。ほか、ムンプスを定期予防接種プログラムに入れている国は多く、先進国である日本の対応は例外的です。

表6 ムンプスワクチンの定期接種をおこなっている国
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水川 知子ら 小児耳 2011; 32(3): 364-371(小児のムンプス難聴の臨床的検討より)

 なぜ2回か。米国では、1977年にムンプスワクチン1回接種を定期予防接種にしましたが、その後もムンプスの集団発生を繰り返しました。これを受けて、1回接種では集団発生を防ぐのに十分な免疫効果を得られないと判断し、2回接種に切り替えたという歴史があるのです。
 日本では、ムンプスワクチンは任意接種で、受ける人は自費となり、万が一、副反応が生じた際の補償も不十分です。現状では30%の人しか受けておらず、ほとんどが1回接種に終わっています。

Q5 ムンプスワクチンは危険じゃないの?

 日本でも、かつてムンプス予防のために、1989年からMMRワクチンの定期予防接種が開始されました。しかし、このワクチン接種後に無菌性髄膜炎を発症する人が多いとされ、1993年に接種が中止されました。
 ムンプスワクチンは生ワクチンであり、製造に用いられているウイルス株によって無菌性髄膜炎をおこす確率が異なります。

表7 それぞれの株と無菌性髄膜炎の頻度
 株       頻度
野生株      1.2%
Urabe株     0.16% (1989~1993年の日本MMRワクチン株)
Torii株      0.06%
Hoshino株    0.04%
Miyahara     0.03%
Jeryl-Lynn株   0.0001~0.001%
おたふくかぜワクチンに関するファクトシート(2010年7月7日版)より

 株とは、検体から分離したウイルスを人工的に培養したものです。ウイルスにも、人間が個人によって肌や目の色、体つきや身長が違うように、個体差があります。よって、ウイルス株によって違いが生じるのです。
 当時のMMRワクチンで使われていたUrabe株は無菌性髄膜炎を起こしやすかったので、1989年以降、MMRワクチンによる無菌性髄膜炎が多数報告されました。この件に関しては、訴訟も起きました。阪大微生物病研究会が、ワクチン製造に際して、申請したのと異なる方法で製造したウイルス株を用いていたことが明らかになったからです。この違法行為に対し、製薬メーカーの薬事法違反と、国の監督義務違反で、原告の損害賠償請求が認められました
 ですが、どのウイルス株を使おうと、無菌性髄膜炎は起きます。判決文の中でも、「生ワクチンは、弱毒化したものとはいえ、病原微生物を投与して人体に免疫を作らせる以上、副反応をなくすることは現時点で不可能であり、副反応がないことを強調すれば、免疫力の極めて低いワクチンとなってしまうため、副反応の発生はある確率で避けられない」と、副反応の不可避性について理解を示しています。
 この一件で、MMRワクチンは特に、そしてワクチンは全般的に悪いもの、というイメージが強まりました。
 しかし無菌性髄膜炎は、ムンプスに自然感染したときの方が、どのワクチンのウイルス株よりも、高率に起きるのです。Urabe株でさえ、自然にかかったときの株(野生株)よりも髄膜炎リスクが低いことがわかります。
 世界で最も広く用いられているJeryl-Lynn株は、無菌性髄膜炎の発生率が極めて低く、安全です。実は、Jeryl-Lynn株を用いたMMRワクチンは、2003年2月17日に化学及血清療法研究所より、承認申請がなされています。しかし、今日まで、まだ承認されていません。通常は2年程度で承認されるか、承認されない場合は申請を取り下げるので、なぜ長期にわたって塩漬けされているのか、不明です

Q6 大人でもムンプスワクチンをうけた方がいい?

 前述のごとく、日本はムンプス天国ですから、免疫がなければ、いつかは感染します。実は、唾液腺は口とつながっているため、ムンプス以外でも腫れることがあります。したがって、ムンプスにかかったことがある、というのはアテになりません。ワクチンを受けたことがなければ、ワクチンを受けるべきです。
 ムンプスワクチンの頻度の高い副作用としては、注射した部位が腫れる、痛くなるなどの局所反応(30~50%)、微熱(10%以下)、発疹(10%以下)、耳下腺炎(1~3%)などがあります。
 ワクチンで難聴や睾丸炎、卵巣炎がおこることはまれ(0.1%未満)です。
 その他の副作用として、アナフィラキシーや多発性硬化症、ギラン・バレー症候群がありますが、非常にまれです。
 ムンプスワクチンは、生ワクチンなので、妊娠中の人は接種できません。女性は、接種前1カ月間、接種後2カ月間は避妊する必要があります。
 副作用を考慮しても、ワクチンをうけるメリットのほうが大きいと考えます。ぜひ2回接種をしましょう。
 また、風疹や水ぼうそうについても同様に、予防接種を検討しましょう。

(文/ナビタスクリニック川崎 岩本修一)

■ 風疹だけじゃない…胎児も大人も重症化!? 水痘・帯状疱疹の危険(2013年08月26日)

 30代、40代を中心とした働き盛りのビジネスパーソンが今、注意すべき病気について、専門家に解説をしてもらう連載。風疹の大流行は妊婦にもその子供にも重大な影響を与えていますが、実は危険なのは風疹だけではないのです。いまこそ予防接種を受け、感染拡大を防ぐべき感染症、水痘・帯状疱疹について、ナビタスクリニック川崎、自治医科大学附属病院感染症科 法月正太郎先生に解説してもらいます。

 10歳までに90%以上の人が感染する水痘(みずぼうそう)。子どもの病気でブツブツが出て、自然に良くなることが多いため、怖い病気というイメージがないかもしれません。1回感染すれば免疫もつき、基本的に2度感染することはありません。
 だから大人には関係ないと思っている人も多いでしょう。でもこれは、実は大きな間違いです。
 免疫のない妊婦が感染すると、今流行している風疹と同様、お腹の赤ちゃんが先天性水痘症候群になるおそれがあり、大人も重症化しやすいことが知られています。また、子供の頃に水痘に自然感染してしまうと、免疫力が低下した時や高齢になると発症する帯状疱疹の原因になります。
 同じ空間にいただけでほかの人に感染させてしまう、水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella zoster virus; VZV)について今回しっかり学びましょう。

Q1 水痘・帯状疱疹ってどんな病気? “ストレス”でなるって本当?

 水痘も帯状疱疹も原因は同じ、水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella zoster virus; VZV)というヘルペス属のウイルスが原因です。
 生まれて初めてVZVに感染すると水痘になります。日本では毎年約100万人が水痘を発症しています。ワクチンを打っていなければ90%の人が10歳までに発症する身近な病気です。免疫力のある子どもは、症状も軽く、熱やだるさ、食欲が落ちるといった症状とともに、水ぶくれを伴うブツブツが頭皮から顔、体、手足に広がっていきます。
 通常、4日ほどで新しいブツブツは消えて6日ほどでカサブタができ、合計10日ほどで治ります。治ってしまえば安心なのですが、VZVは脊髄の後根神経節という部位に住み着いてしまいます。これが、のちに帯状疱疹の原因になるのです。つまり、水痘感染は帯状疱疹の始まりです。
 帯状疱疹は、過労やストレス、睡眠不足、あるいは60歳以上の方など、免疫力が低下すると発症する、大人の病気です。
 免疫力が低下すると後根神経節に住み着いているVZVが活性化して、支配している神経を傷つけながら皮膚に水ぶくれを伴うブツブツを作ります。これが帯状疱疹です。通常、片側性で右の腹部といった神経支配にそった帯状の水ぶくれになります。傷つけた神経は感覚を司るため、ヒリヒリとした強い痛みを伴います。抗ウイルス薬で治療をしますが、治療が遅れるとブツブツが良くなっても長い間強い痛みに苦しめられます。

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WIKIMEDIA COMMONSより

Q2 同じ部屋にいるとうつりますか?

 水痘は同じ空間にいるだけで、帯状疱疹は基本的に水疱への接触で感染します。

 水痘は非常に感染力が強く、家族内で水痘が発生すると、免疫力がない周りの人の70~90%が感染します。同じ空間にいるだけで感染する空気感染と水ぶくれを触ってしまうことで感染する接触感染によって感染が成立します。つまり、保育園などで同じ空間に水痘の子どもがいれば周りの人の多くが水痘に感染してしまいます。症状がまったく出ない潜伏期間は10日から21日であるため、知らず知らずのうちに感染してしまうこともよくあります。

 帯状疱疹は、一つの神経節に沿った部位の感染であれば、水ぶくれを触ることでのみ感染します。しかし、両側の腹部など複数の神経節が同時に起こすとVZVが全身に回っていることになるため、空気感染も起こします。HIVなどの特に免疫力が低下した方はこのような感染をきたします。

Q3 水痘だけでなく帯状疱疹も重症化で脳炎に!?

 水痘に感染した小児のほとんどは合併症を起こさず自然に治癒します。
 しかし、自然感染した場合、400人に1人以上が入院を必要とする合併症をおこします。水ぶくれにより皮膚のバリアが破綻するため、黄色ブドウ球菌やA群β溶連菌といった細菌による皮膚の感染を起こします。とびひの原因になったり、壊死性筋膜炎といった重症な感染症の原因になることもあります。また、意識が悪くなったり痙攣を起こしたりする脳炎・髄膜炎などの中枢神経の合併症を1000人に1人以下という割合で起こします。肺や肝臓にVZVが感染し肺炎、肝炎といった重篤な合併症を発症することもあります。
 帯状疱疹でも、水痘と同様、脳炎や脊髄炎を起こすことがあります。末梢神経や顔の神経の麻痺を起こすことも知られています。

Q4 大人になってから水痘に感染……どうなりますか?

 大人になって初めて水痘に感染すると、水痘そのものが重症化します。
 水痘による死亡は、100万人に20人ほどと言われています。これを年齢別にみると1歳から14歳までの小児での死亡は10万人に1人に対し、30~49歳の死亡は10万人に25.2人となり約25倍の死亡率になります。例えば保育園や幼稚園から子どもが水痘をもらってきたときに、子どもは重症化せずに自然に良くなったという場合にも、親に免疫力(抗体)がなければ水痘を発症し重症化することがあるため、注意が必要です。

Q5 妊婦がVZVに感染すると、赤ちゃんが危険って本当?

 子供の頃に水痘に自然感染して妊娠中に帯状疱疹になったとしても、局所の感染であれば問題ありません。
 ただし妊婦が水痘に自然感染しておらず、ワクチンも打っておらず、VZVの抗体がない場合には、水痘を発症する可能性があります。
 想定できるケースとしては、お子さんがいる家庭で、1人目のお子さんが幼稚園(保育園や小学校でもあり得ます)で水痘をもらってきたとき。0.4~2%という低い割合ではありますが、とくに妊娠8週から20週の間にVZVに感染すると、お腹の中のお子さんが先天性水痘症候群になる可能性があります。皮膚にブツブツができたり、胎児の発達が遅れたり、神経障害、目の運動障害、手足の発達障害をきたします。また、出産5日前から出産までの間に水痘に感染すると、産まれてくる子どもが新生児水痘になる可能性が高まります。免疫力が不十分であるため、新生児の死亡率が30%になる重篤な疾患です。

Q6 治療法はありますか?

 VZVに効く抗ウイルス薬にはアシクロビルバラシクロビルがあります。小児の水痘については、重症ではなく、免疫状態に問題なければ抗ウイルス薬は使用せずに痒みに対する抗ヒスタミン薬や軟膏で治療します。しかし重症な場合、免疫不全の場合や大人は抗ウイルス薬で治療します。
 帯状疱疹の場合には、50歳以上、中等度から重度の痛み、ひどい発疹、顔や目に皮疹がある時、合併症がある時、免疫力が低下している人には抗ウイルス薬で治療します。場合によってはステロイド薬を併用することもあります。早期に治療することにより帯状疱疹後神経痛を防ぐことができます。

Q7 水痘だけでなく帯状疱疹にもワクチンは効果がある?

 感染力の強いVZVを予防できる唯一の手段はワクチンです。水痘も帯状疱疹も水痘ワクチンで予防することができます。
 水痘ワクチンは、1974年に大阪大学微生物病研究所の高橋理明先生が開発した、日本が世界に誇るワクチンで、日本人の水痘患者の水疱から分離されたVZVをもとに病原性を弱めた生ワクチンです。
 日本小児科学会では、1歳時とその3カ月後の2回のワクチン接種を推奨しています。しかし残念なことに小児のワクチン接種は、任意で1回となっているため3割弱の小児しかワクチン接種を行っていないのが現状です。
 水痘ワクチンは、水痘の重症化を防ぎ、入院率・死亡率を下げます。また、80~85%水痘の感染を防ぐことができます。残念ながら6~12%ほどは水痘にかかってしまいますが、症状を軽くすることができます。集団でワクチンを接種することで水痘全体の感染を地域レベルで下げることができ、妊婦や免疫が低下してワクチンを打つことができない人への感染も防ぐことができます。さらに、大人になってから帯状疱疹の発症を抑えることも期待されています。

日本の水痘ワクチンは帯状疱疹用ワクチンとして使用できる

 帯状疱疹にもワクチンの効果が証明されています。米国で発売されている帯状疱疹ワクチンを60歳以上の3万8546人に使用した研究では、帯状疱疹の発症を51%抑え、帯状疱疹後神経痛を67%下げることができました。
 米国には水痘用と帯状疱疹用の2種類のワクチンがあります。その違いは水痘ワクチンが1350 PFU/dose(ウイルス量/用量)と低力価で、帯状疱疹ワクチンは19400 PFU/doseと高力価となっています。日本には帯状疱疹用のワクチンは発売されていませんが、日本の水痘ワクチンは50000 PFU/doseともともと高力価であり、米国の帯状疱疹ワクチンと同様の効果が期待されています。このため、帯状疱疹用のワクチンとして日本で発売されている水痘ワクチンを使用できると考えられています。

Q8 生ワクチンだと危険じゃない? 副作用は?

 水痘ワクチンによって起こりやすい副作用は、3%ほどに発熱、2%ほどに水ぶくれが出るとされています。
 1999年以降に発売されているワクチンはゼラチンが含まれていません。ゼラチンを排除したことにより、2000年から2005年に投与された130万回のうち、血圧が低下したり呼吸状態が悪化するアナフィラキシー反応は1例も報告されていません。したがって予防接種は安全に使えると判断できます。ただし、水痘ワクチンは生ワクチンであるため、重度の免疫不全の人、大量のステロイドなど免疫を抑える治療を行っている人、妊娠中の人は接種できません。
 水痘も帯状疱疹も感染を起こしてしまえば社会的な損失も大きく、とくにビジネスパーソンが感染を起こすと重篤になる可能性もあります。発症後の治療もできますが、ワクチンで予防することが非常に大切です。お子さんには2回のワクチンを、60歳を超えた両親にもワクチンをプレゼントしてあげてはいかがでしょうか。

(文/ナビタスクリニック川崎、自治医科大学附属病院感染症科 法月正太郎)

■ 水痘の診断は電子顕微鏡とPCRで?(2013. 2. 19:日経メディカルブログ:堀越裕歩の「小児感染症科はじめて物語」)

著者プロフィール
堀越裕歩氏(東京都立小児総合医療センター感染症科)●2001年昭和大卒。沖縄県立中部病院、昭和大学小児科、国立成育医療センター(当時)などを経て、08年7月カナダ・トロント小児病院にクリニカルフェローとして留学。10年8月から現職。
ブログの紹介
カナダでの2年の臨床留学から帰国し、小児専門病院で与えられたミッションは「小児の感染症科の立ち上げ」。手指衛生の徹底から始まり、時には抗菌薬処方をめぐって衝突…。国際標準の小児感染症診療を日本で実践する中での奮闘をご紹介します。

母親「昨日からポチポチが出てきて、朝、見たら全身に拡がってました。保育園で水ぼうそうが流行っているようです」
医師「どれどれ。あー、典型的な発疹だね。これは水痘、水ぼうそうだね。」
 水痘の患児に対し、日本における典型的な診察風景はこういった感じだろう。ところがトロント小児病院で研修していたとき、驚いたのがその診断方法だった。

微生物学者が水疱から検体採取、電顕とPCRでつぶさに確認

 カナダでは、水痘はワクチンでコントロールされていて、日本と比較すると発症率は圧倒的に低い。しかし、移民の子などの発症はたまにあるので、移民が多いトロントで水痘に遭遇するのはさほど珍しいことではない。
 驚いたというのはまず、水疱などを確認して水痘を疑った場合、院内のオンコールの微生物学者をわざわざ呼ぶことだった。呼ばれるのはだいたい、医師であり臨床微生物学フェローでもあるスタッフ。日中ならば、ほぼ対応してくれる。
 彼らには、検体の質への徹底的なこだわりがある。ウイルスの多いできたてのみずみずしい水疱をつぶして、内容液をスワブで採取していく。このときに血液が混入すると、潜在性のウイルスを拾ってしまう。そのため、看護師や主治医に検体を採取させることはない。
 採取した検体は、電子顕微鏡の検鏡とPCR(Polymerase Chain Reaction)検査に送られる(ちなみに世界初ではないが、世界初の実用的な電子顕微鏡は1938年にトロント大学で製作された)。技師さんたちは電子顕微鏡でヘルペス属のウイルスを丹念に探す。見つかれば30分ほどで報告がくる。ただし、ヘルペスウイルスが見つかったとしても、水痘を引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルスか、それ以外のものかの区別はつかない。
 水痘の確定診断は、より特異的な検査であるPCRによる。電子顕微鏡より時間はかかるが、PCRで水痘・帯状疱疹ウイルスの遺伝子が増幅されて検出されれば、確定診断となる。
 水痘の診断に、電子顕微鏡やPCRが出てくることは日本ではまずないだろう。おそらく、その方が医療経済的に正しい方法だと思う(水痘流行をワクチンでコントロールしていないという点が、既に大きく間違っていることはさておき)。ちなみにトロント小児病院では、ウイルス性胃腸炎の診断にも電子顕微鏡とPCRを使用する。下痢便を出すと、やはり技師さんが電子顕微鏡でウイルスを探してくれる。

重症児の脅威を同定するには分子生物学的検査が必須

 帰国して東京都立小児総合医療センターに赴任し、小児感染症科の立ち上げに際して取り組んだことの一つが、感染症の診断部門の強化だった。細菌検査室は院内にあり、子どもたちを苦しめる微生物の同定や薬剤感受性の判定に、非常に優秀な技師さんたちが懸命に頑張ってくれていた。一方、海外の小児病院と比較して大きく遅れていたのが、分子生物学的診断の機能であった。
 PCRなどによる微生物のDNAおよびRNAの同定・定量は、感染症診断では欠かせない技術になってきている。現在では、途上国ですら結核やその耐性の検査に導入され始めているほどだ。特に小児病院では免疫不全や重症児などが多く、細菌のように培養が容易でないウイルスが脅威となることは多い。また、細菌の中にも、百日咳のように培養が難しい菌がある。
 日本では、感染症診断に使われるPCR検査のほとんどは保険未収載で、手軽に検査ができない。これらの検査は健常児で必要なことは少ないが、骨髄移植をした直後など極度の免疫不全の状態ではサイトメガロウイルスなどの感染を起こす可能性がある。白血球がほとんどない状態で脅威となる感染症をモニターするには、PCRなど分子生物学的検査に頼らざるを得ない。
 トロント小児病院の感染症科で驚いたのは、骨髄移植児のHHV-6やアデノウイルスの感染をPCRで定量して診断し、必要に応じて抗ウイルス薬を投与していたことだった。日本では多分、診断すらできていないだろうと思った。PCRなどの検査が臨床現場で大活躍している様を目の当たりにし、日本に帰国したらぜひ導入したいと思っていた。

使いこなすには、多角的な判断が求められる

 東京都立小児総合医療センターに赴任して幸運だったのは、研究部門があり優秀な技師さんがいたことだ。研究費さえ獲得すれば、PCRなどの分子生物学検査を行う環境があった。近年はLAMP法という比較的簡便な核酸増幅検査も登場し、マイコプラズマや結核、レジオネラなどの検査は保険収載もされている。LAMP法については、細菌検査室の技師さんが熱心に使い方をマスターしてくれて、検査ができる体制を整えることができた。
 現在は、東京都立小児総合医療センターでも海外の小児病院と同じように、多くの微生物を分子生物学的検査で同定、定量し、診断できる体制となった。こうした新しい診断システムは最先端の小児医療の現場では不可欠であり、専門家が上手く使えば、より良い感染症診療に結びつけることができる。
 「専門家が上手く使えば」とは、言い換えれば、「結果の解釈に知識が必要」ということだ。感度が良すぎるために、みだりに使用すると誤った診療を招きかねない。
 ウイルスにも、細菌で言えば保菌のような状態(Bystander)や、細胞や組織に潜在性(latent)にいるだけといった、感染症を引き起こすまでには至っていない状態が存在する。PCRは感度が良すぎるために、こうした微量のウイルスも検出してしまうため、そのウイルスが本当に悪さをしているかは慎重に判断する必要がある。
 そのためにはウイルスの特徴を熟知し、患者の状態や症状などを考慮しての多角的な判断が求められる。実際に勉強会などでは、PCRの結果だけに引っ張られて診断を付けたような症例報告も見受けられる。そういった意味でも、小児病院の感染症科として、分子生物学的手法も取り入れた感染症診療を研修医に教育していくことには、大きな意義があると思う。
 さすがに当院でも、水痘をPCRで全例診断することはしていない。やがてワクチンで制圧されて、水痘を教科書でしか見たことがない医師が増えれば、そういう時代が来るのかもしれないが。

■ 風疹だけじゃない…胎児も大人も重症化!? 水痘・帯状疱疹の危険(2013年08月26日)

 30代、40代を中心とした働き盛りのビジネスパーソンが今、注意すべき病気について、専門家に解説をしてもらう連載。風疹の大流行は妊婦にもその子供にも重大な影響を与えていますが、実は危険なのは風疹だけではないのです。いまこそ予防接種を受け、感染拡大を防ぐべき感染症、水痘・帯状疱疹について、ナビタスクリニック川崎、自治医科大学附属病院感染症科 法月正太郎先生に解説してもらいます。

 10歳までに90%以上の人が感染する水痘(みずぼうそう)。子どもの病気でブツブツが出て、自然に良くなることが多いため、怖い病気というイメージがないかもしれません。1回感染すれば免疫もつき、基本的に2度感染することはありません。

 だから大人には関係ないと思っている人も多いでしょう。でもこれは、実は大きな間違いです。

 免疫のない妊婦が感染すると、今流行している風疹と同様、お腹の赤ちゃんが先天性水痘症候群になるおそれがあり、大人も重症化しやすいことが知られています。また、子供の頃に水痘に自然感染してしまうと、免疫力が低下した時や高齢になると発症する帯状疱疹の原因になります。

 同じ空間にいただけでほかの人に感染させてしまう、水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella zoster virus; VZV)について今回しっかり学びましょう。

■ 米国で猛威ふるうウエストナイルウイルスの危険性と日本脳炎(2012年09月07日:日経トレンディネット)

今回は、2012年8月下旬から話題を集めているウエストナイルウイルスについてです。米疾病対策センター(CDC)の統計で、この夏の米国におけるウエストナイルウイルス(西ナイルウイルス)の流行が、過去最大規模であることが発表され、その報道を見た人も多いでしょう。果たしてウエストナイルウイルスとは一体何か。どんな危険性があるのか。ナビタスクリニック川崎・自治医科大学附属病院 感染症科 法月正太郎先生に解説してもらいます。

 今、米国ではウエストナイルウイルス(West Nile Virus)が猛威をふるっています。
 米国疾病対策センター(CDC)は、2012年1月から8月28日までに66名の死者を含む1590人がウエストナイルウイルスに感染したと発表しました。この規模は、2002、2003年の流行と同程度であるとも言われています。
 ではこのウエストナイルウイルスとは、米国だけの病気なのでしょうか? 日本にいれば、感染の危険性はないのでしょうか?
 そこで、今回は夏から秋にかけて感染のピークを迎えるウエストナイルウイルスについて詳しく述べていきます。また、ウエストナイルウイルスの親戚でもある日本脳炎についても、合わせて解説します。

Q1 ウエストナイルウイルスとは何ですか?

 1937年に黄熱病の研究をしている際にナイル川の源流ウガンダのウエストナイル(West Nile)地方で見つかったウイルスがウエストナイルウイルス(West Nile Virus)です。その後、アフリカ、ヨーロッパ、中東、北米、西アジアに広がって行きました。
 1999年にはニューヨークで流行が起こり、62名の脳炎患者、7名の死者を出したことから世界的に知られるようになりました。
 ウエストナイルウイルスはフラビウイルスの一種で、日本脳炎ウイルスと近い関係にあります。鳥の中で増殖し、蚊を媒介して人や馬などの哺乳類に感染します。人から人への感染は臓器移植や輸血を除いてありません。鳥のウエストナイルウイルス入りの血液を吸った蚊を介して人間は感染します。

Q2 どのくらい流行っている? 日本では感染しませんか?

 米国疾病対策センターは今後、10月にかけて患者数が増えていくと予測しています。
 8月までに1590人が感染したという数字は、1999年にニューヨークで報告されて以来最も多い患者数となっています。
 特に、テキサス州、サウスダコタ州、ミシシッピ州、オクラホマ州、ルイジアナ州、ミシガン州の6州が全米の70%を占めており、とくにテキサス州はそのうち半数を占めています。テキサス州に出張されるビジネスパースンは注意が必要でしょう。
 では、日本にいれば、安心できるのでしょうか。
 現時点で、日本で感染したウエストナイルウイルス感染症の報告はありませんし、感染した鳥も発見されていませんので、日本国内でウエストナイルウイルスに感染することはありません。
 ただし、2005年9月に、ロサンゼルスから帰国した30代の日本人男性がウエストナイル熱に感染したことが報告されています。つまり、海外渡航帰りの方が、日本で発症する可能性は十分にあります。また、人も渡り鳥も世界中を旅しています。一旦、日本にウエストナイルウイルスが入って、拡がってしまえば、それを媒介する蚊はたくさんいます。
 将来、日本でも流行が起こる時代が来るかもしれません。

Q3 どんな症状が出ますか? 死亡率は高い?

 幸いなことに、ウエストナイルウイルスに感染しても約75%の人は無症状で終わります。感染した事実にも気づかずに日常生活をおくっているはずです。
 約25%の人は蚊に刺されてから2~14日の潜伏期間を経て、発熱、頭痛、だるさ、食欲低下、背部痛、筋肉痛が出現し、症状は3日から6日続きます。これを、「ウエストナイル熱」と言います。
 そのほか眼痛、咽頭痛、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛といった消化器症状をきたす人もいます。後遺症は残さずに治癒するのが通常の経過です。
 では、死亡率は高くなく、風邪のようなものなのでしょうか? そうではありません。1%以下ではありますが、ウエストナイルウイルスが中枢神経に入り込むと脳炎や髄膜炎になり非常に重篤な状態になります。特に50歳以上の人が起こしやすく、注意が必要です
 また免疫を抑える薬を内服していたり、現在治療中の進行癌のある人などは、特に注意が必要です。症状はウエストナイル熱の症状に加え、意識障害、けいれん、昏睡、麻痺をきたします。これらの症状をきたした人の約10%が死に至ると言われています。
 全体的には、死に至ることは少なく、重症化することもまれではありますが、50歳以上の人は注意が必要です。

Q4 治療や予防法を教えてください

 残念ながらウエストナイルウイルスに効く特効薬はありません。熱や痛みを緩和するような対症療法が中心となります。
 脳炎や髄膜炎になった場合にもさまざまな治療法が模索されていますが、これといった効果を示すものはありません。呼吸や血圧を保つなどの全身管理が治療の中心になります。

予防は蚊に刺されないこと!? 長袖、長ズボン、蚊よけスプレーが有用

 ウマ用の予防接種はすでに実用化していますが、人間用の予防接種は現在開発途中です。実用化にはもう少し時間がかかりそうです。
 現在できうる一番の予防は、蚊に刺されないことです。長袖、長ズボンの服を着用し、肌が露出しているところには、蚊よけのスプレーを噴霧しましょう。服の上に噴霧することも有用です。DEET(ディート/忌避剤)入りの虫除けスプレーが最も信頼性が高いとされています。DEET濃度が濃い方がより長期間作用します。日本で発売されている多くの虫よけスプレーのDEET濃度は12%なので、2時間ほどで効果が切れるため、繰り返し噴霧する必要があります。
 蚊は水まわりに卵を生むため、古タイヤやバケツを片づけたり、プールの水を抜いたりする事などの対策が有用です。

Q5 似たウイルスである日本脳炎とその予防法とは?

 日本には、1935(昭和10)年に発見された日本脳炎が存在しています。

どうやって広がる? どんな症状が出る?

 日本脳炎をきたす「ジャパニーズエンセファリティスウイルス(Japanese Encephalitis Virus)」は「ウエストナイルウイルス(West Nile Virus)」と同じフラビウイルス属に属しています。
 ウエストナイルウイルスは鳥のなかで増殖していきますが、日本脳炎はブタの中で増え、蚊を介して人に感染します。西日本、九州のブタには日本脳炎ウイルスの感染を認めますが、東北、北海道にはほとんど認めません。
 夏に感染を引き起こすため、夏に動物と触れ合う機会が多い人は注意が必要です。症状は、ウエストナイルウイルスと同様にほとんどの人は無症状で終わります。ただし、1%ほどの方に脳炎や髄膜炎を引き起こすとされています。

日本脳炎にはワクチンを……1995年~2006年生まれは要注意!

 ウエストナイルウイルスと違い、日本脳炎には予防接種が存在し、定期予防接種が行われています。
 ただし、以前使用されていたマウス脳由来の日本脳炎ワクチンと急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の因果関係が否定できない事例を認めたため、積極的な予防接種の推奨がなされませんでした。このため、1995(平成7)年から2006(平成18)年生まれの人は、日本脳炎の予防接種が不十分になっている可能性があります。
 現在は、Vero細胞(ベロ細胞)を用いて培養された新型の日本脳炎ワクチンが発売され、広く予防接種が行われています。母子手帳を確認し、不足している場合には予防接種を推奨します。
 また、北海道生まれの人は、日本脳炎の予防接種をしていないはずです。北海道には日本脳炎ウイルスを持つブタの存在が確認されていないためです。しかし、北海道から西日本、九州などへ引っ越した人は注意が必要です。ウエストナイルウイルスと違い、ワクチンで防げる病気(Vaccine Preventable Diseases)ですから、積極的な予防接種をおすすめします。

無症状の人が多いからと油断しない。日本脳炎は予防接種歴の確認を

 ウエストナイルウイルスも日本脳炎もほとんどの人は無症状で重篤にはなりません。しかし、一旦重症な脳炎や髄膜炎を発症してしまうと後遺症が残ることもありますし、命が奪われる可能性もあります。
 知っておくことで、蚊に注意したり、日本脳炎の場合には予防接種したりすることができます。ぜひ、ご自身の予防接種歴の確認と、予防方法の確認をしましょう。もし、怪しい症状がでたら病院を受診し、海外渡航歴があることを必ず伝えることをおすすめします。

■ 国内にもあるワクチンギャップ(2012年2月:日経メディカル)

(その1)なぜ、入院しているとワクチンが自費に?

堀越裕歩(東京都立小児総合医療センター感染症科)
ほりこしゆうほ氏○2001年昭和大卒。沖縄県立中部病院、国立成育医療センター(当時)などを経て、08年7月カナダ・トロント小児病院にクリニカルフェローとして留学。10年8月から現職。

 「なぜ、入院しているとワクチンが自費になるのですか? 差別じゃないですか。うちの子は重い病気をもって生まれてきているから、守ってあげなければいけないのに…
 重度の疾患で入院している小児の親御さんから、こう責められることがよくある。というのも、自宅(住民票所在地)と異なる市町村の病院に入院する小児では、入院中にワクチンを接種する場合に接種費用の助成を受けられないということが珍しくないからだ。
 後述する現行の行政システムの未整備によって助成が受けられない場合、インフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンや肺炎球菌7価ワクチンを接種すると、費用はそれぞれ7000~1万円程度。全額を自己負担しなければならないとなると、ご家族にワクチンを勧めても躊躇されてしまうことが多い。

国際ギャップは緩和されても、国内のギャップが顕在化

 もっとも、この「ワクチン任意接種の広域化」という問題は比較的最近出てきた問題である。ほとんどの先進国で標準となっているワクチンの多くが日本国内では接種できない、いわゆる国際的なワクチンギャップという状況が長年続いてきたからだ。そういったワクチンの一部が近年になってようやく承認されてきたが、いまだに任意接種の扱いで、多くの自治体は費用の一部を補助しているに過ぎないのが現状である。
 重度の先天性心疾患などの基礎疾患を抱えていて乳児期に長期入院が必要なことや、低体重で生まれて大きくなるまで何か月も新生児集中治療室(NICU)に入院することがある。現在、日本小児科学会が推奨する乳幼児早期のワクチンスケジュールは過密になってきていて、このような病児たちにも、入院中からでも効率よく(急性期の期間を避けつつ)ワクチン接種を進めていかなければならない。
 東京都立小児総合医療センターは560床の小児病院として2010年に開院以来、多くの基礎疾患を抱える小児のケアに当たっているが、ワクチンで予防可能な疾患(Vaccine Preventable Diseases:VPDs)を合併して重症化してしまう例がたびたび見られる。長期入院児におけるワクチン接種の遅れという明確な原因があるだけに、たとえ入院中でもワクチン接種を適切に実施することの重要性をしばしば痛感する。

居住自治体以外での任意接種には、自治体からの依頼状が必要

 このような基礎疾患を抱える小児は通常、地域の基幹病院や大学病院、小児病院など“広域の医療圏”をカバーしている病院に入院する。そこでワクチン接種の助成を受けようとするときに「ワクチン接種の広域化」問題に直面するのだ。
 例えば、A市に住民票がある子どもがB市にある病院でワクチンを接種しようとすると、助成を受けられないことがある。両市の間に予防接種実施契約が結ばれていなかったり、そもそも市外で接種する場合の規定がないといった場合に、こうした事態が起こる。逆に、A市とB市の間に契約が結ばれていれば、市を越えて助成は受けられるが、そのためには後述するような煩雑な手続きが必要になる。
 このように、市区町村を“越境”する接種への対応については、自治体によるばらつきが大きい。カバーする医療圏が広い病院ほど、患児が属する市区町村は増えるため、この問題の影響を受けやすくなる。
 元気な赤ちゃんは地元のクリニックや病院でワクチンを接種すれば、自治体の助成の対象となる。しかし、入院中あるいは基礎疾患のために地元のかかりつけ医での接種が困難な場合、住んでいる市区町村によっては助成を受けるのが難しくなる。つまり、基礎疾患を持つ、サポートがより必要な小児であるほど、ワクチン接種費用の助成対象からは漏れてしまう恐れが伴うのである。
 問題の原因は、居住する市区町村以外(以下、市外と略)でワクチンを接種する場合のシステムの複雑さにある。まず、やむを得ない理由によって市外で任意接種をする場合について、自治体によっては規定を設けていないところがある。こういった自治体では、窓口でいくら交渉しても門前払いとなることが多く、市外でのワクチン接種に対する助成を受けるのは非常に困難である。
 市外での任意接種に対する規定は一般に、各自治体の行政措置予防接種実施要綱の中で定められている。接種の費用については、保護者が(市外の)医療機関に全額をいったん支払い、助成分を償還払いすると定めているのが一般的のようだ。また、その際に、居住地の自治体が任意接種の依頼状を接種を行う医療機関がある自治体に提出し、その依頼に基づいて医療機関が接種するという煩雑な手順を踏むことが、多くの場合で求められる。

少なくとも都道府県レベルの早急な対応を!

 このような面倒なシステムにしている目的は、補償の責任の明確化である。任意接種で健康被害が生じた場合、医薬品副作用被害救済制度に基づき、救済給付が行われる。これとは別に、全国市長会予防接種事故賠償補償保険など、自治体が加入して任意接種をカバーする行政措置災害補償保険がある。この保険では、依頼状を発行することで、健康被害が生じた場合の補償の責任をどの自治体が負うかを明確にしておかなければならない。
 つまり、A市の小児がB市の病院でワクチンを接種して何らかの健康被害が生じた場合、A市からの依頼状と相互の取り決めがあれば、A市が加入する保険を適用することができるのである。
 もっとも、自治体に依頼状の発行を求める手続きは非常に煩雑であり、それ以前に任意接種に関する自治体間のこういった提携が実はほとんど進んでいない。その場合は、各自治体と病院の個別契約を交渉することもあるが、自治体の対応は千差万別で、病院スタッフにとっては正直、さらに気が遠くなる作業となる。
 このように、広域をカバーする医療機関(その多くはワクチンの恩恵を最も受けるべき子どもをケアする病院)にとっては、入院患児のワクチン接種を円滑に進める上で「ワクチン接種の広域化」問題は大きな障害となっている。
 直近の解決策は、やむ得ない事情により市外で接種するケースについて、全ての自治体が規定を作り、市町村同士が契約を結ばずとも、都道府県などの大きな行政単位の中で助成を円滑に行えるシステムを構築することである。補償保険に関する相互の取り決めを都道府県が主導して進める必要があるだろう。
 可能であれば、都道府県を越えて国内全体で運用されるのが望ましい。将来的には予防接種法を改正し、任意接種という区別を廃して、承認されたワクチンの全てを定期接種の枠組みに組み込むことも目指すべきである。現在の制度では、最もサポートすべき子どもたちがどうしても狭間に取り残されてしまう。これは社会システムの欠陥であり、放置しているのは行政の不作為といえるだろう。
 昨今の成人百日咳の増加により、家庭内での小児への百日咳感染も、日本を含めて多くの先進国で急速に問題化してきている。ワクチンのニーズが刻々と変化する中、旧態依然の行政システムが接種の障害になっているという状況は早急に是正しなければならない。

(その2)年10回の病棟閉鎖、小児病院を脅かす感染症とは

堀越裕歩(東京都立小児総合医療センター感染症科)

 海外の先進国ではめったに診ることがなくなった感染症でも、ワクチン行政が遅々として進まない日本ではいまだに罹患する患者が跡を絶たない。中には開発途上国より取り組みが遅れているワクチンすらある。
 もっとも、こうしたワクチンギャップは近年、少しずつ改善されつつある。21世紀はじめまで諸外国からは「麻疹輸出国」の汚名で揶揄されていた日本だが、関係各者の努力で予防接種率が上がり、ついに麻疹の大きな流行は制圧した。肺炎球菌7価ワクチンやインフルエンザb型(Hib)ワクチンの接種に対する助成もやっと始まり、厚生労働省予防接種部会の審議では定期接種化への動きもようやく見えてきた。
 しかし、水痘や流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)など、昔から任意接種はできるが多くの市区町村で助成がないため、予防接種率が上がらず常に流行が続いている疾患もある。「命定め」の病気と恐れられた麻疹の死亡率がワクチンの効果で激減するのに伴い、ここ数年は水痘による死亡が麻疹を超えるようになった。
 東京都の水痘のサーベイランスを見てみると、この5年間、ほぼ同じ流行状況を示している。乱暴な考えかもしれないが、感染症科医の立場からすれば、サーベイランスは介入して改善することに意味がある。何の介入もできずに流行すると分かっている水痘を漫然と追いかけているだけなら、この無駄な作業をいっそやめてしまって、その費用をワクチンの助成に当てて、罹患する子供を少しでも減らすほうが有益とさえ思える。
 企業であれば、何の対策も考えずに悪い業績のグラフを毎年延々と作っているようなものだ。これは、決してサーベイランスを担当する方々を責めているわけではない。問題は、サーベイランスの結果を実際の介入につなげるシステムが欠落していることにある。水痘についても定期接種化の方針は出ており、一刻も早いシステムづくりが必要だ。

スクリーニングをすり抜けて入院してくる水痘感染児

 東京都立小児総合医療センターでは、水痘の流行期は常に病棟閉鎖を余儀なくされる。開院は2010年3月だが、水痘・帯状疱疹ウイルスによる病棟閉鎖は2012年1月時点の2年弱で既に20回を数えた。年間に10回近くの病棟閉鎖を余儀なくされているわけで、重症患児が水痘に感染した場合のリスクの大きさに伴って、病床管理や免疫不全の曝露者対策にかかるコストも莫大なものになる。おそらく、直接の感染予防対策だけで、2年弱で1000万円程度はかかっている。手術や入院の延期まで計算すれば、コストはさらに膨らむこととなる。

表1 水痘感染児の入院が小児病院に及ぼす影響
・入院中の小児、中でも免疫不全児が曝露によって水痘発症のリスクに晒される
・病棟閉鎖による入院制限で、治療や検査に遅れが出る
・専門的なケアを必要とする患児が専門病棟以外への入院を余儀なくされた場合、スタッフ離れない疾患を見ることになり、ミスなどのリスクが高くなる
・PICUなどが閉鎖されれば、広範な地域の重症児の受け入れ先が無くなる
・二次感染予防対策に大きな医療コストが発生する

 例えば、免疫能が正常の2歳男児が数日で退院できる予定の小手術で入院してきたとする。水痘ワクチンの接種歴は1回で、入院前の3週間で水痘の曝露歴はなし。こういった履歴が確認できれば、水痘の発症リスクは非常に小さいと考えられる。入院時のスクリーニングも問題なしで、一般病棟に入院となる。
 ところが、入院翌日に体幹に皮疹が発見され、水痘疑いで感染症科が呼ばれる。当センターでは院内でPCR検査ができるので、数時間で水痘の確定診断となる。こういった例は、入院時のスクリーニングでいくら丁寧に問診・視診を行っても、予測のしようがない。
 感染患児の入院がひとたび確認されると、非常事態である。発疹が現れる48時間前から感染性があるので、そこまでさかのぼって病棟内の曝露者を確認し、水痘の免疫がない小児が曝露していたら、ワクチンを緊急接種する。ワクチンを接種できない小児にはアシクロビルを予防内服させ、重度免疫不全の小児には発症しないことを祈りながら、院内で抗体価が一番高いγグロブリンを投与する。
 二次感染が出ないことを確認するため、潜伏期間中の新規入院は、水痘の罹患歴があって免疫を獲得している小児か、水痘ワクチンを2回接種した小児に限ることになり、事実上の病棟閉鎖となる。
 これまで最悪のときには一度に3つの病棟が閉鎖せざるを得なかったこともあり、病院全体が機能不全に陥りかねないほどの緊急事態になったこともある。内科系および外科系の一般小児病棟が9病棟あるため、なんとか病床をやりくりできたが、代替の効かないPICU(小児集中治療室)などで水痘が発生すると、重症児の受け入れ先がなくなる。人工心肺などの体外循環を含め、小児に対する集学的治療を小児集中治療医が行える施設は東京でも限られている。
 我々の施設は重症児や免疫不全児が多いので、水痘の院内感染対策は厳格に行っているが、それでも血液腫瘍や免疫抑制剤を服用している小児の二次感染は起きてしまう。幸いにして死亡や後遺症を残すような例はまだ起きていないが、このままでは時間の問題と思われる。小児感染症科医として、ワクチンで簡単に予防できる疾患で子供を死なせてしまうことほどの無念さはない。

入院前の水痘ワクチン2回接種を求めることに

 水痘の流行で被害を受けるのは、基礎疾患を持っていたり、白血病などの治療中でワクチンを接種することのできない子供たちである。病棟閉鎖となれば、小児病院でしか診ることのできない複雑な疾患の小児の入院が制限されたり、予定手術が行えなかったり、専門性の高い疾患の小児をケアに慣れていない専門外の病棟に入院させることを余儀なくされる。波及する被害は甚大である。
 そのため、東京都立小児総合医療センターでは、時間的に余裕がある予定入院の小児に対しては、水痘未罹患の場合、水痘ワクチンを2回接種してからの入院をお願いする措置に踏み切った。外科あるいは心カテのある循環器内科など、各診療科の忙しい外来で説明の手間を増やすことになるし、手術のスケジューリングにも影響が出てしまうが、やむを得ない。施設レベルでできる対応としては、おそらくこれ以上の策は考えられないだろう。
 私が以前勤務していたトロントでは、幼稚園や学校の入学時にワクチン接種の履歴がチェックされ、法定接種のワクチンの中で正当な理由なしに受けていないものがあると登校を認められなかった。その病院版のようなものだ。
 それでも緊急入院患者から、水痘による病棟閉鎖は今後も続くであろう。水痘ワクチンの2回接種については昨年、日本小児科学会が推奨を出したばかりで、一般臨床で普及しているとは言い難い。それどころか、定期接種に指定されておらず助成もないことが多いので、1回接種でさえ十分に行われていないのが現状だ。日本における水痘ワクチンの接種率は30%程度で、諸外国に比べると信じがたい低率である。
 小児科医の中にさえ、「水痘はかかればいい」という考えの方もいる。目の前で重症化する小児を診ることがなければ、そう考えても仕方がないかもしれないが、いまや麻疹より水痘で死亡している小児のほうが多いことは、注意を払うべきであろう。基礎疾患のない元気な子供でも水痘脳炎で入院してくることがある。
 ワクチンによる感染症予防には、集団免疫(Herd Immunity)とコクーン戦略(Cocoon Strategy)という考え方がある。集団免疫とは、集団の予防接種率はある程度のところまでいくと、流行そのものを減らすことができるという考え方だ。そしてコクーンとは、蚕のマユのこと。ワクチンで予防できる疾患(VPDs)なのに、重症疾患などでワクチンを接種することのできない小児がいる。その小児を守るには、周りにワクチン接種を勧める、つまりマユをつくることでVPDsの感染から守ってあげるという戦略である。
 東京都立小児総合医療センターでは、御家族の了解を得て白血病の小児にポスターのモデルになってもらい、このコクーン戦略を訴えている。もちろん、達成しなければならない解決策は、予算をしっかりと確保して公費負担で接種できるワクチンを増やし、予防接種率を上げることである。前回も指摘したが、ワクチンギャップの被害を一番受けやすい病児を守るには、社会全体が感染症の流行をなくす努力をしなければならない。

■ 患者を生きる:B型肝炎(2011年11月:朝日新聞)

1 9歳の時「怖いと思った」(2011年11月16日)

 今回も大丈夫だった――。九州地方に住む女性(33)は、福岡県久留米市の聖マリア病院で受けた肝機能検査の結果をみて、ほっとした。
 女性の体には、B型肝炎ウイルスが潜んでいる。いまも3カ月に1度、検査のため、この病院に通う。感染を知ったのは1987年。9歳のときだ。
 38歳だった母に、市役所から電話がかかってきた。「献血(時の検査)の結果、肝炎の疑いがあるので、精密検査を受けてください」
 県内では国立小倉病院(現小倉医療センター)が肝炎の治療実績があるとわかり、慌てて駆け込んだ。B型肝炎ウイルスによる慢性肝炎を発症しており、即入院が必要と診断された。
 確かに、母は「だるい」と、よくつぶやいていた。手をついて階段を上ることもあった。全身のだるさは、肝炎の典型的な症状だ。進行すれば、肝硬変や肝がんになる可能性もある。
 家族もすぐに病院で検査を受けた。母のウイルスは、出産の際に、女性と2歳上の姉にも感染していた。
 B型肝炎は、主に血液を介して感染する。母の主治医になった天ケ瀬洋正さんは、姉妹を呼んで言い聞かせた。「自分の血液で他の人に病気をうつさないように、管理に気をつけて」。詳しい病気の仕組みが分かったわけではないが、深刻さは伝わった。「私の血は怖い、凶器みたいなものなんだ」と思った。
 「なんであんただけ。どこで(ウイルスを)もらったんかね?」。入院することを実家に伝えに行くと、伯母が母に尋ねた。祖母も、2人の伯母からもウイルスは見つからなかった。母にも心当たりはない。ただ申し訳なさそうな顔をしていた。
 母の入院で、父と小学生の娘2人の生活が始まった。慣れないうちは週末も早朝に起き、登校や出勤に間に合うようにご飯とみそ汁を支度する「リハーサル」をした。その後、3人で病院へ母のお見舞いに行った。
 家族が顔を出すと、どんなにだるそうに寝ていても、母はうれしそうに起き上がった。帰りは必ず、エレベーターまで見送りに来てくれた。自分が生涯にわたり、同じウイルスに苦しめられるなんて、当時は考えもしなかった。(冨岡史穂)

2 ふすま越しに母の泣き声(2011年11月18日)

 九州地方に住む女性(33)は9歳のとき、B型肝炎ウイルスへの感染を知った。母から出産で、女性と姉にうつっていた。母は幼いころの集団予防接種で感染したと考えられるが、1987年の献血の検査で分かるまで、それを知らずにいた。
 慢性肝炎と診断された母は、小倉医療センターに3カ月ほど入院し、炎症を抑えるインターフェロン治療を受けた。女性と姉は、肝炎は発症していないが、ウイルスが体内に潜み続けている状態だった。退院した母と一緒に、女性と姉も半年おきの血液検査が必要になった。
 小学校6年生のときだった。夏の暑い日、女性は母と姉と自宅を出て、検査に向かった。長い坂道を2人から少し遅れてトボトボと下りる。「ねえ、なんで私たちだけこんな検査を?」。母の背に投げつけた。
 母は振り返ったが、黙っていた。言葉が見つからないような悲しい顔だった。「しまった」。女性は後悔したが、引っ込みがつかなかった。「そんなこと言っても仕方ない。お母さん、気にせんと行こう」。姉の言葉に救われた。
 その夜。姉と並んで寝ていた女性が目を覚ますと、ふすまの向こうで母の泣き声がした。娘たちに聞かせまいと、声を押し殺していた。「私が起きていることを、気づかせちゃいけない」。音を立てないように、頭まで布団をかぶった。ドキドキと自分の鼓動が耳に響いた。
 「お母さんが困るから、病気の話はしない」。中学、高校と進んでも、自分の病気のことは友だちに話さなかった。カバンのポケットには必ずばんそうこうを忍ばせた。けがをするとすぐ、「ちょっと保健室に行ってくる」とその場を離れ、自分で処置した。ウイルスに感染した血液を友達に触れさせないように、という配慮だった。
 「なぜ私は、この病気になったんだろう」。頭のどこかにいつも引っかかっている一番の悩みを、親友にも相談できない。人間関係はいつもベール1枚を隔てたような感じだった。
 「心よ耐えろ、苦しむな かくも苦しみ重けれど」。図書館で見つけた詩集の一節に勇気づけられた。苦しいのは私だけじゃない。心に残った言葉を、ノートに書き写すようになった。

3 彼が受け止めてくれた(2011年11月19日)

 9歳のとき、B型肝炎ウイルスへの感染がわかった九州地方に住む女性(33)は、その悩みを友だちにも打ち明けられないまま、10代を過ごした。
 慢性肝炎の治療を終えた母は、抗ウイルス薬を飲みながら、定期的に病院に通っていた。主治医の天ケ瀬洋正さんが小倉医療センターから同じ北九州市内の三萩野(みはぎの)病院に移ると、母も転院した。姉と女性が半年おきに受ける検査結果も、毎回、「異常なし」が続いた。
 「うまくウイルスと付き合っていけそうだね」。家族でそんな話をしていた2001年、超音波検査で、母の肝がんが見つかった。52歳だった。
 がんは肝臓へ養分を運ぶ門脈という血管のそばにあった。「手術で取り除くのは厳しい場所にある。5年後は分かりません」と医師は説明した。がん細胞に養分を運ぶ血管を塞ぐ治療や、がんに直接エタノールを注射し壊死(えし)させる治療を受けることにした。自宅から通いやすい大規模病院に移り、がんとの本格的な闘いが始まった。
 母は、きちんと検査を受けてきたし、薬で免疫機能が弱っているからと、好きな刺し身も控えていた。それなのに……。少し前に祖母が亡くなったときの寂しさを思い出した。「家族が増えたらいいな」。結婚を、具体的に考えるようになった。
 母のがん闘病が始まった3年後、友人の結婚パーティーで彼(33)と知り合った。おっとりした、心の温かそうな人。自然と付き合いが始まり、ドライブに出かけるようになった。
 1カ月ほどして、デート帰りに自宅まで送ってくれた車の中で、女性は病気を打ち明けた。感染の危険性も伝えた。「よく考えて、交際を続けるか、決めてね」。緊張して彼の顔を見られないまま、車を降りた。
 「そうなんだ」。彼は自然に病気のことを受け止めた。インターネットで調べたり、免疫力がテーマの本を買ったりした。成人で感染するB型肝炎は、一過性で軽くすむ場合もあるという情報も、参考にした。
 数日後、女性に電話して伝えた。「自分なりに考えた。大丈夫だから」。次のデートで、免疫力の本を女性に贈った。「優しい人だな」。彼の心遣いを感じ、女性の心は温かくなった。

4 結婚の喜びもつかの間(2011年11月20日)

 九州地方に住む女性(33)は、大学を卒業してすぐ付き合い始めた彼(33)に、B型肝炎ウイルスへの感染を打ち明けた。彼は「大丈夫」と言ってくれた。ウイルスはあらかじめワクチンを打てば、ほぼ感染を防ぐことができる。しかし、そのときは医師からの説明もなく、ワクチンを打たなかった。
 付き合って半年余りたった2004年秋、彼は急に体のだるさを感じた。食欲が落ち、黄色い尿が出た。「ネットで調べた通りの症状だ」。自宅近くの病院に行くと、急性のB型肝炎と診断され、入院が決まった。
 すぐに女性に電話した。「大丈夫だから。お見舞いもいいよ」。受話器ごしに彼女の動揺が伝わってくる。ようやく、これは大ごとなんだとわかった。
 「申し訳なさすぎて、合わせる顔がない」。女性は息苦しい気持ちのまま、受話器を置いた。会いに行きたかったが、自分で家族に説明したいという彼の気持ちを尊重した。
 彼は約1カ月後に退院した。何事もなかったかのように振る舞う彼の心の広さに、大きな安心感を覚えた。「彼に苦しみを一つ背負わせてしまった。私も彼の重荷を引き受けたい」
 2人が結婚の相談を始めた頃、女性の母がふと、見晴らしのいい公園を見に行きたいと言った。「いま付き合っている人が近くに住んでいるよ。お母さん、会ってみる?」
 彼が待ち合わせの公園に着くと母は大きく手を振っていた。「可愛らしいお母さんだな」。彼と母はすぐに打ち解けた。
 母は肝がんが見つかって以来5年間、入退院を繰り返していた。「早く孫の顔を見せてあげたい」。喜ぶことが一つでも増えれば母の病状もよくなると期待した。06年夏に結婚。披露宴ではシャキッと留め袖を着た母が新婦の手を取って入場した。
 翌年の秋、最後になるかもしれないと覚悟しつつ、家族全員で温泉旅行に出かけた。朝5時ごろ、母の容体が急変した。「先生を呼んでね」。そう言った後、母の呼吸が止まった。姉と2人で、必死に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した。「どうしよう、どうしよう。いかないで」。旅館から病院へと救急車で向かったが、母の意識は戻らなかった。

5 乗り越える姿 娘に示せた(2011年11月21日)

 B型肝炎から進行した肝臓がんで母親を失った九州地方の女性(33)は2008年、妊娠に気づいた。半年おきに受けていた検査では、女性の肝機能に問題はなかった。だが赤ちゃんへの母子感染を確実に防ぐため、近くの産婦人科医院から大きい病院へ行くように薦められた。
 紹介状を手に福岡県久留米市の聖マリア病院に行くと、産婦人科医の前田哲雄さん(48)が担当になった。女性の生真面目さを感じ取った前田さんは、「病気のことを必要以上に深刻に考えずできるだけ普通に出産を迎えてもらおう」と決めた。

 B型肝炎の母子感染は、生まれてすぐの赤ちゃんにウイルス抗体を含む免疫グロブリンを注射し、その後計3回、ワクチン注射を打てば、95%以上の確率で予防できる。

 出産をできるだけ素晴らしい体験として記憶してほしいと、前田さんは思った。「羊水が少ないと思うかもしれないけど、ちゃんと元気に育っているからね」。不安になりそうなことを先回りして説明してくれる前田さんに、女性は信頼を覚えた。
 11月、自然分娩(ぶんべん)で長女を出産した。助産師が胸元に抱かせてくれたが、女性は喜びもそこそこに「先生、早く注射を」と声をあげていた。「慌てなくて大丈夫」。前田さんは長女を新生児室へ連れて行き、お尻に免疫グロブリンを半量ずつ、2本に分けて注射した。
 長女は生後2、3、5カ月とワクチンを受け、1歳になった秋、近くの病院で感染を防げたことを確認した。「お母さん、もう解放されていいんですよ」という小児科医師の言葉に、体中の力が抜けたような気がした。翌年には2人目の女の子を出産。この秋の1歳児健診で、次女も抗体を確認できた。
 自分の代で、母子感染の鎖を断ち切れた。「お母さん、やっと止められたよ」。娘に病気をうつしてしまった母のつらさを思いやった。
 B型肝炎に感染してよかったとは絶対に思えない。母のように、いつ肝がんに襲われるかもしれない。ただ、この苦しみに絶望するだけでなく、乗り越えていく姿を、娘たちに見せておきたいと思う。「現実を恐れずに向き合う強さを、娘たちに授けたい」。

6 乳児以外もワクチンを(2011年11月22日)

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 B型肝炎ウイルスは、血液や体液を介して感染する。肝臓にすみついたウイルスを、免疫機能が「敵」と認識して攻撃を始めると、肝細胞が破壊され肝炎を発症する。かつては集団予防接種で注射器が使い回されており、感染が広がった。厚生労働省の推計では、感染者は110万~140万人に上る。出産による母子感染では、10%が肝炎を発症するが、90%は症状がないまま感染が続く「無症候性キャリア」の状態になる。そのうち年間0.2%に肝がんのリスクがあるとされる。
 国は1986年に母子感染予防対策を始め、妊婦のウイルス検査と赤ちゃんへの予防に公費補助が出るようになった。誕生から48時間以内に免疫グロブリンを1回、その後2、3、5カ月後にワクチンを計3回注射する。2カ月後に2回目の免疫グロブリンを打つ場合もある。
 厚労省研究班で母子感染を調べた森島恒雄・岡山大教授によると、この予防法で95%以上の赤ちゃんが母子感染を免れるという。研究班の推計では2009年に4300人弱の赤ちゃんがワクチンを受け、母子感染は10年前に比べ激減した。
 だが減少傾向は鈍っている。欧米由来の新しいタイプのB型肝炎が急増していることが心配されている。「毎年6千~8千人の新たな感染者が出ている。あらゆる年代にワクチンを打つべきだ」と森島さんは話す。
 大人への感染は主に性交渉が原因で、ワクチンを打てば、ほぼ予防できる。ただ、感染して肝炎が慢性化すると肝硬変や肝がんに進む危険があるため、定期的な検査が望ましい。
 慢性肝炎の標準的な治療には、炎症を抑えるインターフェロン注射や、エンテカビルなどの抗ウイルス薬がある。だが薬を飲んでもウイルスは完全に消えないため、生涯飲み続ける必要があると考えられてきた。
 国立病院機構長崎医療センターの八橋弘治療研究部長は「ウイルス量が十分に減り、薬をやめられる患者さんがいることが分かってきた」と話す。八橋さんも参加する別の研究班で薬をやめる基準づくりが進む。来春に報告書がまとまる予定で、5~10年で薬を「卒業」する道も開けるという。(冨岡史穂)

■ 風疹 職場感染目立つ 妊婦介し子に障害も...ワクチンで予防を

(熊本日日新聞 2011年12月31日朝刊掲載)
 2011年の風疹の患者数は08年以降で最多となり、特に予防接種政策の影響でワクチンを打たずにきた大人の男性が職場で集団感染するケースが目立った。風疹は妊娠初期の女性がかかると胎児に感染し、赤ちゃんの目や耳などに障害を残すことがある。身近に妊娠を望む女性がいる場合、大人の男性もワクチンを接種して予防することが望ましい。
 風疹を引き起こすのは風疹ウイルス。感染者の唾液のしぶきなどに接触することでうつる。
 国立感染症研究所によると、14~21日の潜伏期間の後、発熱や全身の淡い発疹、耳の後ろや後頭部の下にあるリンパ節の腫れなどの症状が現れる。まれに脳炎などの重い合併症が起きるが、通常3日程度で発疹が消えて治り、三日ばしかとも呼ばれる。感染しても無症状の人が約15%いるとされる。
 怖いのは妊娠初期の女性が感染した場合。ウイルスが胎盤を介して胎児に感染し、生まれた子が先天性風疹症候群になることがある。症状や重さは感染時期によって異なり、妊娠2カ月以内だと白内障、先天性の心臓病、難聴のうち二つ以上の障害を抱えて生まれることが多い。妊娠3~5カ月でも難聴がみられる。
 こうした赤ちゃんは1965年に沖縄県で400人以上生まれた。また77~79年の全国的な大流行の際は、影響を恐れた多くの妊婦が人工妊娠中絶をした。
 風疹は例年、春先にはやり始め、ピークは5、6月。かつてはほぼ5年ごとに全国的な流行を繰り返したが、94年以降は局地的、小規模な流行にとどまっている。患者の全数把握が始まった2008年は294人。その後、09年147人、10年90人と減少したが、11年は12月11日までの集計で362人と増加した。「多くが成人男性」と感染研感染症情報センターの多屋馨子[けいこ]室長。働き盛りの世代で、職場での集団感染も発生した。
 新潟県内の事業所では4~5月、従業員6人と東京本社の2人の計8人が発症。全員が男性で、年齢は30代2人、40代5人、60代が1人だった。
 最初の患者は4月7日にタイから帰国し、16日に発熱した。19日に発疹が出たため病院で受診したが、原因が分からないまま22日には回復。その後、5月上旬に7人が次々に発熱や発疹を起こした。東京本社の2人は、最初の患者が4月15日に本社に出張した際に接触があったという。
 ほかにも北海道などで成人男性の職場集団感染が報告された。全国でも患者数の多い福岡市は12月、ホームページで予防接種などの情報提供を開始。同市保健予防課は「減少傾向だったのに11月にまた増えた。成人男性が多い」としている。
 熊本県健康危機管理課によると、08年以降に県内で報告された風疹の患者は9人。このうち11年は2人で、感染の広がりは見せていないという。
 11年の風疹患者に成人男性、特に30~40代が多かったのは、この年代の抗体保有率が70~80%程度と低いためだ。風疹のワクチンは1977年から94年まで、女子中学生だけに定期接種が行われていたため、この世代の男性は以前に風疹にかかっていない限り、ほとんど抗体を持っていない。
 この世代は妻や職場など周囲に妊娠の可能性がある女性が多い。多屋室長は、過去の傾向から12年の流行規模は11年より大きくなる恐れがあると指摘。「妊娠初期の妊婦にうつると赤ちゃんに先天性風疹症候群の心配がある。ワクチン未接種で風疹にかかったことがない男性は、風疹とはしかを予防する麻疹・風疹混合ワクチンを接種してほしい」と話す。
 また、妊娠を望むものの抗体がないか少ない女性も接種が望ましい。安全に妊娠するには接種から約2カ月が必要だという。

■ ヨミンちゃんの冒険 日本の病院編 「ワクチンの力」

(1) 病気を防ぐ “魔法” ?

(2011.12月:読売新聞) ※ 医療問題をテーマにしていますが、物語はフィクションです。 

 幸せな国をつくるため、日本の病院の勉強に来たヨミドク星の王女・ヨミンちゃん。きょうもドクターJiJiと一緒にUFOに乗って、いろいろな診療科を見学します。
 夕方になり、2人を乗せたUFOが、小児科の待合室を通り過ぎたときです。
 右のほっぺたが膨れ上がっている女の子がいました。熱も高いようで、隣のお母さんにぐったりともたれかかっています。

ヨミン 「かわいそうに。あのほっぺたがふくれてしまう病気は何かしら?」
JiJi「おそらく、おたふくかぜでしょう」

 おたふくかぜは、発熱とともに、耳の前から下の辺りなどに、はれと痛みが出ます。有効な治療薬はありません。軽症であれば安静にして回復を待ちますが、症状が重い場合は無菌性髄膜炎(ずいまくえん)、膵(すい)炎、精巣炎などを合併している可能性があり、医療機関で専門的な治療を受ける必要があります。難聴を合併した場合、聴力の回復は難しいといわれています。

JiJi「子どもばかりでなく、大人にも怖い病気です。大人がかかると、重症化する傾向があります」
ヨミン 「おそろしい病気ですわ。どうして、この病気にかかってしまうのかしら。原因は何かしら?」
JiJi 「ウイルスの飛まつ感染が原因です。つまり、ウイルスを持った人のせきやくしゃみから、うつった可能性が高いのです」
ヨミン 「ニュートリノスピードで時空をさかのぼり、この女の子にウイルスがうつった時の様子を調べてみましょう」


 UFOは、この日の朝の小学校に到着しました。女の子は昨日の夜から、ちょっと熱があり、風邪かな、と思っていたようです。がんばって学校へ行きましたが、先生がすぐに熱っぽい様子に気づき、女の子を保健室へ連れて行きました。お母さんに迎えにきてもらい、そのまま病院で診察を受けたのです。
 そういえば前の日、女の子のクラスでは、せきやくしゃみをしている子がいました。きょうになって何人もの同級生がおたふくかぜにかかり、明日から学級閉鎖になるそうです。
 UFOからは、子どもたちの苦しんでいる顔が見えました。

ヨミン
「みんなつらそうです。かわいそうに。こんなに流行する前に、どうにか防ぐ手段はなかったのかしら」
JiJi 「あります。ワクチンです」
ヨミン
「ワクチン?」
JiJi
「人類とウイルスの長い戦いの中で、人類が身を守るために医学研究で編み出した優れた防御策です」

 ワクチンとは、感染症を予防するため、その病気に対する体の抵抗力を人工的に作るものです。原因となるウイルスなどの毒素を弱めたり、なくしたりして、注射や飲み薬などで体に接種します。すると、人間が本来持っている力で、その病気への抵抗力(抗体)が作られるのです。
 おたふくかぜもワクチンをしておけば、その後はほとんど感染せず、もしもかかっても軽症ですむといわれています。

ヨミン 「えーっ! 重い病気になる前に防ぐことができるなんて、魔法みたいですね」
JiJi 「ははは、魔法ではないですよ。医学の力です」
ヨミン 「でも、お母さんはあんなに優しそうなのに、女の子になぜワクチンを受けさせなかったのかしら」
JiJi 「病気を防ぐのにとても有効なワクチンですが、不安に思う人も少なくないのです。でも、その力をきちんと知れば、きっとわかってもらえます」

 ゆっくりと、ドクターJiJiは語り始めました。

(2) 日本に多いおたふくかぜ患者

JiJi 「アメリカには、おたふくかぜに苦しむ子どもは、もうほとんどいません」
ヨミン 「えっ!」
JiJi 「もちろん、かつてはたくさんの患者がいましたが、2004年までに『ほぼゼロ』と評価されるまでに激減しました」

アメリカほぼゼロ 日本10万件

 一方、日本では、国立感染症研究所によると、定点調査対象の全国約3000か所の小児科だけでも、2009年に104,568件が報告されています。

ヨミン 「まさか…。だって日本は地球で一番の医療の国でしょ? 防ぐことのできる病気の患者さんが、日本にこんなにいるなんて」
JiJi 「最大の理由は、やはりワクチンの使い方でしょう。アメリカでは、小学校に入学する前に、みんながおたふくかぜワクチンの予防接種を受けることになっています。料金は無料か、とても安い値段です」

 これに対し、日本ではおたふくかぜワクチンは「任意接種」、つまり受けたい人だけが受ける仕組みです。有料で5000円から1万円ほどがかかります。一部の自治体では補助の制度があります。

JiJi 「接種率は日本が約30%なのに対し、アメリカでは90%ほどに達します」
ヨミン 「ワクチンを徹底することで、おたふくかぜの患者さんを減らしたのですね。アメリカだけがワクチンを特別にたくさん使っているの?」
JiJi 「いえ、おたふくかぜワクチンは100か国以上でほぼ無料です。世界的にみても、日本が、特別に対策が遅れているといえるのです」
ヨミン「こんなに効果がはっきりしているなら、日本でも小さな子は必ずおたふくかぜの予防接種を受けるようにできないのかしら」
JiJi 「そうですね。でも、王女さま、問題はおたふくかぜだけではないのです」

 日本にも、ほとんどの地域で無料で受けられる「定期接種」があることをドクターJiJiは説明しました。

JiJi 「日本は、その定期接種の種類が少ないのです。おたふくかぜ以外にも、水ぼうそうやB型肝炎、子宮頸がん、細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチン、小児肺炎球菌ワクチンも、日本では任意接種です。これらは、アメリカをはじめ多くの国で普及しているのに、残念です」
ヨミン「こんなに違いがあったんですね…」

(3) 200万分の1の不安

 ワクチンが重い病気を防ぐ“魔法”と思ったヨミンちゃんでしたが、日本の子どもが受けられる定期接種の種類の少なさや、接種率の低さにびっくりしました。

ヨミン「予防接種を受けさせないで、お父さんやお母さんは不安ではないのかしら」
JiJi 「病気に対する不安はあるでしょう。ですが、『接種を受ける方がかえって不安』という考え方もあるようです。まれに重い後遺症を残してしまうことが、影響していると思います」

 UFOは、ニュートリノスピードで過去へと飛んでいきました。
 20年ほど前のある町。おたふくかぜだけでなく、はしかや風疹も防ぐという新三種混合(MMR)ワクチンを受けた男の子が、予防接種の後、けいれんを起こし、亡くなりました。
 次の町です。7年ほど前、ある少女が、日本脳炎(※)の予防接種を受けてからしばらくして、急に頭が痛み出し、そのまま意識不明になってしまいました。
 不安そうにヨミンちゃんがたずねます。

ヨミン 「予防のためのワクチンで、体を悪くしてしまうなんてことがあるのですか」
JiJi 「ワクチンはまれに副作用が出ることがあり、重い後遺症が残る子もいるのは事実です。こうした健康被害が出る割合についてはいろいろな研究がありますが、ごくわずかといえます」

 例えば、2005年まで使われていた日本脳炎のワクチンは、副作用で急性散在性脳脊髄炎が70万~200万回に1回発症しますが、ほとんどは回復し、まれに後遺症が残ることがあったとされます。その後、副作用の少ない新ワクチンが作られ、昨年から定期接種が再開されました。

JiJi 「おたふくかぜも、MMRではなくて、副作用の少ない単独ワクチンが使われています。手足のまひを起こすポリオ(急性灰白髄炎)という病気でも、副作用の少ない不活化ワクチンの導入へ向けての動きが始まっています」

 ヨミンちゃんの表情に、少しだけ、明るさが戻ってきました。

JiJi 「健康被害を受けた子は、本当に、本当にかわいそうです。もしもわが子が、と考えたら、ワクチンを不安に思う親もいるでしょう。しかし、よいワクチンがどんどん開発されています。そして、ワクチンの力でたくさんの命が助かっていることも思い出してください」

 ヨミンちゃんは口元をキッとひきしめて、こう言いました。

ヨミン 「確かに、国を守るという視点は、王族には欠かせません。でも、苦しむ子どもたちから目をそらすことも王族にはできません。この子らをなんとかして救うことはできないのかしら」
JiJi 「せめて安心して暮らしていただけるよう、最大限の補償で将来を支えていくことが一番ではないでしょうか。ですが…」

【日本脳炎】
 ウイルスに感染した豚などを刺した蚊を媒介して人に感染する。人から人へは感染しない。発症すると高熱、頭痛、意識障害、けいれんなどが表れ、2~4割が死亡する。

(4) 裁判所で見たものは

 ヨミンちゃんはワクチンのために体をこわした子たちを救う方法をドクターJiJiにたずねました。

JiJi 「安心して暮らしていただけるよう、最大限の補償で将来を支えていくことが一番ではないでしょうか」

 日本では、定期接種で健康被害を受けた場合、予防接種法の定める補償を受けることができます。任意接種の場合は医薬品副作用被害救済制度で補償されます。後遺症の程度などにより、受け取る金額は違います。

JiJi 「ですが、この定期接種と任意接種では補償内容に差があります。定期の方がより手厚くなっています。そもそもどちらも十分な補償額なのでしょうか」
ヨミン「確かに、障害の残った方を家族で守って生きていくのは、簡単なことではありませんわ」
JiJi 「生活のうえでも、気持ちのうえでも、つらくてたまらないという方々は、いつしかこの問題を法廷で争うようになっていきました」

 ヨミンちゃんとドクターJiJiを乗せたUFOは、再び時空をさかのぼり、大都会にある裁判所をおとずれました。
 法廷では、予防接種による健康被害について、損害賠償をもとめる弁護士の激しい声が響いていました。後ろでは、泣きはらしたお母さん、怒りにふるえるお父さん、車いすの小さな子が、支えあうように座っていました。
 国や製薬会社の側の人たちは、くすんだ黒っぽいスーツでうつむいています。こちらも表情は暗く、いったいどうすればいいのか、困り果て、疲れきった様子です。
 UFOはニュートリノスピードで時空をかけぬけますが、実際の裁判は何年何年もかかりました。月日がたつにつれ、どちらの席も、ますます疲労の色が濃くなっていきました。

ヨミン 「裁判が終わるまでに、みなさん疲れ果ててしまったようですわ」
JiJi 「裁判には、とても大きなエネルギーと時間が必要です。もちろん、当事者にとっては大事な裁判でしょう。でも、こうした裁判が増えてきたことで、国の方の態度が変わってきました」
ヨミン 「どういうことですの?」
JiJi 「責任回避とも受け取れる姿勢が、国に見えていたのです。裁判に振り回され、多額の補償と重い責任を背負わされることを嫌って、国側は定期接種を『義務』ではなくしたのではないでしょうか」

 1994年、予防接種法の改正で、接種はそれまでの「義務」から「受けるように努める」に変わりました。受けるかどうかは親が判断しなくてはならなくなったのです。

JiJi 「このため、予防接種を受けさせない親も少なくありません。子どもの2、3割は、定期接種すら受けていないそうです。普及が遅れているのは、『任意』とされているワクチンだけではありません」
ヨミン「そもそも定期接種の数が少ないのに、これではワクチンの恵みにあずかる子どもはどんどん減ってしまいます。こわい病気の流行を防げなくなるかもしれませんわ」
JiJi 「副作用のことを考えれば、不安に思う親の気持ちは痛いほどわかります。しかし、予防接種は国全体を病気から守り、その病気を根絶したいという目的もあります。こうした判断を、親に委ねていいのでしょうか」
ヨミン 「ウイルスとの戦いは、どうなりますの。国民の命をだれが守るのですか!?」
JiJi 「ウイルスとの戦いに勝利するため、もうひとつ、データをお見せしましょう」

 ポケットから出された帳面に、複雑な計算メモがありました。

(5) ウイルスとの戦いは続く

 もしもワクチンを使わなければ、その病気の患者が増え、国全体の医療費がふくらみます。一方、ワクチンをきっちり実施すれば、ワクチンの費用はかかっても、患者は減るので、治療費は減ります。

JiJi「いろいろな病気で、ワクチンを使用した場合の経済効果が計算されています。例えば、おたふくかぜの場合、ワクチンを使うことによって、治療にかかる経費は5分の1ほどに減らせるという試算があります」
ヨミン「患者さんが減るのなら、それだけで素晴らしいことです」
JiJi「お金を節約できれば、副作用で後遺症を負った方たちにも、その分、手厚い補償ができます。私は、世界的に効果が認められているワクチンを日本はもっと導入するべきだと思います。そして、国の責任で、全員が義務として無料で接種を受ける体制を作ることを提案したいのです」

ヨミンちゃん「わたしが星へ帰ったら、必ずみんなと力をあわせて、ウイルスと戦います!」

 UFOはようやく、元の病院に戻ってきました。おたふくかぜの女の子はもう家に帰っていました。

ヨミン「ワクチンを受けていれば、あの子もあれほど苦しまなくてすんだでしょう。学校のみんなが受けていれば、そもそもおたふくかぜにかからなかったかもしれません。学級閉鎖もなかったでしょう」
JiJi「ワクチンは個人の体を守るだけではなく、社会全体を守るということを、ぜひ知っていただきたい」ヨミンちゃん「ワクチンの力はよくわかりましたわ。JiJiの言うことを実現するために、まず、できることは何かしら…」

 ※ 医療問題をテーマにしていますが、物語はフィクションです。

番外編 現状で出来る「最善」の対応を

 今回は、日本医療学会幹事で東京女子医大名誉教授の高崎健さんによる、連載を振り返ってのまとめです。

 医学の歴史の中で、感染症の予防処置としてのワクチン療法の開発は人類の英知の宝と言っても過言ではありません。その有用性については世界保健機関(WHO)も認めており、感染症の予防対策としては現段階で最良の方法であることは言うまでもないことだと思います。
 しかし、まだ改良が必要な点も残されており、100%理想的な方法とまでは言えないかもしれません。このような状態であっても、出来るだけ効率よく感染症から人を守るためには、不完全さを納得した上で、今できる予防対策を行っていかなければならない事情は、理解していただかなければならないでしょう。

低い接種率

 特定の感染症の予防対策として、接種を公費負担で義務化している国は少なくありません。
 わが国でも1948年に予防接種法が制定され、接種は国民の「義務」でした。しかし、1994年の改定で「義務」から「任意」とされ、接種を受けるか否かは保護者の判断に委ねることになっています。
 その結果、接種率は低下し、多くの子供が、予防接種を受けていれば避けられた感染症に罹っています。
 今回のテーマは接種率を改善するために読者の皆さんの考えを伺いたいと思って選びました。当初はすべての予防接種が公費負担とはなっていないことが接種率の低い理由かと考えていましたが、それ以上に、ワクチンの副反応に対する不安の方が大きな理由であることがはっきりしました。予防接種の効果と副反応についての正確な情報、予防接種の意義が国民に伝わっていないことが大きな問題であると認識を新たにしました。

ワクチンはどのように作られたのか

 紀元前の昔より、感染症の中には一度罹ると二度と罹らない現象があることは知られていたであろうと言われています。この現象を人為的に作れば感染症の予防処置になるだろうという考えでワクチンが作られました。
 1796年、英国の医学者ジェンナーが子どもを実験台にした牛痘種痘法の開発がはじめとされ、その後、細菌学の発展により理論的にも確立された方法となりました。そしてワクチン接種の効果により多くの感染症を防いで来た歴史は、学校教育の中にも取り上げられ、周知の事となっています。

危険性ばかり強調

 ワクチンとして使用される物質は、毒性を弱めた病原体、あるいは何らかの方法で殺菌された状態の病原体(不活化)が、飲み薬や注射などで投与(接種)されます。ワクチン接種により軽い感染を起こせば、それに対して自己防衛の反応としてその病原体に対する抗体が作られます。再びその病原体が身体に入ってきた時には、その抗体で病原体を排除してしまうのです。
 このように、軽いとはいえ感染を起こさせる方法ですので、多少なりとも副反応が起る事があります。特に身体が弱っている人では、本当の感染と同じような状態になることも起こる可能性はあるのです。ただ、副反応が起きる頻度は、極めて小さいものです。
 どのように低い頻度でも、副反応が心配なのでワクチン接種を躊躇(ちゅうちょ)するという、保護者としての率直な気持ちは納得できます。これは現状でのワクチン接種による副反応が起こる危険性に比べ、接種を受けなかったための罹患の危険性は比較にならないほど高いことが、十分に説明されて来なかったという点が問題です。
 また、ごくまれである副反応事例のみを取り上げ、その有用性に関してはあまり扱ってこなかったというメディアの報道のあり方にも問題があったと思います。

集団接種の意義

 予防接種は、個人を感染症から守るための接種と、感染症が人から人へ社会の中に蔓延する事を予防するための集団接種の二つの目的を担っています。
 ワクチンが個人を感染症から守るという医学的な効力について疑いはないでしょう。これと、社会への蔓延を防ぐための強制的な集団接種の効果は、区別して語られなくてはなりません。
 病気の種類、ワクチンの成分の違いなどにより、終生免疫(一生涯働く抗体)が作られるのか、一時的な抗体しか作らないのか、といったワクチンの効果の違いがあります。また、同じ病気であっても、少し違う性質のウイルスが流行するというようなこともあり、集団接種の効率に関しては、今後の研究結果を待たなければならない要素もあるのでしょう。
 しかし、現実の予防策としては、現状で良かれという方法で対応していかなければならないという「妥協」も必要です。社会への蔓延を防ぐことが、当然、個人の感染を防ぐことにもなっているのです。

ポリオワクチン

 今回、特にポリオワクチンに関心が集まっているので少し説明いたします。不活化ワクチンをなぜ早く日本でも使用しないのかという点だと思います。
 歴史的には、日本のポリオワクチンのはじまりは1959年の不活化ワクチンの接種です。しかし、1960年のポリオの大流行に際し、不活化ワクチンでは効果が弱く、1961年に当時のソ連より生ワクチンを緊急輸入して対処したという歴史があります。その後、日本では生ワクチンが予防接種として使われてきました。
 その結果、1980年を最後にして日本では自然感染したポリオ患者は発生していません。WHOも、日本を含む西太平洋地域でのポリオ絶滅宣言を出しました。
 しかしながら、2010年には世界で974人の感染が確認されており、アフガニスタン、インド、パキスタン、ナイジェリアなどでポリオの地域流行が続いています。今日のように世界がグローバル化してきていると、日本だけで「根絶」と言っても安心できる状態ではないのです。
 再び起こる可能性のあるポリオの大発生に対しての生ワクチンの備蓄など多くの問題が未解決であることも知っておかなければなりません。(日本医療学会幹事、東京女子医大名誉教授 高崎健)

番外編 子どもたちを守りたい (2012.1.30)

 小さな命と毎日向き合う小児科の医師は、ワクチンの接種率低迷が続く現状をどう考えているのでしょうか。日赤医療センター(東京都渋谷区)小児科顧問の薗部友良さんに、日本医療学会幹事の高崎健さんが聞きました。 

 高崎:予防接種を受ける割合の低迷が続いています。
 薗部:低迷が続く理由のひとつは、例えば水ぼうそうや、おたふくかぜなどワクチンで予防できる病気で亡くなる人もいるという情報が、あまり知られていない現状があります。
 水ぼうそうの場合、米国で予防接種が始まる前の死亡者数は年間で約100人が亡くなっていました。日本の人口比にあてはめてみると、毎年40人が亡くなっていたことになります。
 米国では水ぼうそうの予防接種が徹底され、亡くなる方は数人いますが、被害はほとんどなくなったと言っていいでしょう。(米国ほど予防接種が徹底されていない)日本は今でも、10人以上が亡くなっているようです。
 ほかに、日本ではおたふくかぜで死亡者が毎年約1人は出ていて、後遺症の難聴も700~800人はいるとみられます。
 本来は、政府からこうした実状が広報されていれば、多くの方はワクチンに関心を持ってもらえると思います。
 高崎:ワクチンで防げる病気で、これだけの方が亡くなっていることが、確かにあまり知られていないようですね。
 薗部:一般の医師でもVPD(ワクチンで防げる病気)のデータを探しにくいのが現状です。行政には説明責任があるので、VPD白書を作り、推定でこれだけの人がVPDの被害に遭っていること、被害をなくすための方策などを毎年出すべきと思っています。
 高崎:現在もある程度は予防接種を受ける人がいるから、(死亡者数などは)そこまで多くはない。これぐらいで抑えられているということですね。
 薗部:もしも患者の数が何倍も多ければ、今の医者の数では全員を診察できません。昔と同じになってしまいます。

 高崎:ポリオは不活化ワクチンへの関心が高まっています。
 薗部:私たちは不活化ワクチンの方が良いと言っています。不活化を早く使えるようにしてほしいと。それができるまでの間をどうするかというと、小児科学会は苦渋の選択で、何もしないのが一番の問題なので生ワクチンを、ということです。
 生ワクチンを短期間やめても大流行はありえませんが、患者が出ないことを保証できません。可能ならば、お金をかけてでも不活化を受けた方がよいでしょう。
 今まで放置してきた厚生労働省の責任ですね。世界中で使われているワクチンが、日本の子供だけが特殊で使えないまま、というのはおかしな話ですよね。
 高崎:不活化ワクチンで終生免疫を得られますか。
 薗部:「終生免疫」とはわかっていませんが、米国では今のところは大丈夫となっています。ただし、ポリオの流行地に行くときは、1回、追加接種を受けることになります。
 高崎:生ワクチンでは犠牲者が出ています。
 薗部:本当に残念ですが、ある程度は仕方のないことです。ただ、リスクのないものはありません。他のワクチンも大変少ないながらリスクはありますが、リスクを上回る大きなメリットがあります。リスクばかりが心配なら、出歩くことも、自動車にものれません。

 高崎:副反応が心配で子どもにうたない方が、ワクチンの意義を知りたい、現状のデータをみたい場合はどうすればいいですか。
 薗部:厚生労働省に働きかけて、国民にわかるようにデータをまとめてほしいといってほしいと思います。
 行政を動かすのは、国民の「すごい声」でしょう。(ポリオの大流行で1961年に)生ワクチンを超法規的に緊急輸入したのは、国民が大きな声をあげたからです。
 高崎:薗部先生が「VPDを知って、子どもを守ろう。」の会の運動をしているのは、やはり臨床の現場で「ワクチンをいうっておけば、こうはならなかった」という実感をもっているからですね。
 薗部:そうです。
 高崎:やはり親に現実を知ってもらえばいいのですね。
 薗部:この3年ぐらい、はしかの被害の報道などで、国民が少し知ってくれるようになりました。お父さん、お母さん向けの本も出版されています。
 子どもたちは日本の未来です。子どもたちをいかに幸せにするかを考えていただきたいと思います。

※ 薗部さんが代表を務める「VPDを知って、子どもを守ろう。」の会。

■ 感染症 ムンプス難聴(2011年12月:朝日新聞の特集)

1 「イヤホン、聞こえない」(2011年12月8日)

 「このイヤホン、聞こえないよ」
 6年前の10月、関東地方に住む大学教員の女性(47)は、当時5歳だった双子の娘(11)の訴えに気がついた。携帯音楽プレーヤーのイヤホンを左耳にあてて騒いでいた。
 双子のもう1人は、「ちゃんと聞こえるよ?」と首をかしげる。変だな、と思いながらイヤホンを右の耳にあててやると、「こっちは聞こえる」と娘は答えた。
 また、中耳炎かな。年に何度か中耳炎を起こしていた。それにしては、あまりにも聞こえが悪すぎる。翌日、近所の耳鼻科医院に連れていき、ヘッドホン型の聴力検査を受けた。
 「左耳、だめになっちゃっているね」と耳鼻科医が言った。カルテで3カ月前におたふく風邪(ムンプス)にかかっていることを確認し、さらに言った。
 「おたふく風邪による難聴ですね」。よくあることだという口ぶりだった。「でも、大丈夫。片方が残っているから。はい、次の人」。耳鼻科医の言葉に、女性はぼうぜんとした。
 双子がおたふく風邪にかかったのは6月下旬から7月中旬にかけて。保育園で大流行していた。双子のもう一人は、6月末、両耳の下がハムスターのようにぷっくり腫れ、39.5度の高熱を出した。難聴を訴え「耳が聞こえない」と騒ぐ娘はその2週間後にかかったが、耳下の腫れも熱もひどくはなかった。
 当時は研究が忙しくて帰宅が遅く、近くに住む実家の母親や病児保育室で娘たちをみてもらうことが多かった。
 娘たちには、出来る限り予防接種を受けさせてきたが、おたふく風邪のワクチンは受けさせていなかった。娘が4歳のころ、予防接種の相談をした小児科のかかりつけ医には「有料なのに効果が低い」「ワクチンで無菌性髄膜炎の問題もある」などと説明され、「受ける意味がない」と受け止めていた。
 薬はもらわなくていいの? これからの治療はどうなるの? 疑問を口に出す前に、耳鼻科の診察室を出された。窓口で尋ねると、事務の女性が答えた。「うちでは何もすることはありません」
 うそでしょう? あぜんとした。

2 異変見逃し、自分責める(2011年12月9日)

 関東地方の大学教員の女性(47)は2005年10月、当時5歳の娘の左耳が聞こえないことに気づいた。近所の耳鼻科医院で「おたふく風邪による難聴のため、治らない」と言われ、目の前が真っ暗になった。何か治療法があるはずだと数日間、病院を訪ね回った。
 娘の訴えから5日目。夫(48)と一緒に小児の専門病院を訪ねた。4カ所目だった。耳鼻咽喉(いんこう)科の女性医師(41)が調べると、やはり聴力の左右差が大きく、左はほぼ聞こえない状態だった。中耳に液がたまる滲出性(しんしゅつせい)中耳炎も患っていた。
 娘の診察の後、所属する学会の会場に向かった。その年の学会賞に選ばれ、授賞式があったからだ。ずっと目指してきた晴れ舞台だった。
 拍手を浴びながら、女性は失意の底にいた。娘の耳の異変に気づくことができなかったのは、自分が仕事に没頭しすぎたせいではないか。自分を責め続けた。
 翌週、小児の専門病院に娘を連れて行き、耳のCT検査を受けた。内耳に奇形はなく、神経にも異常はみられなかった。おたふく風邪を起こすムンプスウイルスの感染直後に上がる抗体価が高くなっていることが血液検査でわかり、「ムンプス難聴」と診断された。ウイルスが血液を通じて内耳に侵入し、音を感じる細胞を壊してしまう病気で、現在の医学では治療法がないとされている。「いい方の耳を大事にして、中耳炎などがあれば早めに治して下さいね」と言われた。
 娘たちが寝静まったあと、インターネットでムンプス難聴に関する国内外の論文を集める日々が始まった。
 だが、わかったのは、ワクチンの接種率が低い日本では、おたふく風邪の流行が繰り返されるが、ワクチンが広く使われているほかの先進国では、患者が確実に減っていることだった。
 流行がなければ、合併症のムンプス難聴の患者も極めて少ない。研究対象にならないのか、情報自体が少ないのだった。日本は「世界標準」だと思っていたが、そうではなかった。
 「国内で治療法がなくても、海外では研究が進み、何か手がかりがつかめるのでは」。そんな期待は打ち砕かれた。

3 予防接種なぜ勧めなかった(2011年12月10日)

 6年前の10月、当時5歳の娘が、おたふく風邪により左耳の聴力を失ったとわかった関東地方の大学教員の女性(47)は、インターネットで国内外の治療情報を集めた。抜本的な治療法が見つからない一方で、ムンプス難聴は、数百人に1人程度の高い割合でかかるという情報もあった。
 十分調べずに、「おたふく風邪の予防接種をしない」と判断した自分を責めた。寝ないでパソコンに向かってばかりいる女性を、夫(48)は「自分を追い込みすぎて、心身を壊してしまう」と心配した。
 近所に住み、娘たちの面倒を見てきた実家の両親も悲しみ「自分の耳を移植できないか」と申し出てきた。娘が寝た後、皆で集まっては泣いた。
 西洋医学で難しいなら東洋医学はどうかと、鍼灸(しんきゅう)治療院も訪ねた。院長の鍼灸師(62)は、「耳がよくなるといいね」と娘を励まし、マッサージで体をほぐして鍼(はり)を打ってくれた。
 週に何日も通ったが、期待した効果は出ず、3カ月ほどで通院をやめた。最後の通院日はクリスマスイブ。院長がサンタクロースに変装し、2段重ねのケーキをくれた。娘たちは大喜び。心遣いがうれしかった。
 年が明け、春になった。女性は、かかりつけの小児科医を久しぶりに訪れた。BCG(結核)、DPT(百日せき、ジフテリア、破傷風)、はしか……。ほとんどの予防接種を、この診療所で受けていた。
 娘が4歳のころ、おたふく風邪の予防接種について相談したときには、積極的に勧められなかった記憶があった。おたふく風邪により難聴になる確率もまれだと聞かされ、結局、予防接種を受けなかった。
 「娘がムンプス難聴になりました」。女性が伝えると、医師は驚き、気の毒がった。しかし、予防接種の相談を受けたことは、覚えていないようだった。「ワクチンの効果と副作用は、医者任せではなく、母親自身が勉強して決めるべきだ」と医師は考えていた。
 ただ医師は、自分の子どもには予防接種をしていた。「自分の子には打つのに、何で人には勧めないの」。腹立たしさでいっぱいになった。

4 10回聞き返し「悲しい」(2011年12月11日)

 当時5歳だった娘(11)が、おたふく風邪で左の聴力を失ったことに、関東地方の大学教員の女性(47)は心を痛めていた。予防接種を勧めなかった医師が、自分の子には打っていたことを知り、憤りも覚えた。
 怒っても、知識不足の自分に後悔しても、聴力は戻らない。せめて、健康な右耳が疲れないように、娘の首から肩をマッサージするのが日課になった。
 その頃、20代でおたふく風邪にかかり、ムンプス難聴と診断された女性のブログを見つけた。患者が集う場を作りたいと、ブログの運営を手伝うことにした。経験が参考になればと、日常生活の工夫や病気に関する情報を伝えた。掲示板には毎週のように新たに書き込みがあった。
 おたふく風邪にかかって1年後の2006年7月。娘の希望で、耳鼻科医院で聴力検査を受けた。やはり、左耳は音への反応がなかった。娘に「(昔の中耳炎治療で)水が抜けたのに、何で耳が聞こえないの?」と聞かれ、女性は、擦り傷に例えて説明した。「痛くなくなっても、カサブタがあるでしょ。耳の中がきれいに治るには時間がかかるんだ」
 「ふうん、治るんならいいんだけどね」。耳を心配するあまり、時々、おなかや頭が痛くなるという。口には出さないけれど、不安だったんだ――。娘を抱きしめ、背中越しに泣いた。「ずっと聞こえないまま」とは、まだ言えない。「大きくなって耳の腫れがひいたら、少しずつ聞こえるようになるよ」と、願望も込めて言い聞かせた。
 翌春、娘たちは近くの公立小学校に入学した。女性は入学時の保護者会などで、担任や親らに「声をかけたときの反応が悪くても、怒らないでほしい」と理解を求めた。教壇の声が右耳からよく聞こえるように、席は左の前列が定位置になった。
 「教室がうるさいと、友達の話が聞こえなくなっちゃうの。10回くらい聞き返したら、『もういいよ』って言われて、悲しかった」
 「名前とか、聞き間違いが多い。どこから呼ばれているかわからなくてきょろきょろする」
 娘のつぶやきに、胸が痛んだ。

5 話聞き取れる塾が楽しい(2011年12月12日)

 「塾がすごく楽しい!」
 関東地方の大学教員の女性(47)の双子の娘たち(11)は、今年の夏休み、そろって進学塾に体験入塾した。勉強に目覚めたのかな、と思って理由を聞き、女性は驚いた。
 塾のクラスの生徒数は4人だけ。講師の話がはっきり聞き取れ、何でも質問できたからだという。5歳でムンプス難聴を発症し、左耳の聴力を失った娘は、学校では授業がほとんど聞き取れていないようだった。板書と教科書から、先生が話す内容を推測するが、質問が聞き取れない。
 「学校でね、『先生がいま言ったこと、当ててみせてね』というとき、『私を指しませんように』って祈るんだ」
 質問したくても「自分だけが聞き逃したのかも」と思うと、聞き返せない。学校生活では「男子が騒いでうるさい」という程度の不満しか言わなかったため、女性は、「ここまで深刻なの」と、動揺した。
 右耳で全ての音を聴いているので、音が来る方向がわかりにくい。混声合唱で歌っているときは、立っている位置によっては自分のパートの音が聞き取れず、頭が痛くなる。小学3年のとき、左後ろから来た救急車の音が聞こえず、ひかれそうになった。デパートやスーパーに長時間いると疲れてしまう。
 音のする方向に右耳を向け無理な姿勢を作るので、首や肩こりが激しく、3週間に1度は整体や鍼(はり)治療に通う。家族旅行でも行く先で耳鼻科にかかれるかどうかを調べて出かける。
 左耳の聴力が再び戻る可能性がほとんどないことに、娘は薄々気づいているようだ。研究が進んでいないのだから、治る可能性もあるかもしれない。だが、そろそろ正直に伝える時期が来たと、女性は感じている。
 女性にとっても、難聴を患った娘にとっても、支えとなっているのが双子のもう一人の存在だ。休み時間や寝る前に不満をぶつけられる相手がいることで、随分と助けられてきた。
 研究職の女性の影響を受けたのか、双子は理科の実験が大好きだ。「将来は、大学の教授になる。ノーベル賞を取りたい」。一人がそう宣言すると、もう一人は、「ママを抜くんだ」と声をあげた。

6 情報編 ワクチン接種が有益(2011年12月13日)

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主な任意ワクチンの種類と防げる病気、深刻な合併症

 感染症から身体を守るワクチンの接種は、国が接種を勧め、公費で負担する「定期接種」と、個人が接種するかどうかを判断し、自費で受ける「任意接種」の2種類にわかれる。
 おたふく風邪ワクチンは、任意接種だ。医療機関にもよるが、5千~1万円ほどの自費負担となる。感染後、治った経験のある人が多いため「うつるのは当たり前」と軽視されがちで、接種率は3割程度。保育園などで流行すると感染は広がる。
 しかし、ムンプス難聴のような治療法のない後遺症に苦しむ人もいる。東京医科歯科大の喜多村健(きたむら・けん)教授(耳鼻咽喉〈いんこう〉科)によると、年間で約650人がムンプス難聴になると推定されている。大人で発症すると、子どもより重くなりがちという。
 欧米の予防接種事情に詳しい斎藤昭彦(さいとう・あきひこ)・新潟大教授によると、先進国のほとんどで、乳幼児に必要なワクチンは自費負担なしで接種できる。「『任意』というと、『してもしなくもいい』という印象。先進国で患者がほぼいない病気が、日本では流行するのは残念だ」と話す。
 ただ、ワクチンによる副作用を心配する保護者は多い。頻度や深刻さはワクチンにより異なるがゼロではない。
 体調悪化がワクチンによるのか、別の原因かわからない場合もある。免疫獲得には個人差もあり、接種しても病気になる場合もある。
 ワクチンを接種せずに病気に感染し、後遺症が出るリスクと、接種して副作用が出るリスクについて、庵原俊昭(いはら・としあき)・国立病院機構三重病院長は「ワクチンを接種しない方が、リスクは高い。ワクチンは100%安全とは言えないが、病気の発症や重症化を防げるためメリットの方が大きい」と話す。
 接種の標準的なスケジュールは、国立感染症研究所の感染症情報センターのウェブサイト(http://bit.ly/9EtjI)のほか、小児科医による「VPD(ワクチンで防げる病気)を知って、子どもを守ろう。」の会(http://www.know-vpd.jp)の情報も参考になる。
 厚生労働省の予防接種部会では、ロタワクチンを除く図の任意ワクチンの定期接種化について検討中だ。

■ 帯状疱疹 後遺症防ぐには~ 早めの受診・しっかり服薬・ゆっくり休養 ~

(2011年11月9日 朝日新聞)
 ピリピリとした痛みから始まり、皮膚に赤い水ぶくれができる帯状疱疹(たいじょうほうしん)。加齢やストレスで誰でもかかる可能性がある病気だが、正しい治療法やケアの仕方はあまり知られていない。後遺症として痛みが長く残ることもある。11月12日(イイ・ヒフ)の「皮膚の日」を前に、最新の治療法や予防法について調べた。

帯状疱疹の説明図.jpg

(グラフィック・下村佳絵)

お年寄り 痛みの慢性化に注意

 帯状疱疹は、痛みやかゆみといった前触れから始まり、4~5日後には同じ場所の皮膚に赤い発疹ができる。この間に痛みは強くなることが多い。発疹はまもなく水ぶくれになり、2週間ほどでかさぶたになる。

◆ ウイルス原因 ◆

 原因は、水ぼうそうと同じ「水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)」。
 水ぼうそうは治った後もウイルスは消えず、全身の神経節に潜んでいる。普段は活動しないが、老化やストレスなどで免疫が下がると再活動して帯状疱疹として発症する。
 「発症の一番のリスクは加齢。50歳から発症が増え、ピークは60歳以降。85歳では2人に1人が発症するというデータもあります」と話すのは、愛知医科大学の渡辺大輔教授(皮膚科)だ。
 国内で帯状疱疹を発症する人の数は年々増加傾向にある。高齢者が増えたこと、また、子どもの数が減ったことで成人後ウイルスに接することが減り、免疫機能が高まる機会が少なくなったことも考えられるという。
 同じウイルスでも水ぼうそうと帯状疱疹では症状の出方が異なる。帯状疱疹では、特定の知覚神経に沿ってウイルスが増える。全身どこにでも出る可能性があるが、胸や背中、顔面、頭部に出る場合が多く、片側にだけ出るのが普通だ。
 痛みは、ウイルスが神経を刺激し、炎症を起こしているために起きる。皮膚がひりひりする程度から、針が刺すような痛みで夜も眠れないという人まで幅があるという。
 治療の基本は抗ウイルス薬だ。ファムシクロビル(ファムビル)、バラシクロビル塩酸塩(バルトレックス)などの薬を使う。重症の場合は入院して点滴治療する場合も。鎮痛剤や副腎皮質ホルモン(ステロイド)、状況に応じて塗り薬が処方されることもある。
 「薬はウイルスを殺すのではなく、増えるのを防ぐもの。ポイントは、ウイルスが少ない早い段階で飲み始め、症状が治まってもきちんと飲み切ることです」と渡辺さん。皮膚に症状が出てから72時間以内に飲み始めるのが理想だ。


◆ 「片側」が特徴 ◆
 しかし、皮膚の症状が出る前は、頭痛や腰痛、耳の病気などと間違えやすい。特徴は片側の痛みなので、その場合は帯状疱疹を疑って、発疹が出たらなるべく早く受診した方がいい。
 帯状疱疹の発症はストレスが絡む場合が多い。渡辺さんは「ゆっくり休むことも大切です」と指摘する。
 抗ウイルス薬を早めに飲むのは、帯状疱疹を早く治すのと同時に、後遺症を予防するためでもある。
 宇野皮膚科医院(東京都世田谷区)の漆畑修院長は「一番多い後遺症は帯状疱疹後神経痛(PHN)と呼ばれる慢性の痛み。帯状疱疹の症状が重かった人、60歳以上の人は特に残りやすいので注意です」。発症から3カ月経っても痛みが残ると診断される。
 発症時に激しい痛みを感じた人、糖尿病の人は、神経の破壊が進みやすく、神経痛が残るリスクが高い。
 こうした神経の損傷に加え、「激しかった『痛みの記憶』が残って、神経痛が残る場合もある。これは心因性の痛みです」と漆畑さん。治療には、抗けいれん薬のプレガバリン(リリカ)のほか三環系抗うつ薬などを使う。今年からは鎮痛薬のトラマドール塩酸塩とアセトアミノフェンを配合した「トラムセット」も国内で使えるようになった。局所に麻酔を注射する神経ブロックを行う場合もある。
 後遺症にはほかに、帯状疱疹が顔に出た場合の顔面神経麻痺や、難聴などの「ラムゼー・ハント症候群」などがある。この場合の治療には眼科や耳鼻科との連携が大切だ。
 帯状疱疹を予防するには、ワクチン接種という方法がある。アメリカでは50歳以上の人に帯状疱疹ワクチンが推奨されている。
 帯状疱疹ワクチンは、日本にはまだないが、水痘ワクチンを使えば同じ効果が得られる。「高齢者は痛みも残りやすいので、ぜひ接種を。50歳でワクチン接種すれば、ほぼ一生、帯状疱疹の予防ができます」と漆畑さんはいう。

(院長のつぶやき)現在、水痘ワクチンの定期接種化が検討されています。水痘の流行を阻止するには、間隔を詰めての2回接種が必要とされています。帯状疱疹は水痘に罹らなければ起こりませんので、水痘のない社会=帯状疱疹のない社会が実現することが期待されます。
 でも、現在の民主党政権では、いつになることやら・・・。

■ 子供の予防接種 「ワクチン手帳」で管理を

(2011.7.13 産経新聞)
 子供の頃に接種したワクチンの種類が分からない-。そんな事態を避けようと、子供へのワクチン接種を進める団体が今月から、「ワクチン手帳」の配布を始めた。海外に行く際など、自分が受けた予防接種を把握しておくと便利な機会は多い。団体では「大人になったら手帳の管理は自分で」と呼びかけている。

◆母子手帳がない

 仙台市の女性会社員(33)は今年初め、衛生状態のあまり良くないアフリカの地方都市に出張することになった。会社から事前の予防接種を求められ、近くの病院を受診したが、「自分が小さい頃に受けた予防接種の種類なんて分からない。はしかや水ぼうそうにかかったかどうかも覚えておらず、とまどいました」と話す。
 子供の頃に打った予防接種は母子手帳に記入されていることが多い。だが、この女性の場合、「母子手帳がどこにあるか分からなくて。実家の母も分からないと言っていました」と、完全にお手上げ状態。
 さらに、検疫所で黄熱病の予防接種を受けたところ、「昭和52年生まれはポリオの抗体保有率が低いので、もう一度受けてください」と言われ、病院を再受診することになった。「同級生も皆、抗体が弱いということですよね? 全く知りませんでした」と驚きを隠せない。
 このほか、当時は1回で良いとされていた予防接種が現在では2回必要になるなど、自身の接種回数や時期を知らないと大人になった後、対応に困るケースは多い。

◆小児科医も消極的

 「欧米では母子手帳のようなものとは別に『ワクチン手帳』があり、高校生になると自分でそれを管理するそうです」と語るのは、日赤医療センター(東京都渋谷区)小児科の薗部友良(そのべ・ともよし)顧問だ。
 薗部顧問が運営委員代表を務める「VPD(ワクチンで防げる病気)を知って、子どもを守ろう。」の会は今月、接種したワクチンの種類や時期を英語と日本語で記入、管理できる「ワクチン手帳」を作成。同会に所属する医療機関などで配布を始めた。
 だが、子供の予防接種をめぐっては課題も大きい。
 「子供を持つ親は『医者なんだから、予防接種についてもきちんと学んでいるだろう』と考えているが、実際には医学部でワクチンの勉強をする機会はほとんどない」と薗部顧問。そのうえ、予防接種の副作用などをめぐり訴訟が起きていることから、現場の小児科医は積極的なワクチン接種に抵抗が大きいという。
 親の間にも「予防接種を受けてもその病気にかかることがある。自然にかかった方がきちんと抗体ができていい」「免疫力を自然に高めるため、薬などは使いたくない」という意見が根強い。
 薗部顧問は「予防に勝る治療法はない。予防接種を受けることは周囲への感染を防ぎ、医療費の削減にもつながる」と主張。子供への予防接種の普及を目指している。

■水痘などは任意接種
 現在、予防接種法などに基づき子供が無料で接種できるのは、DPT(ジフテリア、百日ぜき、破傷風)▽BCG(結核)▽ポリオ▽はしか▽風疹▽日本脳炎-の6種類。水痘(水ぼうそう)やおたふくかぜなどの予防接種は任意(原則として有料)となっている。
 昨年度からは、子宮頸(けい)がんの原因となるHPV▽インフルエンザ菌b型(ヒブ)▽小児用肺炎球菌-の3種について、接種費用が助成の対象となっている。厚生労働省は、水痘などほかの予防接種についても助成の可否を検討している。

■ ポリオワクチン、まひの恐れ除去 来年度にも導入(2011.8.30 産経新聞)

 海外では切り替えが進みつつあるが日本では導入が遅れていたポリオの不活化ワクチン。厚生労働省は、接種によりまれにまひが生じる恐れのある生ワクチンから、より安全性が高いとされる不活化ワクチン導入のため、31日に専門家や患者らで作る検討会の初会合を開く。早ければ来年度中にジフテリア・百日ぜき・破傷風・不活化ポリオの4種混合ワクチンが導入されることから、移行の具体的な時期や方法などについて検討する。

●WHOも警告

 「統計上の発病が100万人に1人でも、まひが起こった人にとっては確率は100%。不活化という安全な代替方法があるのだから、もっと早くに導入するべきだった」
 こう話すのは患者会「ポリオの会」の小山万里子代表だ。生ワクチンは毒性を弱めた生きたウイルスが入っているため、まれに接種でポリオを発症する。WHO(世界保健機関)は生ワクチンを使うと100万人に2~4人の患者が発生すると警告。同会によると、先進国では、ウイルスを無毒化した不活化ワクチンへ切り替えが済み、接種による感染はないという。
 しかし、日本では「国内メーカーの開発が進まない」(厚労省)として生ワクチンを使い続けた結果、ワクチンが原因のポリオ認定患者が平成13年度から10年間で15人、接種者からの二次感染は16年度から7年間で6人出ている。今は不安を感じる親などの要望を受け、海外から不活化ワクチンを独自輸入し、自費診療で接種する医療機関が急増している状態だ。

●世界初の技術

 開発推進の契機は、新型インフルエンザの流行だったという。ワクチンの意義が見直された結果、「ポリオも不活化導入へ流れができた」と関係者。厚労省は昨年、国内メーカー4社に対し開発促進を要望、早ければ今年末から薬事承認の申請が順次行われ、来年度中にも導入の見込みだ。
 導入は遅れたが、国産不活化ワクチンは世界で注目を集めている。現在世界で使われている不活化ワクチンは強毒性ウイルスを無毒化したものだが、開発中の国産ワクチンは、最初から毒性の弱い弱毒性ウイルスを使用しており、実用化されれば世界初となる。
 現在、野生株のポリオが流行しているのはナイジェリアやパキスタンなど4カ国。野生株のポリオが根絶された後のことを念頭に、各国は強毒性ウイルスより安全に扱える弱毒性ウイルスをワクチンに導入したいと考えている。世界に先立つ実用化は、日本のワクチン開発力向上を世界に知らしめると期待されている。

●接種率低下?

 一方、不活化ワクチン導入を前に、現場では混乱も広がっている。不活化ワクチンを扱う「たからぎ医院」(東京都渋谷区)の宝樹真理(しんり)院長は「保護者が生ワクチンの接種を控え、不活化の定期接種化を待つ動きもある」。今春は定期接種の接種率が例年より1割減った自治体もあった。
 国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長は「不活化導入を控えた今、最悪なのは生ワクチンも不活化もどちらもやらず様子を見ること」と指摘。最近では、中国でも複数の野生株ポリオが確認されており、「やらないという選択肢が増えると、いったんポリオを根絶した後に再度流行したタジキスタンのように、海外からウイルスが入ってきた際に広がる危険性がある」と話している。

■ポリオ
 感染すると、数百人から千人に1人の割合でまひが現れる、予防接種法で定められた定期接種の対象疾患。日本では昭和35年ごろに大流行し、最大で年間約5600人が発症したが、緊急輸入した生ワクチンで患者が激減。56年以降、野生株ポリオによる患者発生はない。現在は海外からポリオが持ち込まれるのを防ぐため、予防接種法の対象疾病として、生後90カ月までに2回、生ワクチンの経口接種が定められている。

<参考HP>

(日本小児科学会)

(足立区感染症サーベイランス委員会)
 前項を表にまとめたもの。

(厚生労働省)

(長崎県県南保健所)
 イラストを交えて読みやすくなっています

 モダンメディア 57巻2号2011