ワクチンで予防可能な感染症

ワクチンで予防できる感染症

(2010年7月掲載)

 ここにはワクチンで予防可能な感染症について記載しました。
 WHOは現時点で17種類のワクチンを定期接種にすべしと推奨していますが、日本で実現しているのは7種類だけ。さらに日本では子どもを持つ親に定期接種に関する通知はされますが、任意接種については誰も説明してくれないという寂しい現状です。
 病気に関する知識を持ち、自然に罹るのがよいのか、お金をかけてもワクチンで予防すべきか、考える材料となれば幸いです。ワクチン対象疾患は根治療法・特効薬がない病気が多く(インフルエンザと水痘と結核はありますが)、重症化や合併症による後遺症のリスクは運任せなのです。

任意接種おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)

原因:ムンプスウイルス(RNAウイルス)

※ ムンプスウイルス以外のサイトメガロウイルス、パラインフルエンザウイルス、インフルエンザウイルス、コクサッキーウイルス、エンテロウイルス、HIVでも耳下腺が腫脹することがありますが、これらは「おたふくかぜ」とは呼びません。

疫学:好発年齢は3〜6歳、初春〜夏にかけて流行します。罹っても症状が出ない不顕性感染が1/3程度存在します。

院長のつぶやき)「低年齢ほど不顕性感染率が高く、4歳以上では顕性感染率90%」と教科書には書いてありますが、うなづけますね。お母さんからもらった免疫が無くなるのは生後10ヶ月以降とされていますが、1歳未満の乳児を「おたふくかぜ」と診断した経験はほとんどありません。

※ 日本ではワクチン接種率が10〜20%と低いため流行に歯止めが効かず、一方アメリカでは年間500人以下とほぼ制圧されています。

感染形式:飛沫感染、接触感染
潜伏期間:2〜3週間(10〜21日、平均18日)(12〜25日、通常16〜18日)・・・本により微妙に違う・・・
症状
 唾液腺(耳下腺&顎下腺)腫脹&痛みが特徴です。75%が両側で、腫脹は3日目にピークとなり10日間近く続きます。
 発熱、頭痛、全身のだるさが先にみられることがあります。発熱は必須ではなく、あっても数日です。
 あごを使うと痛いので硬いものが食べられません。酸っぱいものを食べると痛みが強くなります。

※ 年齢による症状の違い:耳下腺の腫脹期間は7〜10日間ですが、一般に年少児では症状が軽く、腫れと痛みだけで発熱を伴わないことも多く、年長児以降では多くの場合発熱や疼痛も強い傾向があります(成人では10〜14日間腫れます)。

合併症
難聴(「1000〜3000人に一人」と少なくありません):高度の感音性難聴。難聴出現時、40〜45%に耳鳴りやめまいを伴います。片側性が多い(両側性は14〜15%)ので気づきにくく、残念ながら治療法はありません。年齢が高いほど合併するリスクが高くなります。

指こすりテスト(難聴チェック):おたふくかぜに罹ったら、1日1回耳の側で指をこすり聞こえるかどうか確認しましょう(2週間くらい)。

<参考HP>「ムンプス難聴の部屋」(患者さん団体のHP)

髄膜炎(3〜10%):頭痛、嘔吐、項部硬直など。髄液細胞数の増加は50%と高率です。予後は良好です。
脳炎(0.02〜0.3%):意識障害、けいれんなど。後遺症を残し、予後は不良です。
精巣炎(睾丸炎):思春期以降では25%と高頻度で、両側の睾丸が腫れる頻度は10%です。不妊症になるのは、実は極めてまれです。ムンプス睾丸炎合併者の1.5%に睾丸癌の発症をみます。
・乳腺炎(成人女性で15〜30%)、卵巣炎(成人女性で5%)
・その他(まれ):関節炎、甲状腺炎、糸球体腎炎、心筋炎、心内膜線維弾性症、血小板減少、小脳失調症、横断性脊髄炎、上行性多発性神経根炎、膵炎(耳下腺腫脹前4〜8日目に腹痛・圧痛などの症状を生じ、1週間程度で自然治癒する)

★ まぎらわしい反復性耳下腺炎
 おたふくかぜと区別が難しい病気です。
 何回も耳下腺が腫れますが、数日で治ってしまうことが多いのが特徴です。
 腫れる度におたふくかぜに準じて園・学校を休まなくてはならないので、繰り返す場合は血液検査でムンプスウイルスの抗体価チェックをお勧めしています。どれか本物であれば抗体価が上昇しており、それが確認できれば、それ以降は耳下腺が腫れても「おたふくではない」と判断できるので、隔離の必要がなくなります。
※ おたふくかぜに罹るのは一生に一回だけです。片方の耳下腺しか腫れなくても1回です(おばあちゃんは「片方しか腫れなかったからまた罹るよ」と言いますが、医学的にはあり得ません)。

治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)

※ 痛くて食べられないときは小柴胡湯加桔梗石膏という漢方薬が効きます(ただし飲めればの話)。

予後:(脳炎・難聴の合併がなければ)後遺症無く治ります。
予防
・予防接種(生ワクチン):有効率80〜90%
・接触した際の緊急予防接種:効果は期待できません。理由は、発症前の潜伏期から感染力があり、また不顕性感染者からもうつるので、流行中はいつ接触したか特定できないからです。さらにワクチン株の増殖スピードが遅いため、ワクチン後の免疫誘導時期が麻疹ワクチンや水痘ワクチンに比べて遅いことも指摘されています。
感染力のある期間
 前述の通りウイルスは発症2〜3日前から耳下腺腫脹開始後5日頃まで唾液に排泄されます。さらに不顕性感染者もウイルスを唾液腺から排泄しています。耳下腺腫脹が無くなり、顎下腺のみ腫脹が残っているときは唾液からウイルスは分離されません。尿中へのウイルス排泄期間は唾液中への排泄期間より長期間です。
隔離期間
・日本:耳下腺の腫れが消失するまで
・米国:9日間

※ 症状出現後に登校停止措置を行っても流行を早期に消退させることは困難です。流行を避けたいなら集団生活の単位でワクチンを接種する以外に方法はありません。

院長のつぶやき)日本の隔離期間の設定は「主要症状が消退するまで」とか「感染力が無くなるまで」とアバウトな表現が多く、現場に責任を押しつけている感があります(逆に医師の裁量を認めているとも取れますが)。一方、アメリカの基準は医学データに基づき明確に数字で表されており、大変参考になります。

任意接種みずぼうそう(水痘)

原因:水痘・帯状疱疹ウイルス(DNAウイルス)
疫学
・冬から初夏にかけて多く、秋には減少します。
・感染力は麻疹、百日咳に次いで強く、基本再生産数(一人の患者が周囲に感染させる人数)は約10、家族内発症率は80〜90%とされています。
・患者の90%以上は10歳未満の子どもであり、1〜5歳での感染者を多く認めます。
・高齢者では水痘の再感染・再罹患も起こることがあります(!)が、ふつうは軽く済みます。
・帯状疱疹も感染性がありますが、感染力は水痘より低いと考えられています。
感染形式空気感染、飛沫感染、接触感染
 感染源は水痘・帯状疱疹の水疱液と水痘患者の気道分泌物です。

水痘疹内の水疱液で感染する?しない?
 実は本によってまちまちです・・・。
 基本的には水痘の発疹形成は血流由来のものです。シャワーの可否については、もし水疱液内のウイルスが排泄されてもウイルスは石けんの界面作用に弱く、また洗い流しにより疱疹の皮膚病変から二次性に新たな疱疹をつくることは考えにくいとされています。

潜伏期間:10日〜20日(通常13〜17日、14〜16日との記載も)
症状
水痘疹:はじめは胸・背中に赤い斑点が出現し、全身へ広がると共に、一個一個が大きくなると真ん中に水疱を作り、その後黄色っぽくなり(膿疱化)、1週間〜10日間くらいで全てかさぶたになります。
 水痘疹は体に多く、顔面・四肢に少ない傾向があり、数はふつう200〜300個になります。
 丘疹→水疱→痂皮の順で治っていきますが、同一部位に各過程の発疹が混在することが特徴です(他の病気との鑑別に重要)。

※ 水痘生ワクチン接種者が罹った場合は、皮疹が水疱を作らないことがあり、かえって診断が難しくなることがあります。しかし水疱を作らなくても、治るときはかさぶたになります。

発熱:必須ではありませんが、発疹出現前に発熱や倦怠感が出ることもあります。成人では発疹より発熱が先行する傾向があります。
合併症
 成人が罹ると重症化しやすい傾向があります。
□ 細菌の二次感染(〜5%):
伝染性膿痂疹(=とびひ・・・見た目がすごくなります)、
蜂窩織炎(局所の腫れ)・・・原因菌はレンサ球菌、黄色ブドウ球菌が多いとされています。
※ 小児の劇症型A群溶連菌感染症の高いリスク因子は水痘罹患です(15〜30%)。
□ 中枢神経合併症(0.01〜1.5%):
脳炎(2.7人/1万人、あるいは1/33000)、成人に多い
脳症(Reye症候群)・・・下記参照
急性小脳失調症:(1/4000)予後(回復具合)は悪くありません、
脳梗塞(1/6500人)
髄膜炎
脊髄炎
顔面神経麻痺(まれ)
□ その他;
肺炎成人水痘患者の約15%、ウイルス性>細菌性
心筋炎(まれ)
肝炎
□ 胎内感染:
・妊娠第1・三半期に感染 → 妊娠20週までに罹ると約2%に水痘胎芽症(先天性水痘症候群):皮膚瘢痕、骨と筋肉の低形成、白内障、脳奇形、眼奇形、小頭症、精神発達遅滞など。
・妊娠第2・三半期に感染 → 体内で治癒し、出生後乳幼児期に帯状疱疹を発症することがあります。
周産期水痘(新生児水痘):出産14日(5日との記載も)前から出産2日後の間に水痘を発症した場合は、新生児は移行抗体がないために重症化し、集中治療が必要です。
治療:抗ウイルス薬:アシクロビル(商品名:ゾビラックス、ビクロックス他)を80mg/kg/日、分4
・・・発症後3日(72時間)以内に使用すると軽症化が期待できます。

※ 解熱剤としてアスピリンを使用すると急性脳症(Reye症候群)を発症するリスクが増加します(↓)。

Reye(ライ)症候群
 水痘罹患中にアスピリン系薬剤を服用した小児に起こることがある急性脳症です。PL顆粒もアスピリン系のサリチルアミドを含んでおり、危険です(でも未だに内科開業医・当番医で処方されることがあるので注意!)。

院長のつぶやき)すべての患者さんに抗ウイルス薬は必要?
 水痘は皮疹は目立つものの、重症化はまれで自然に治る病気でもあり、全ての患者さんに抗ウイルス薬が必要かどうか、今でも議論されています。ちなみにアメリカの小児科学会のガイドラインでは、健康な子どもへ一律に治療薬を使用することを勧めていません。

予後
・ふつう1週間くらいで自然治癒します。
・死亡率・・・1/10万人(1〜14歳)、2.7人/10万人(15〜19歳)、25.2人/10万人(30〜49歳)

※ 白血病などの免疫不全状態では高率に生命の危険を伴います。

予防
□ 生ワクチン;1974年に日本で開発され、1987年から任意接種されています。
・感染予防:1歳以降、有効率8割(残りの2割は罹りますが軽く済みます)。

※ 水痘ワクチンを受けた健康な子どもから周囲のヒトにワクチン株が感染することはありません。

・緊急接種:患者と接触後72時間以内にワクチンを打てば、発症や重症化を防ぐことができます。
□ 抗ウイルス薬(アシクロビル)の予防投与:接触時期から予測される発症日の7日前から7日間、あるいは接触後8〜9日目から5日間内服(40mg/kg/日・・・治療量の半分)することにより発症阻止〜軽症化が可能です。
感染力のある期間:皮疹が出る2日前から水疱がすべて痂皮化するまで。
隔離期間:全ての水疱がかさぶた(痂皮)になるまで。
生活指導:シャワーは可。洗う際は強くこすらず洗い流す程度にして、シャワー後はタオルを押し当てるようにして水分を拭き取りましょう。
 湯船につかるのは二次感染予防の点からすべての発疹が痂皮化してからにしましょう。

帯状疱疹
 皮膚のある部分に帯状に限局して水疱ができる病気で、実は水痘と同じウイルスの感染症です。水ぼうそうは罹って治った後も、ウイルスは排除されずに神経の一部(脊髄後根神経節)に潜んでいます。そして体力が落ちたときに、ここぞとばかりに表に出て症状を現すのです(再活性化)。
 ヒトの約20%が生涯に帯状疱疹に罹り、再罹患は5%以下で3回罹患はほとんどありません。
・高齢者の帯状疱疹:患者の約半数が60歳以上であり、その50〜75%が帯状疱疹後神経痛(帯状疱疹治癒後も3ヶ月以上残る疼痛)を合併します。
・小児の帯状疱疹:小児では帯状疱疹罹患中に神経痛を訴えることは少なく、帯状疱疹に神経痛が先行することは極めてまれであり、後遺症としての神経痛が問題となることはほとんどありません。なお、妊娠第3三半期の母親の水痘と乳児期水痘罹患は小児期帯状疱疹罹患の危険因子です。
・隔離は必要?
 学校保健法では帯状疱疹患者の隔離期間について記載はありません。空気感染はせず、接触感染なので、皮疹部をガーゼなどで覆うことができれば出席停止にする必要はありません(顔面にできたり、まれながら全身にできる場合は出席停止もやむを得ません)。
・ワクチン株でも帯状疱疹になる?
 水痘ワクチン接種後、健康な子どもの場合はワクチン株により帯状疱疹が引き起こされることはほとんどありません

院長のつぶやき)主に中年以降の病気であり、昔は子どもではめったに見かけませんでしたが・・・最近ときどきいるのですよねえ。子どもの免疫力が落ちてきた?

水痘・帯状疱疹と免疫不全者
 白血病などの免疫不全状態では水痘は重症化し命に関わる病気です。健康な子どもと状況が異なることを理解する必要があります。特殊な状況例を列記しました;
・水痘ワクチンは当初免疫不全状態の患者さんを対象として開発されました。
・免疫不全状態では水痘ワクチン接種後、感染源になることがあります。
・免疫不全状態では水痘ワクチン接種後、ワクチン株による帯状疱疹が出現することが報告されています。

任意接種細菌性髄膜炎(肺炎球菌とヒブ)

どんな病気
 細菌が血行性に脳の髄膜に達して炎症を起こし、ダメージを与える重い病気です。抗生物質が発達した現代でも発症すると重症化は避けられず、治療を尽くしても1/3は死亡〜後遺症が残ります。
 この項目は主に乳幼児期のヒブ・肺炎球菌による髄膜炎について記載します。

※ 近年主な原因菌(ヒブ、肺炎球菌)に対するワクチンが相次いで開発・認可され、予防できる時代となりました。日本ではヒブワクチンは2008年12月、肺炎球菌ワクチンは2010年2月に任意接種扱いで開始されました。

細菌性髄膜炎とウイルス性髄膜炎の違い
 細菌性髄膜炎は一刻を争い、命に関わる重い病気です。一方、同じ髄膜炎という名前でも、ウイルス性髄膜炎は重症化することなく自然治癒する軽い病気で、おたふくかぜに合併する髄膜炎が代表例です。

原因:全体として・・・
ヒブ(※):60〜70%
肺炎球菌 :20〜30%
※ 正式な名前は「インフルエンザ菌タイプb」

年齢層により原因菌は異なります
新生児〜生後3ヶ月: GBS(B群レンサ球菌)、大腸菌、黄色ブドウ球菌、リステリア菌
乳幼児期: ヒブと肺炎球菌が中心
年長児〜青年期: 肺炎球菌、ヒブ、髄膜炎菌
成人: 肺炎球菌、髄膜炎菌
高齢者(50歳以上): 肺炎球菌、グラム陰性桿菌、リステリア菌
※ 日本では諸外国と比べて髄膜炎菌の頻度が低いことが特徴です。

疫学
・5歳未満が全体の半数以上を占めます。
感染形式:飛沫・接触感染により咽頭炎・中耳炎・副鼻腔炎を起こし、その細菌が脳の髄膜(くも膜・軟膜)に血行性に侵入して炎症を起こします。

※ 実はヒトの喉や鼻の奥にふだんからいる当たり前の細菌ですが、体の奥に入り込んで増殖すると病原性を発揮します。

潜伏期間:不定
症状:一刻を争う病気ですが初期の診断は困難です。
発熱、嘔吐、頭痛、不機嫌で始まり、
進行すると意識障害、けいれん(※)が出現します。
乳児では「ぐずる」以外、症状が不明瞭なことがあります(not doing well)。
急速に悪化する敗血症型、電撃型もあります。

熱性けいれんと髄膜炎によるけいれんの違い
 熱性けいれんは発熱初期の上がりはじめに多く、ふつう5分以内に治まり意識も戻ります。髄膜炎によるけいれんは、発熱当日には少なく、長く続き、繰り返し起こり、意識が戻りにくい傾向があります。

合併症
硬膜下水腫、脳膿瘍、脳梗塞、等
後遺症(20〜30%)として水頭症、難聴、麻痺、てんかん、発達障害、等
治療:入院の上、有効な抗生物質を点滴で10〜14日間投与します。また、重症度に応じて全身管理が必要です。

薬剤耐性菌問題
 本来は必要のないウイルス性の風邪などに抗生物質が大量に使われた結果、薬が効かない耐性菌が増えてきて、いざ必要な中耳炎・肺炎・髄膜炎に使いたいときに効かない、という自分の首を真綿で絞めるような現象が社会問題化しています。

予後死亡率:5〜20%、後遺症残存率:30%
 日本では一年間に約1000人の子どもが細菌性髄膜炎に罹り(ヒブ600人、肺炎球菌200人)、2つの菌による髄膜炎でなくなる子どもは約50名です。

※ 未治療であればほぼ100%死亡する恐い病気です。治療を尽くしても重症化は避けられません。

予防:ワクチン
・ヒブ:2009年から日本で接種可能(当初は供給量が少なく、小児科開業医ではひと月に3人分しか手に入りませんでした)。任意接種なので本来有料ですが2011年から公費補助が始まりました(早期の定期化が望まれます)。
・肺炎球菌:2010年から日本で接種可能。こちらも任意接種(同上)。肺炎球菌ワクチンは中耳炎を予防する可能性も報告されています。

(準備中)

原因
疫学
感染形式
潜伏期間
症状
合併症
治療
予後
予防
隔離期間

【任意接種】季節性インフルエンザ

<ポイント> ・・・当院待合室に置いてあるプリントの内容です;

◆ キーワードは「重症」「流行」「反復」
重症
 インフルエンザは発熱・咳だけでなく、頭痛・関節痛・筋肉痛など全身がとてもつらい病気です。同じ熱でも他の風邪とはグッタリ感が違い、子どもが熱でうなされることもしばしば。親としてかわいそうで見ていられません。
 乳幼児はこじれて気管支炎・肺炎を合併し、入院が必要になることもあります。
流行
 毎年12月頃から流行が始まり、1〜2月をピークに3月まで流行します。一口にインフルエンザといってもA香港型、Aソ連型、B型の3種類あり、これらが波状攻撃してきます。つまり、ひとシーズンに複数回罹る可能性があるのです。
反復感染
 一般にウイルス感染は一生に一回しか罹りません(例:水痘、おたふく)。インフルエンザはウイルスが原因なのになぜか何回も罹ってしまいます。それは、ウイルス自身が車のマイナーモデルチェンジのように毎年少しずつ変化する珍しい性質を持っているからです。
 乳幼児は毎年のように罹り、大人でも3〜5年に一回は罹りますね。
◆ 治療:タミフルについて
 インフルエンザウイルスの増殖を抑えるタミフルが数年前に登場し、それまでの対症療法から根治療法へと発展しました。発症から48時間以内に内服を開始すると約1日早く解熱し、合併症も減らすことが期待されます。
 しかし、副作用としてタミフル内服後の異常行動も報告されています。2007年に飛び降りによる転落死・骨折例が発生し、厚生労働省は3月に「原則的に10歳代にはタミフルの使用を控える」と発表しました(因果関係は証明されていません)。
 以上より、タミフルは1〜10歳未満の小児で重症感があるときに使用する、というスタンスになりつつあります。
※ 抗生物質は無効です(細菌をやっつける薬なのでウイルスであるインフルエンザには無効)
◆ インフルエンザ脳症について
 インフルエンザ発症後1〜2日で意識障害・痙攣などの神経症状が進行し、重症化する合併症です。死亡率約30%、後遺症が残る率約30%という怖い病気です。
 インフルエンザ脳症を100%予防する方法はあるでしょうか?
 残念ながら「これだ!」という魔法はありません。タミフルでも無理らしい。
 唯一期待できるのは「ワクチンを接種してインフルエンザに罹からないようにする」ことです(罹らなければ合併症としての脳症のリスクはゼロ!)。しかし、残念ながらワクチンの効果は完璧ではなく、接種後インフルエンザを発症して脳症に至ったケースも報告されています。

・・・では、少し詳しく・・・

原因:インフルエンザウイルス。直径100nmのRNAウイルス。
 近年の流行株は、「A香港型」「Aソ連型」「B型」の3種類です。

※ 2009年春に発生した新型インフルエンザは現時点では「パンデミックH1N12009」と呼ばれています(WHO)。

疫学
・毎年冬季に流行を繰り返し、人口の5〜10%が罹ります(計算すると日本では600万〜1200万人)。
・死亡者の大多数は高齢者であり、毎年数千人〜数万人が死に至ります。
感染様式:接触・飛沫感染(空気感染の可能性も指摘されています)
潜伏期:24〜48時間
症状

※ A香港型が一番重く典型的で、Aソ連型は比較的軽症、B型はやや異なります。

・突然の高熱から始まり、咽頭痛、頭痛、関節痛、倦怠感など全身症状が強く出ます。
・3日前後で解熱しますが、その頃から鼻漏・咳嗽など呼吸器症状が目立ってきます。
・嘔吐や下痢などの消化器症状は少ない傾向があります。
・完全な回復、体力が元に戻るまでには1〜2週間かかります。

<子どもの症状の特徴>

 学童以降では大人と同じ上記症状を呈することが多いのですが、低年齢では全身症状は比較的軽く呼吸器症状が中心となる傾向があります。また、二峰性の発熱(3日前後で解熱傾向になった後、再び発熱する)をみることも多く、合計1週間ほど発熱が続くこともあります。

<B型の症状の特徴>

 一般的症状の他、足の筋炎(痛くて歩けない)が合併することがあり、また嘔吐・腹痛などの胃腸症状月良く出る傾向があります。
検査
 病院・開業医院では「迅速診断キット」が使用可能です。咽頭ぬぐい液・鼻腔ぬぐい液・鼻汁吸引物を用いて15〜20分程度で結果が判明する検査です。A型とB型は区別できますが、Aソ連型・A香港型・新型の区別はできません。

※ 症状は典型的でも20%は違う感染症であったとの複数の報告があります。

合併症
<乳幼児>
・熱性けいれん
・中耳炎
・筋炎:B型に多く合併します。
・急性脳症「インフルエンザ脳症」(次項参照)
<高齢者>
・肺炎
治療抗インフルエンザ薬が有効です。
・ノイラミニダーゼ阻害薬:オセルタミビル(商品名:タミフル)、ザナミビル(商品名:リレンザ)
 A型(新型を含める)とB型に有効です。

耐性ウイルス:出現頻度は当初少ないと云われていましたが、2008-2009年シーズンでは一部の地域でAソ連型の耐性化が高率に発生し問題となりました。

・M2蛋白阻害薬:アマンタジン(商品名:シンメトレル)・・・小児適応はありません。

幼児用PL顆粒に注意!
 インフルエンザと水痘患者にアスピリンを投与すると「ライ症侯群」という急性脳症の発生リスクが増えることが判明し、アメリカではアスピリンと類似薬のサリチル酸系薬物の投与は禁止されています。
 日本では類似薬のサリチルアミドを含む幼児用PL顆粒が未だに使用されている現状があり注意が必要です。アセトアミノフェン(商品名:アンヒバ座剤、アルピニー坐剤、カロナール、コカール)が一番安全とされています。

(院長のつぶやき)特に休日当番医の際に開業小児科標榜医(もともと小児科専門医でない他の科の医師が「子どもの患者も診ます」と標榜すること)での処方が目立ちます。医師がこのレベルですから、悲しくなります。患者さん側が知識も持って「自分の子どもを薬の副作用から守る」という認識が必要な時代と考えましょう。

予後:合併症が無ければ1週間で回復します。
隔離期間:「学童では解熱後2日間、乳幼児では3日間の隔離が必要」です。
インフルエンザウイルスは発病後、喉から3〜5日間排泄されますが、乳幼児ではさらに長く1週間以上も排出されることがあります。
予防
① 不活化ワクチン(現在の日本で使用されているもの)
 有効率は最高70〜90%ですが、幼児では50%と低い傾向があります。これは、ワクチン接種量が日本ではアメリカより少なく設定されていることが大きな原因です(2010-2011年シーズンにはアメリカと同量になる予定です)。
 また、B型の有効率は60%(幼児では20%)とA型より低い傾向があります。

日本小児科学会による季節性インフルエンザワクチンに対する見解(2004年)

「1歳以上6歳未満については、インフルエンザによる合併症のリスクを鑑み、有効率20〜30%であることを説明した上で任意接種としてワクチン接種を推奨することが現段階で適切な方向である」(上記より抜粋)

 一方、アメリカでは乳幼児でも50%のワクチン効果は認められるとして、生後6ヶ月〜6歳までの子どもは高齢者と共にワクチン接種が推奨されています(多くは無料)。

※ 「学童集団接種」の評価の推移
 日本では1960年代から約30年間にわたり、学童へのワクチン集団接種を行っていましたが、1990年代に「流行を防ぐ効果がなく、むしろ副反応が問題だ」として中止するに至りました。
 しかし近年、「集団接種はやはり有効だった」と再評価されつつあります。1970〜1980年代のインフルエンザ流行期に伴う高齢者の死亡数(統計学的に「超過死亡」と呼びます)が低く抑えられていたと解析されたのです。
 さらに、学童の兄弟である乳幼児の重症化も防いでいたと評価されています。
 確かに、老人ホームや介護施設で高齢者の死亡が話題になり社会問題化したのは集団接種が中止となった数年後からと記憶しています。また、乳幼児の「インフルエンザ脳症」が問題になったのも中止後の1990年代ですね。

② 生ワクチン(日本では未導入)
 鼻から噴霧するタイプのワクチンで、弱毒化したウイルスを感染されることにより免疫をつける方法です。効果は抜群で、アメリカのデータでは、健康小児の有効率:A型95%、B型91%と驚異の数字。アメリカでは5歳以上50歳以下で使用されていますが、日本では認可されていません。

インフルエンザ脳症

役に立つHP:「インフルエンザ脳症ガイドライン」(厚労省)

 乳幼児にまれにみられるインフルエンザの合併症です。
疫学
・日本では毎年100〜500例が発生しています。
・タイプ別頻度はA香港型>Aソ連型・B型です。
・年齢は5歳以下の乳幼児(特に1〜3歳)が多くみられます。
症状
・発症は急激:発熱から1日以内の神経症状(けいれん、意識障害)の出現が80%です。
・初期に熱せん妄様の意味不明な言動が20〜30%にみられ注意すべき症状です。
・重症化すると全身が冒され、多臓器不全の進行により肝不全・腎不全・DIC(播種性血管内凝固症候群)などの症状が出ます。
治療:(ガイドライン参照)
・抗ウイルス薬
・ステロイド・パルス療法
・γグロブリン大量療法
・その他:脳低体温療法、血漿交換療法、シクロスポリン療法、アンチトロンビン-Ⅲ大量療法など。
予後:死亡率30%(ただし近年治療の進歩で漸減傾向)、後遺症が残る率25%。

鳥インフルエンザ

 2003年に発生した鳥インフルエンザは(H5N1)は東南アジアで流行し、その後全世界に感染が拡大しています。鳥インフルエンザはふつうヒトには感染しませんが、H5N1に感染したニワトリに濃厚接触した場合は例外的にヒトへの感染が起きています(ヒト-ヒト感染を疑わせる例も散見されますが流行には至っていません)。
 発症した場合の死亡率は50%以上と極めて高率です。
 現在も世界の一部で感染例は散発しており、今後も注意深い監視が必要です。

【任意接種】新型インフルエンザ

定期接種百日咳

原因:百日咳菌
疫学
 百日咳ワクチンがなかった時代には日本で年間10万人以上罹り、その10%が死亡していましたが、ワクチン開始後感染者は激減しました。
 その後、ワクチン接種前〜開始頃の乳幼児の感染者が目立ち、近年は10歳未満が95%(1歳未満が7.5%)でしたが、2002年以降は約50%が10歳以上の患者であり、社会問題化しています。
 これによりワクチンの効果が一生持たないことが判明し、追加免疫の必要性が認識されつつあります。
 一方WHOによると、世界の百日咳患者数は未だに年間2000〜4000万人(!)と多く、その約90%は発展途上国の子どもであり、死亡数は20〜40万人と報告されています。
感染形式:飛沫感染
潜伏期間:5〜21日(7〜10日が多い)
症状

カタル期(1〜2週間)・・・始まりは咳・鼻汁(ふつうの風邪と区別は不可能です)。
痙咳期(3〜6週間)・・・約2週間後、乾いた咳が悪化して夜間の「咳発作(※)」が出現し、これが数週間続きます。新生児〜生後半年までの乳児では「無呼吸発作」が起こり入院が必要になることがあります。
回復期(6週間以後)・・・その後数週間かかって回復していきます。

※ 乾いた咳が5〜10(〜30回)連続し(staccato)、顔が真っ赤になり呼吸が苦しくなり、咳込み後に息を大きく吸うとき笛のような音がします(whoop)。翌朝顔がむくんでいたり目のまわりに点状出血がみられることもあります。

 この特有な咳は菌自体ではなく百日咳毒素などの種々の生物活性物質が関与すると考えられています。したがって、百日咳治療は、特有の咳を抑えると云うより「除菌」が主な目的となります。

非典型的な百日咳
 DPTワクチン接種児は非典型的な経過をとります:咳の持続は約4週間、典型的な症状は6%のみで「感染源」となることが問題になります。成人の百日咳も非典型的な経過をとり、診断が困難です。うつされて重症化し犠牲になるのは乳児なので、成人用3種混合(Tdap)の導入など対策が必要とされています。
回復期にほかの風邪を引くと、あの咳発作が蘇る!
 発症後数ヶ月が経過して咳発作から解放されたところに、ほかの風邪を引くとまたあの苦しい咳発作が蘇る傾向があります。気道の過敏状態が残っているためです。
合併症
・肺炎:12%
・けいれん:1.4%
・脳症:0.2%

生後2ヶ月以内の乳児は重症化しやすい傾向があります・・・肺炎25%、けいれん3%、脳症1%。

診断診断基準2008(案)
治療
抗生物質(マクロライド系)・・・ただし、痙咳期に入ってから開始してもあまり効きません。感染源対策としては意味があります。通常、治療開始後5〜7日で百日咳菌は陰性化します。
予後:入院率63%、死亡率0.8%(大半を占めるのは1歳未満、とくに生後6ヶ月未満の乳児)
予防:予防接種(DPTのなかの「P」)を4回

小児期に接種したDPTの効果は10年くらいで無くなってしまいます。アメリカではこれに対して新しく調整したワクチン(百日咳ワクチンとジフテリアの抗原量を減らした思春期・成人用のTdapワクチンを2006年から導入済み)

感染力のある期間:菌の排出は咳の始まりから約3週間続きます(有効な治療により短縮可能です)。
 ワクチン未接種の乳児では6週間にわたり菌が検出されることもあるとされています。
 二次感染率は80%を超えると云われています。
隔離期間:特徴的な咳が無くなるまで出席停止

<参考>

アメリカ小児科学会が推奨する感染管理法
・患者との接触者でDTPワクチン1〜2回接種者は追加接種
・家族内や保育施設内の濃厚接触者はエリスロマイシン14日間内服
・医療従事者も接触後21日間は咳などの症状に注意し、咳が出始めたら培養検体採取後、抗菌薬内服を開始

百日咳ワクチンの歴史
 百日咳ワクチン(P)は1950年に予防接種法に定められ、単味百日咳ワクチンとして接種されました。1958年:予防接種法が改正され、ジフテリア(D)と混合されたDP二種混合ワクチンとして使われました。
1968年:破傷風(T)を含めたDPT3種混合ワクチンとして定期接種に組み込まれました。ワクチン接種率の上昇に伴い患者数は減少し、1971年には年間206例と、当時日本は世界で最も罹患率の低い国の一つとなりました。
1970年代:DPTワクチン、とくに全菌体を使っていた百日咳ワクチン(全菌体ワクチン、whole cell vaccine)によるとされる脳症などの重篤な副反応発生が問題となり、
1975年:百日咳ワクチンを含む予防接種が一時中止となりました。その結果m1979年には年間の届出が13000例と急増し、死亡者は20〜30例と報告されました。
1981年:全菌体ワクチンから感染防御抗原だけを精製し、菌耐性分を除いた無細胞ワクチン(acellular vaccine)が開発され、この年に無細胞百日咳ワクチン(aP)を含むDPT3種混合ワクチン(DTaP)が導入され、安全性と有効性が両立し、再び接種率が向上しました。

定期接種はしか(麻疹)

原因:麻疹ウイルス(RNAウイルス)
疫学:初春から夏にかけて流行。
好発年齢:麻疹ワクチンが行われていなかった時代の発症者は1歳過ぎの幼児が中心でしたが、現在は思春期〜若者、1歳未満の乳児です(2008年からのMRワクチン2回接種により将来は1歳未満だけになると予想されます)。
感染形式空気感染(ウイルス感染症で一番感染力が強い)&飛沫感染&接触感染
潜伏期間:10〜14日間、7〜18日(通常14日)
症状:不顕性感染はほとんどなく、ほぼ100%発症します。

カタル期(2〜4日):咳、鼻汁、発熱で始まり結膜炎を合併します・・・この時点では風邪と区別できません。
コプリック斑:カタル期後半から発疹期前半(合計2日間程度)に口内粘膜にみられる白いつぶつぶで、麻疹と診断する有力な根拠となる所見です。
発疹期(3〜4日):発熱4日目頃に一旦半日ほど解熱しますが、ほどなく再度高熱となり、発疹が顔・首のまわりに出現し全身へ広がり手足の先に到達するまで高熱が続きます。この間ひどい咳も続きます。
回復期(約5日):発疹が全身に広がりきると解熱しはじめ、発疹は褐色の色素沈着を残して消えていきます(これも麻疹の特徴)。

【特殊な臨床経過】

修飾麻疹 ・・・医師泣かせの病態
 麻疹に対する免疫が不十分ながらも体にある状態(※1)では典型的な症状が出ないことがあります(※2)。これを「修飾麻疹」と呼びますが、本人は軽症でも感染源になるので医師泣かせの病態です。

(※1)お母さんからもらった免疫が残っている乳児期前半、γ-グロブリン投与後、2次性ワクチン効果不全、等
(※2)潜伏期が長い、コプリック斑が見られない、発熱や発疹が軽い・・・何でもありなので診断困難!

重症出血性麻疹(内向型麻疹):
 細胞性免疫が低下している人に見られる病態です。発疹の急速な消退と呼吸困難、チアノーゼなどの一般状態の急速な悪化を認め、しばしばDIC(播種性血管内凝固症候群)を合併して死亡します。
異型麻疹不活化ワクチン(現行ワクチンは『生ワクチン』です)を接種したことのあるヒトが、麻疹に罹患したときに発症します。中和活性のない抗体による免疫反応とされています。4〜7日間持続する高熱、肺炎の合併、出血性発疹が出現します。
合併症
 麻疹に罹ると免疫力が低下し、元に戻るまでに治癒後1ヶ月くらいかかります。この間は予防接種は行わないという決まりがあります。
中耳炎(15%):細菌の二次感染により発症します。
角膜軟化症・角膜潰瘍・失明:細菌の二次感染による合併症で、ビタミンA欠乏児で出やすいとされています。
肺炎(6%):3種類あります。
ウイルス性肺炎:ウイルス増殖に対する免疫反応で、成人麻疹では頻度高し。
巨細胞性肺炎:ウイルスの直接侵襲による・・・主として免疫不全者にみられ、予後不良です。
細菌性肺炎:細菌の二次感染によります。抗生物質が有効です。
脳炎(0.2%):3種類に分けられます・・・
麻疹後脳脊髄炎(発疹出現7〜14日後に発症):脳組織に対する事故免疫機序により発症し、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)の病像をとります。死亡率20%、神経後遺症率30%。
麻疹封入体性脳炎(発疹出現1ヶ月後頃から発症):主として免疫不全者にみられ、麻疹ウイルスの直接侵襲により発症します。
亜急性硬化性全脳炎(↓)

亜急性硬化性全脳炎SSPE, subacute sclerosing panencephalitis)>
 麻疹に罹ったヒトに忘れた頃(数年後)襲いかかる合併症です。麻疹ウイルスによる中枢神経系の遅発性ウイルス感染症であり、そのメカニズムは、M蛋白が変異した麻疹ウイルスの中枢神経系への持続感染による脳組織の障害です。
 頻度は罹患者数万人に一人程度(2人/10万人)。麻疹ワクチン接種により<1人/100万人(自然感染の1/20未満)まで頻度が減ります。一方で、ワクチン接種後の発症者の脳から得られたウイルスの遺伝子解析ではすべて野外株であったとの報告もあります(つまりワクチンが下人ではないということ)。
 2歳未満の麻疹罹患が80%をい占め、1歳未満の軽症麻疹罹患が危険因子です。
 潜伏期間は多くは数年ですが、10年以上のこともあります。
 発症年齢は4〜12歳に多く、近年の日本の報告では平均10.3歳、男女比は1.4:1です。
 初発症状は周囲への無関心、おとなしくなった、友達と遊ばなくなったなどの正確面での変化、および学業不振、物忘れなど、非特異的症状であるため、不登校やサボりなどと誤解される場合があります。徐々に全身の機能が退行し、けいれんが出現し、ゆっくりと進行して死亡します。
 治療法は従来ありませんでしたが、近年イノシンプラノベスク、インターフェロン、リバビリンなどが試みられています。
 予後は不良です。発症から死亡までの期間は従来は2〜3年とされていましたが、近年の報告では平均6.4年(1〜12年)、死亡年齢は平均16.1歳(11〜25歳)とされています。

(院長のつぶやき)悲しく切ないSSPE
 健康に過ごしていた子どもが、どうも最近おかしい・・・勉強に身が入らず成績が落ちてきてお母さんは叱ってばかり・・・あれ?今までできたことができなくなってきた・・・おかしい・・・病院受診するも原因わからず・・・何人目かの小児科医から「このお子さんは昔『はしか』に罹ったことがありますか?」と聞かれて・・・「はい、乳児期に軽く罹りました」・・・その後検査を重ね、SSPEと確定・・・成績が落ちたのは病気のせいだった、叱ってごめんね・・・え?命までも奪って行くの? そんな・・・ああ、予防接種をしておけば・・・(どこの大学病院の小児科病棟でも伝え聞く悲しいエピソードです)。

治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)
予後:死亡率は先進国で0.2%、途上国で2.0%、主な死因は脳炎、肺炎、脱水。
 ・・・子どもが罹ると1/3〜1/2の患者さんが入院するほど重症な感染症です。
予防
・生ワクチンの予防接種:1歳時と小学校入学前の2回。抗体獲得率は、1回で95%以上、2回で99%。
・緊急接種:患者と接触後72時間以内ならワクチンによる予防が可能、120時間以内なら軽症化が期待されます。接触後の緊急ワクチン接種では、発症しなくても野生株に対する麻疹抗体は産生されています。
・接触後6日以内であればγ-グロブリン投与(免疫不全児や妊婦が適応・・・血液製剤なので使用の判断は慎重に)。
感染力のある期間:カタル症状出現1〜2日前(発疹出現3〜5日前)から、発疹出現後4日頃まで。
隔離期間
学校保健法による出席停止期間は「解熱した後3日が経過するまで」または「主治医が感染の危険性がないと診断したとき」となっています。

2007年大学生を中心に麻疹が流行
 罹った若者達の中には、予防接種を幼児期に受けていたヒトも混じっています。つまり、ワクチンの効果は10年くらいしか持たないことが判明したのです。
 これを受けて厚生労働省は、2008年から5年間の期限付きで中学1年生と高校3年生時に2回目のワクチン接種を行うことにしました。

院長のつぶやき)麻疹は発症初期はふつうの風邪と区別がつきにくく診断は困難ですが、この時期が一番感染力が強く、まことに始末に悪い感染症です。
 合併症の辛さは他の感染症の比ではなく、勤務医時代に流行を経験しましたが、入院病棟に一晩中咳き込む声が響いていたイヤな記憶が残っています。

定期接種三日はしか(風疹)

はしかの軽症型ではなく別の病気です

原因:風疹ウイルス(RNAウイルス)
疫学:流行は初冬から初夏に見られていたが、近年は散発するパターン。1994年の予防接種法改正後、全国的な流行は制圧されています。
感染形式:飛沫感染(麻疹や水痘より弱い)
潜伏期間:2〜3週間(14〜21日:ふつう16〜18日)
症状:不顕性感染は約30%(20〜40%)
発熱(40〜60%)と同時に発疹が出現(顔・耳の後ろから始まり全身に広がる大きさ5mm程度の淡い赤い斑点)します。発疹は麻疹のように癒合することはなく、色素沈着も残しません。
 熱は高熱にはならず3日程度で解熱、咳・鼻汁もひどくなりません。悪寒や倦怠感の他、眼球結膜(白目)の軽度充血が見られます。
リンパ節腫張耳介後部が特徴的で、後頭部・後頚部にも出現し、発熱・発疹に先行し2〜3週間持続します。

※ 大人が罹ると小児より重く、高熱や関節炎(指・手首・膝などの有痛性腫脹、1〜2週間で自然治癒)が5〜30%と多く見られる傾向があります。

先天性風疹症候群CRS
 妊娠初期(20週まで)の妊婦さんが風疹に罹るとお腹の中の赤ちゃんに影響が出ることがあり、CRSと呼びます。風疹ウイルスが胎盤を介して赤ちゃんに感染したのですね。生後に罹ったときの症状と異なり、重い後遺症(難聴、白内障、心臓病)に苦しめられることになります。

合併症
脳炎(1/4000〜6000人):発疹出現後2〜7日に発症します。意識障害・けいれんの他、人格変化や自分の名前が書けないなどの症状をみることがあります。予後(回復)は比較的良好ですが、まれに重症化します。
血小板減少性紫斑病、ITP(1/3000〜5000人):発疹出現後2〜14日目に発症し、一般的には2〜8週で自然治癒しますが、γ-グロブリン大量療法やステロイド治療などを要することもあります。
・その他:溶血性貧血(発疹出現後3〜7日に急激に発症)、肝障害、心筋炎、等。
治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)
予後:3〜4日で回復(「三日はしか」と呼ばれる所以)
予防
・予防接種:1歳時と小学校入学前の2回(2011年現在)

※ 妊娠可能年齢の女性はワクチン接種後2〜3ヶ月は避妊が必要です。

・暴露後予防措置は一般に推奨されていません。

日本における風疹ワクチン接種の歴史

1977年〜:中学生女子に定期接種
1989〜1993年:12〜72ヶ月未満の小児にもMMRワクチンを接種
1994年:12〜90ヶ月未満の男女幼児に定期接種
2006年:MRワクチンを12〜23ヶ月に1回、就学前の1年間に2回目を接種。
※ 先進国ではMMRワクチンの2回接種が主流です

感染力のある期間:発疹出現数日前から出現後7日(発疹出現前2〜3日から出現後5日程度)

※ CRS児は例外で、数ヶ月以上鼻咽腔や尿にウイルスを排泄することがあります。

隔離期間:発疹が消失するまで。

定期接種日本脳炎

原因:日本脳炎ウイルス(RNAウイルス)
疫学
・世界の中でアジアにのみ発生し、東アジア(日本、韓国、中国)、東南アジア全域、インド、パキスタンなどに広く分布しています。日本以外のアジア地域では現在も流行しており、年間4〜5万人発生しています(過去の病気ではありません)。
・日本では1950年代には子どもと高齢者を中心に、年間5000例以上の患者発生がみられました。1992年以降、日本での発生は年間10名未満です。減少の理由として、ワクチン接種、蚊の減少、豚舎の大規模集約化、エアコンの普及など、ウイルスとヒトとの接触の減少の関与が考えられています。
・日本では6〜9月に未感染ブタの間で感染が広がり、その血液を吸ったコガタアカイエカの中腸で増殖し、吸血時に唾液を介してヒトに感染します。
・日本では、2005〜2010年のワクチンの積極的勧奨停止期間中に4例の小児患者が発生しました。
感染形式:蚊に刺されて感染(ヒトからヒトへはうつりません
潜伏期間:6〜16日
症状:いくつかの方に分類され、重症タイプの脳炎症状が出るのは1/1000(300〜3000)人程度です。

脳炎
・急な高熱、頭痛、悪寒、食欲低下、悪心・嘔吐、めまい、傾眠(ウトウトしがち)等の症状が2〜4日続きます。
・その後、項部硬直(首が痛くて動かせなくなること)などの随膜刺激症状、羞明(まぶしがる)、味覚異常、意識障害、けいれんへと進行します。
・その他、無気力顔貌、筋硬直、不随意運動(体の一部が勝手に動く)、振戦などの基底核症状、麻痺、病的反射の出現などがみられます。
・症状の速い進行、コントロール不良のけいれん重積、呼吸不全、発熱の遷延、錐体外路症状、病的反射などは予後不良兆候です。致死的な例はふつう発症5日以内に死亡し、1週間以上経過すると治癒過程に入ります。
・亜急性期から回復期にかけて筋力低下、萎縮、強直、麻痺などに対し理学療法などのリハビリテーションが必要になります。

□ 髄膜炎:自然治癒します。
□ 軽度の熱性疾患
不顕性感染(感染しても症状が出ないで終わること):これがほとんど。
合併症
治療:対症療法(根治療法・特効薬はありません)
予後:(脳炎発症例)死亡率17(5〜30)%、後遺症48%
予防:不活化ワクチンを3回接種・・・有効率81〜91%

※ 以前は4回(14歳以上で追加接種)が行われていましたが、2005年に廃止されました。

※ 「日本脳炎ワクチン積極的勧奨停止問題
 2005年5月、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)の重症者がワクチンの副反応として認定され、厚生労働省は緊急に上記措置をとりました。
 そして2010年5月に他の方法(細胞培養法)で作成したワクチンの登場を機に解除。
 空白の5年間に、小児の日本脳炎患者は4例発生しました。内訳は、熊本県(3歳と7歳)、高知(1歳)、山口(6歳)とすべて西日本でした。

感染力のある期間:ヒトからヒトへの感染はありません。
隔離期間:隔離の必要はありません。

※ 映画「家宅の人」で日本脳炎に罹患した子どもの話が出てきました。

定期接種ポリオ(小児麻痺、急性灰白髄炎)

原因:ポリオウイルス
疫学:日本での患者は1980年が最後で発生していません。

★ 世界の状況:南北アメリカ大陸では1994年に、西太平洋地域では2000年に、ヨーロッパ大陸では2002年にポリオ根絶宣言が行われました。近年の流行地と考えられているのはインド北部、パキスタンなど6カ国です。

感染形式
潜伏期間
症状
・90%は「不顕性感染」・・・感染しても症状(下痢・嘔吐・軽い咳)が出るのは10%のみ。
・1%に髄膜炎発症、0.1%に神経炎(急性灰白髄炎)が起きて重症化し、死亡例や後遺症として麻痺が残ります。
合併症
治療:対症療法(根治療法・特効薬はない)
予後
予防:生ワクチンを2回経口接種(外国では不活化ワクチンが普及しつつあります)、集団接種
隔離期間

「集団接種」にはワケがある!
 飲む生ワクチンは弱毒化したウイルスが腸の中で増殖して免疫がつくようになるのですが、その増殖の過程で変異し毒性を取り戻してしまうことがまれながらあるのです。その頻度は250万〜300万接種で1例程度。
 それがヒトからヒトにうつると大変な事態になるので、集団接種で一斉に免疫をつけて、もし強毒性ウイルスが発生した場合も被害を極力少なく抑える、という目的がそこにあるのですね。
 海外ではこのようなリスクを避けるために「不活化ワクチン」を開発して導入しています。日本も現在検討中で、将来は4種混合ワクチン(現在のDPT+不活化ポリオ・ワクチン)となる可能性もあります。

ポリオ大流行とワクチン緊急輸入の記憶
 1960年(昭和35年)に日本で大流行し、全国で5000人の患者が報告されました。流行を阻止するために、時の厚生大臣の英断でポリオのなまワクチンをソ連(現在のロシア)とカナダから緊急輸入し、全国で一斉に予防接種を行いました。1ヶ月で接種を終了したそうです。そして翌年にはポリオ患者は激減した歴史があります。
 ・・・この話を知ると、2009年の後手後手に回った新型インフルエンザワクチン行政が寂しく見えませんか?

定期接種結核

原因:結核菌
疫学:かつて日本の国民病と云われ、1951年に結核予防法が制定された当時は、20歳になるまでに国民の半分以上が結核に感染しました。現在では20歳までに感染する確率は1%以下(人口10万人あたり25人)ですが、先進国の中では最悪発生で、WHO分類では日本は「中蔓延国」と不名誉な位置に甘んじている状況です。
感染形式空気感染(感染源は排菌している患者のみ)
潜伏期間:1〜6ヶ月
症状:乳幼児型と成人型に分けられます。
① 乳幼児型(1次結核)
・結核性髄膜炎:頭痛、嘔吐、発熱(高熱の持続)、意識障害・・・死亡率・後遺症率共に高い
・粟粒結核:
② 成人型(二次結核)
・肺結核:咳、微熱の遷延、体重減少
検査
・ツベルクリン反応・・・陽性なら感染の可能性大であるが欠点(BCG接種例でも陽性になる、活動性かどうか判断不能)あり
クォンティフェロン検査・・・活動性結核のみを検出可能、BCG接種の有無は問わない、非結核性抗酸菌症は陰性に出る、など、ツベルクリン反応の欠点をクリアした新しい検査。
合併症
治療
・抗結核薬・・・イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン(SM)、エタンブトール(EB)、ピラジナミド(PZA)など。

※ 小児は排菌者と接触歴のあるツベルクリン反応(今後はクォンティフェロン検査)陽性者には予防治療(イソニアジド6ヶ月間)をすることがあります。

予後
予防:予防接種(BCG:牛の結核菌の毒性を弱くしたもの)を1回接種・・・重症結核(髄膜炎、粟粒結核)予防効果は8割ありますが、しかし肺結核の予防効果は5割程度と高くありません。

※ 以前は乳児期、小学校1年生時、中学1年生時にツベルクリン検査を行い、陰性の場合は追加接種をしていましたが、2005年からツベルクリン検査を省略し、生後0〜6ヶ月未満の児に1回接種する方法に変更されました。ちなみにアメリカではBCGは行われていません。

コッホ現象:結核に感染しているヒトにBCGを接種すると、数日〜1週間後に接種部位が腫れたり膿を持つようになる現象。健常者では接種後1〜2ヶ月頃は腫れて、3ヶ月後に目立たなくなるという経過を辿ります。

隔離期間:排菌がなくなり、医師が伝染の恐れなしと判断するまで。

定期接種破傷風

※ 参考HP:「意外と知らない感染症ー破傷風ー」(都立駒込病院 菅沼明彦先生)

原因:破傷風菌 Clostridium tetani
疫学:日本では年間100例程度発生
感染形式:ヒトからヒトへは感染せず、土の中などにいてキズから侵入して感染します(野外での事故、古いクギを踏み抜いた、などは危険)
潜伏期間:2日〜数ヶ月(ふつう14日以内に症状が出ることが多い)
症状:毒素による筋肉のけいれんが3〜4週間続き、治るまでに数ヶ月かかります。極期には音や光の刺激により全身けいれんが誘発され、深刻な合併症(嚥下困難、嚥下性肺炎)も起こし死に至ることもあります。
・開口障害(lockjaw):咀嚼筋のけいれんによります
・痙笑(ひきつり笑い、risusu sardonicus)
・後弓反張(opisthotonus):背部筋肉のけいれんによります

新生児破傷風
 生後3〜14日で現れ、元気にしていた乳児が突然哺乳不良となります。次いでけいれんが起こり、特別な治療が行われなければ死亡率は95%。開発途上国での頻度が高く、出生時の臍帯切断時の不衛生な処理により感染します。
※ 参考HP:「新生児破傷風の1例」(IASR)

合併症
治療:抗毒素
予後
予防:予防接種(DPTやDTの「T」)を定期接種として5回+任意の追加接種(10年くらいで免疫が無くなってしまうので)。日本に導入されたのは1968年頃。
隔離期間

(院長のつぶやき)昔の映画で破傷風を扱ったものを観たことがあります(題名は忘れました)。日の光でさえけいれんの誘発因子となるので、暗い病室の中で1ヶ月けいれん発作に怯えながら過ごす患者さん・・・忘れられない光景です。

定期接種ジフテリア

原因:ジフテリア菌
疫学:日本ではまれ・・・1999〜2005年では3人だけ(しかし過去には流行してました・・・1945年に8万6000人の患者が発生し、その約10%が死亡)

※ ソ連崩壊後のロシアではワクチン接種率が低下し流行したことがあります(1991〜1995年に死者急増)。

感染形式:飛沫感染、接触感染
感染期間:2〜3日間(適切な抗菌薬が投与された場合)

※ 抗菌薬なしの場合は約半数が2週間以内、80%が4週間以内、慢性保菌者では6ヶ月間排菌することがあります。

潜伏期間:2〜5日(以上のこともある)
症状:ジフテリア菌が産生する毒素により症状が起こります
・発熱・咽頭痛・嚥下痛(ものを飲み込むときの痛み)→ 喉の奥(喉頭)に炎症が進むと嗄声・犬吠様咳嗽〜呼吸困難(真性クループ
・喉の奥に白い膜(偽膜)、首のまわりのリンパ節の腫れ(頚部リンパ節腫脹)
合併症
心筋炎:早期(1-2週)および回復期(4-6週)に現れ突然死の原因になります。
・末梢神経炎:神経麻痺を起こすが予後は比較的良好です。
治療:抗毒素療法で毒素を中和します。

※ 抗毒素療法によるショックの可能性があり、十分な準備が必要です。
※ 抗生物質は菌を殺しても毒素には効かないので、効果は期待できません。

予後死亡率5-10%
予防:予防接種(DPTの「D」)を標準法では5回
隔離期間:学校伝染病に指定されており、治癒するまで出席停止。

(院長のつぶやき)私はこの病気の診療経験がありません。すっかり過去の病気と思い込んでいましたが、ソビエト崩壊後に予防接種率が低下し流行したとのニュースを聞いて驚いた記憶があります。

<新聞記事より>

 予防接種・ワクチンに関する記事を拾い読み。

■ 患者を生きる:B型肝炎(2011年11月:朝日新聞)

1 9歳の時「怖いと思った」(2011年11月16日)

 今回も大丈夫だった――。九州地方に住む女性(33)は、福岡県久留米市の聖マリア病院で受けた肝機能検査の結果をみて、ほっとした。
 女性の体には、B型肝炎ウイルスが潜んでいる。いまも3カ月に1度、検査のため、この病院に通う。感染を知ったのは1987年。9歳のときだ。
 38歳だった母に、市役所から電話がかかってきた。「献血(時の検査)の結果、肝炎の疑いがあるので、精密検査を受けてください」
 県内では国立小倉病院(現小倉医療センター)が肝炎の治療実績があるとわかり、慌てて駆け込んだ。B型肝炎ウイルスによる慢性肝炎を発症しており、即入院が必要と診断された。
 確かに、母は「だるい」と、よくつぶやいていた。手をついて階段を上ることもあった。全身のだるさは、肝炎の典型的な症状だ。進行すれば、肝硬変や肝がんになる可能性もある。
 家族もすぐに病院で検査を受けた。母のウイルスは、出産の際に、女性と2歳上の姉にも感染していた。
 B型肝炎は、主に血液を介して感染する。母の主治医になった天ケ瀬洋正さんは、姉妹を呼んで言い聞かせた。「自分の血液で他の人に病気をうつさないように、管理に気をつけて」。詳しい病気の仕組みが分かったわけではないが、深刻さは伝わった。「私の血は怖い、凶器みたいなものなんだ」と思った。
 「なんであんただけ。どこで(ウイルスを)もらったんかね?」。入院することを実家に伝えに行くと、伯母が母に尋ねた。祖母も、2人の伯母からもウイルスは見つからなかった。母にも心当たりはない。ただ申し訳なさそうな顔をしていた。
 母の入院で、父と小学生の娘2人の生活が始まった。慣れないうちは週末も早朝に起き、登校や出勤に間に合うようにご飯とみそ汁を支度する「リハーサル」をした。その後、3人で病院へ母のお見舞いに行った。
 家族が顔を出すと、どんなにだるそうに寝ていても、母はうれしそうに起き上がった。帰りは必ず、エレベーターまで見送りに来てくれた。自分が生涯にわたり、同じウイルスに苦しめられるなんて、当時は考えもしなかった。(冨岡史穂)

2 ふすま越しに母の泣き声(2011年11月18日)

 九州地方に住む女性(33)は9歳のとき、B型肝炎ウイルスへの感染を知った。母から出産で、女性と姉にうつっていた。母は幼いころの集団予防接種で感染したと考えられるが、1987年の献血の検査で分かるまで、それを知らずにいた。
 慢性肝炎と診断された母は、小倉医療センターに3カ月ほど入院し、炎症を抑えるインターフェロン治療を受けた。女性と姉は、肝炎は発症していないが、ウイルスが体内に潜み続けている状態だった。退院した母と一緒に、女性と姉も半年おきの血液検査が必要になった。
 小学校6年生のときだった。夏の暑い日、女性は母と姉と自宅を出て、検査に向かった。長い坂道を2人から少し遅れてトボトボと下りる。「ねえ、なんで私たちだけこんな検査を?」。母の背に投げつけた。
 母は振り返ったが、黙っていた。言葉が見つからないような悲しい顔だった。「しまった」。女性は後悔したが、引っ込みがつかなかった。「そんなこと言っても仕方ない。お母さん、気にせんと行こう」。姉の言葉に救われた。
 その夜。姉と並んで寝ていた女性が目を覚ますと、ふすまの向こうで母の泣き声がした。娘たちに聞かせまいと、声を押し殺していた。「私が起きていることを、気づかせちゃいけない」。音を立てないように、頭まで布団をかぶった。ドキドキと自分の鼓動が耳に響いた。
 「お母さんが困るから、病気の話はしない」。中学、高校と進んでも、自分の病気のことは友だちに話さなかった。カバンのポケットには必ずばんそうこうを忍ばせた。けがをするとすぐ、「ちょっと保健室に行ってくる」とその場を離れ、自分で処置した。ウイルスに感染した血液を友達に触れさせないように、という配慮だった。
 「なぜ私は、この病気になったんだろう」。頭のどこかにいつも引っかかっている一番の悩みを、親友にも相談できない。人間関係はいつもベール1枚を隔てたような感じだった。
 「心よ耐えろ、苦しむな かくも苦しみ重けれど」。図書館で見つけた詩集の一節に勇気づけられた。苦しいのは私だけじゃない。心に残った言葉を、ノートに書き写すようになった。

3 彼が受け止めてくれた(2011年11月19日)

 9歳のとき、B型肝炎ウイルスへの感染がわかった九州地方に住む女性(33)は、その悩みを友だちにも打ち明けられないまま、10代を過ごした。
 慢性肝炎の治療を終えた母は、抗ウイルス薬を飲みながら、定期的に病院に通っていた。主治医の天ケ瀬洋正さんが小倉医療センターから同じ北九州市内の三萩野(みはぎの)病院に移ると、母も転院した。姉と女性が半年おきに受ける検査結果も、毎回、「異常なし」が続いた。
 「うまくウイルスと付き合っていけそうだね」。家族でそんな話をしていた2001年、超音波検査で、母の肝がんが見つかった。52歳だった。
 がんは肝臓へ養分を運ぶ門脈という血管のそばにあった。「手術で取り除くのは厳しい場所にある。5年後は分かりません」と医師は説明した。がん細胞に養分を運ぶ血管を塞ぐ治療や、がんに直接エタノールを注射し壊死(えし)させる治療を受けることにした。自宅から通いやすい大規模病院に移り、がんとの本格的な闘いが始まった。
 母は、きちんと検査を受けてきたし、薬で免疫機能が弱っているからと、好きな刺し身も控えていた。それなのに……。少し前に祖母が亡くなったときの寂しさを思い出した。「家族が増えたらいいな」。結婚を、具体的に考えるようになった。
 母のがん闘病が始まった3年後、友人の結婚パーティーで彼(33)と知り合った。おっとりした、心の温かそうな人。自然と付き合いが始まり、ドライブに出かけるようになった。
 1カ月ほどして、デート帰りに自宅まで送ってくれた車の中で、女性は病気を打ち明けた。感染の危険性も伝えた。「よく考えて、交際を続けるか、決めてね」。緊張して彼の顔を見られないまま、車を降りた。
 「そうなんだ」。彼は自然に病気のことを受け止めた。インターネットで調べたり、免疫力がテーマの本を買ったりした。成人で感染するB型肝炎は、一過性で軽くすむ場合もあるという情報も、参考にした。
 数日後、女性に電話して伝えた。「自分なりに考えた。大丈夫だから」。次のデートで、免疫力の本を女性に贈った。「優しい人だな」。彼の心遣いを感じ、女性の心は温かくなった。

4 結婚の喜びもつかの間(2011年11月20日)

 九州地方に住む女性(33)は、大学を卒業してすぐ付き合い始めた彼(33)に、B型肝炎ウイルスへの感染を打ち明けた。彼は「大丈夫」と言ってくれた。ウイルスはあらかじめワクチンを打てば、ほぼ感染を防ぐことができる。しかし、そのときは医師からの説明もなく、ワクチンを打たなかった。
 付き合って半年余りたった2004年秋、彼は急に体のだるさを感じた。食欲が落ち、黄色い尿が出た。「ネットで調べた通りの症状だ」。自宅近くの病院に行くと、急性のB型肝炎と診断され、入院が決まった。
 すぐに女性に電話した。「大丈夫だから。お見舞いもいいよ」。受話器ごしに彼女の動揺が伝わってくる。ようやく、これは大ごとなんだとわかった。
 「申し訳なさすぎて、合わせる顔がない」。女性は息苦しい気持ちのまま、受話器を置いた。会いに行きたかったが、自分で家族に説明したいという彼の気持ちを尊重した。
 彼は約1カ月後に退院した。何事もなかったかのように振る舞う彼の心の広さに、大きな安心感を覚えた。「彼に苦しみを一つ背負わせてしまった。私も彼の重荷を引き受けたい」
 2人が結婚の相談を始めた頃、女性の母がふと、見晴らしのいい公園を見に行きたいと言った。「いま付き合っている人が近くに住んでいるよ。お母さん、会ってみる?」
 彼が待ち合わせの公園に着くと母は大きく手を振っていた。「可愛らしいお母さんだな」。彼と母はすぐに打ち解けた。
 母は肝がんが見つかって以来5年間、入退院を繰り返していた。「早く孫の顔を見せてあげたい」。喜ぶことが一つでも増えれば母の病状もよくなると期待した。06年夏に結婚。披露宴ではシャキッと留め袖を着た母が新婦の手を取って入場した。
 翌年の秋、最後になるかもしれないと覚悟しつつ、家族全員で温泉旅行に出かけた。朝5時ごろ、母の容体が急変した。「先生を呼んでね」。そう言った後、母の呼吸が止まった。姉と2人で、必死に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した。「どうしよう、どうしよう。いかないで」。旅館から病院へと救急車で向かったが、母の意識は戻らなかった。

5 乗り越える姿 娘に示せた(2011年11月21日)

 B型肝炎から進行した肝臓がんで母親を失った九州地方の女性(33)は2008年、妊娠に気づいた。半年おきに受けていた検査では、女性の肝機能に問題はなかった。だが赤ちゃんへの母子感染を確実に防ぐため、近くの産婦人科医院から大きい病院へ行くように薦められた。
 紹介状を手に福岡県久留米市の聖マリア病院に行くと、産婦人科医の前田哲雄さん(48)が担当になった。女性の生真面目さを感じ取った前田さんは、「病気のことを必要以上に深刻に考えずできるだけ普通に出産を迎えてもらおう」と決めた。

 B型肝炎の母子感染は、生まれてすぐの赤ちゃんにウイルス抗体を含む免疫グロブリンを注射し、その後計3回、ワクチン注射を打てば、95%以上の確率で予防できる。

 出産をできるだけ素晴らしい体験として記憶してほしいと、前田さんは思った。「羊水が少ないと思うかもしれないけど、ちゃんと元気に育っているからね」。不安になりそうなことを先回りして説明してくれる前田さんに、女性は信頼を覚えた。
 11月、自然分娩(ぶんべん)で長女を出産した。助産師が胸元に抱かせてくれたが、女性は喜びもそこそこに「先生、早く注射を」と声をあげていた。「慌てなくて大丈夫」。前田さんは長女を新生児室へ連れて行き、お尻に免疫グロブリンを半量ずつ、2本に分けて注射した。
 長女は生後2、3、5カ月とワクチンを受け、1歳になった秋、近くの病院で感染を防げたことを確認した。「お母さん、もう解放されていいんですよ」という小児科医師の言葉に、体中の力が抜けたような気がした。翌年には2人目の女の子を出産。この秋の1歳児健診で、次女も抗体を確認できた。
 自分の代で、母子感染の鎖を断ち切れた。「お母さん、やっと止められたよ」。娘に病気をうつしてしまった母のつらさを思いやった。
 B型肝炎に感染してよかったとは絶対に思えない。母のように、いつ肝がんに襲われるかもしれない。ただ、この苦しみに絶望するだけでなく、乗り越えていく姿を、娘たちに見せておきたいと思う。「現実を恐れずに向き合う強さを、娘たちに授けたい」。

6 乳児以外もワクチンを(2011年11月22日)

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 B型肝炎ウイルスは、血液や体液を介して感染する。肝臓にすみついたウイルスを、免疫機能が「敵」と認識して攻撃を始めると、肝細胞が破壊され肝炎を発症する。かつては集団予防接種で注射器が使い回されており、感染が広がった。厚生労働省の推計では、感染者は110万~140万人に上る。出産による母子感染では、10%が肝炎を発症するが、90%は症状がないまま感染が続く「無症候性キャリア」の状態になる。そのうち年間0.2%に肝がんのリスクがあるとされる。
 国は1986年に母子感染予防対策を始め、妊婦のウイルス検査と赤ちゃんへの予防に公費補助が出るようになった。誕生から48時間以内に免疫グロブリンを1回、その後2、3、5カ月後にワクチンを計3回注射する。2カ月後に2回目の免疫グロブリンを打つ場合もある。
 厚労省研究班で母子感染を調べた森島恒雄・岡山大教授によると、この予防法で95%以上の赤ちゃんが母子感染を免れるという。研究班の推計では2009年に4300人弱の赤ちゃんがワクチンを受け、母子感染は10年前に比べ激減した。
 だが減少傾向は鈍っている。欧米由来の新しいタイプのB型肝炎が急増していることが心配されている。「毎年6千~8千人の新たな感染者が出ている。あらゆる年代にワクチンを打つべきだ」と森島さんは話す。
 大人への感染は主に性交渉が原因で、ワクチンを打てば、ほぼ予防できる。ただ、感染して肝炎が慢性化すると肝硬変や肝がんに進む危険があるため、定期的な検査が望ましい。
 慢性肝炎の標準的な治療には、炎症を抑えるインターフェロン注射や、エンテカビルなどの抗ウイルス薬がある。だが薬を飲んでもウイルスは完全に消えないため、生涯飲み続ける必要があると考えられてきた。
 国立病院機構長崎医療センターの八橋弘治療研究部長は「ウイルス量が十分に減り、薬をやめられる患者さんがいることが分かってきた」と話す。八橋さんも参加する別の研究班で薬をやめる基準づくりが進む。来春に報告書がまとまる予定で、5~10年で薬を「卒業」する道も開けるという。(冨岡史穂)

■ 風疹 職場感染目立つ 妊婦介し子に障害も...ワクチンで予防を(熊本日日新聞 2011年12月31日朝刊掲載)

 2011年の風疹の患者数は08年以降で最多となり、特に予防接種政策の影響でワクチンを打たずにきた大人の男性が職場で集団感染するケースが目立った。風疹は妊娠初期の女性がかかると胎児に感染し、赤ちゃんの目や耳などに障害を残すことがある。身近に妊娠を望む女性がいる場合、大人の男性もワクチンを接種して予防することが望ましい。
 風疹を引き起こすのは風疹ウイルス。感染者の唾液のしぶきなどに接触することでうつる。
 国立感染症研究所によると、14~21日の潜伏期間の後、発熱や全身の淡い発疹、耳の後ろや後頭部の下にあるリンパ節の腫れなどの症状が現れる。まれに脳炎などの重い合併症が起きるが、通常3日程度で発疹が消えて治り、三日ばしかとも呼ばれる。感染しても無症状の人が約15%いるとされる。
 怖いのは妊娠初期の女性が感染した場合。ウイルスが胎盤を介して胎児に感染し、生まれた子が先天性風疹症候群になることがある。症状や重さは感染時期によって異なり、妊娠2カ月以内だと白内障、先天性の心臓病、難聴のうち二つ以上の障害を抱えて生まれることが多い。妊娠3~5カ月でも難聴がみられる。
 こうした赤ちゃんは1965年に沖縄県で400人以上生まれた。また77~79年の全国的な大流行の際は、影響を恐れた多くの妊婦が人工妊娠中絶をした。
 風疹は例年、春先にはやり始め、ピークは5、6月。かつてはほぼ5年ごとに全国的な流行を繰り返したが、94年以降は局地的、小規模な流行にとどまっている。患者の全数把握が始まった2008年は294人。その後、09年147人、10年90人と減少したが、11年は12月11日までの集計で362人と増加した。「多くが成人男性」と感染研感染症情報センターの多屋馨子[けいこ]室長。働き盛りの世代で、職場での集団感染も発生した。
 新潟県内の事業所では4~5月、従業員6人と東京本社の2人の計8人が発症。全員が男性で、年齢は30代2人、40代5人、60代が1人だった。
 最初の患者は4月7日にタイから帰国し、16日に発熱した。19日に発疹が出たため病院で受診したが、原因が分からないまま22日には回復。その後、5月上旬に7人が次々に発熱や発疹を起こした。東京本社の2人は、最初の患者が4月15日に本社に出張した際に接触があったという。
 ほかにも北海道などで成人男性の職場集団感染が報告された。全国でも患者数の多い福岡市は12月、ホームページで予防接種などの情報提供を開始。同市保健予防課は「減少傾向だったのに11月にまた増えた。成人男性が多い」としている。
 熊本県健康危機管理課によると、08年以降に県内で報告された風疹の患者は9人。このうち11年は2人で、感染の広がりは見せていないという。
 11年の風疹患者に成人男性、特に30~40代が多かったのは、この年代の抗体保有率が70~80%程度と低いためだ。風疹のワクチンは1977年から94年まで、女子中学生だけに定期接種が行われていたため、この世代の男性は以前に風疹にかかっていない限り、ほとんど抗体を持っていない。
 この世代は妻や職場など周囲に妊娠の可能性がある女性が多い。多屋室長は、過去の傾向から12年の流行規模は11年より大きくなる恐れがあると指摘。「妊娠初期の妊婦にうつると赤ちゃんに先天性風疹症候群の心配がある。ワクチン未接種で風疹にかかったことがない男性は、風疹とはしかを予防する麻疹・風疹混合ワクチンを接種してほしい」と話す。
 また、妊娠を望むものの抗体がないか少ない女性も接種が望ましい。安全に妊娠するには接種から約2カ月が必要だという。

■ ヨミンちゃんの冒険 日本の病院編 「ワクチンの力」

(1) 病気を防ぐ “魔法” ?

(2011.12月:読売新聞) ※ 医療問題をテーマにしていますが、物語はフィクションです。 

 幸せな国をつくるため、日本の病院の勉強に来たヨミドク星の王女・ヨミンちゃん。きょうもドクターJiJiと一緒にUFOに乗って、いろいろな診療科を見学します。
 夕方になり、2人を乗せたUFOが、小児科の待合室を通り過ぎたときです。
 右のほっぺたが膨れ上がっている女の子がいました。熱も高いようで、隣のお母さんにぐったりともたれかかっています。

ヨミン 「かわいそうに。あのほっぺたがふくれてしまう病気は何かしら?」
JiJi「おそらく、おたふくかぜでしょう」

 おたふくかぜは、発熱とともに、耳の前から下の辺りなどに、はれと痛みが出ます。有効な治療薬はありません。軽症であれば安静にして回復を待ちますが、症状が重い場合は無菌性髄膜炎(ずいまくえん)、膵(すい)炎、精巣炎などを合併している可能性があり、医療機関で専門的な治療を受ける必要があります。難聴を合併した場合、聴力の回復は難しいといわれています。

JiJi「子どもばかりでなく、大人にも怖い病気です。大人がかかると、重症化する傾向があります」
ヨミン 「おそろしい病気ですわ。どうして、この病気にかかってしまうのかしら。原因は何かしら?」
JiJi 「ウイルスの飛まつ感染が原因です。つまり、ウイルスを持った人のせきやくしゃみから、うつった可能性が高いのです」
ヨミン 「ニュートリノスピードで時空をさかのぼり、この女の子にウイルスがうつった時の様子を調べてみましょう」


 UFOは、この日の朝の小学校に到着しました。女の子は昨日の夜から、ちょっと熱があり、風邪かな、と思っていたようです。がんばって学校へ行きましたが、先生がすぐに熱っぽい様子に気づき、女の子を保健室へ連れて行きました。お母さんに迎えにきてもらい、そのまま病院で診察を受けたのです。
 そういえば前の日、女の子のクラスでは、せきやくしゃみをしている子がいました。きょうになって何人もの同級生がおたふくかぜにかかり、明日から学級閉鎖になるそうです。
 UFOからは、子どもたちの苦しんでいる顔が見えました。

ヨミン
「みんなつらそうです。かわいそうに。こんなに流行する前に、どうにか防ぐ手段はなかったのかしら」
JiJi 「あります。ワクチンです」
ヨミン
「ワクチン?」
JiJi
「人類とウイルスの長い戦いの中で、人類が身を守るために医学研究で編み出した優れた防御策です」

 ワクチンとは、感染症を予防するため、その病気に対する体の抵抗力を人工的に作るものです。原因となるウイルスなどの毒素を弱めたり、なくしたりして、注射や飲み薬などで体に接種します。すると、人間が本来持っている力で、その病気への抵抗力(抗体)が作られるのです。
 おたふくかぜもワクチンをしておけば、その後はほとんど感染せず、もしもかかっても軽症ですむといわれています。

ヨミン 「えーっ! 重い病気になる前に防ぐことができるなんて、魔法みたいですね」
JiJi 「ははは、魔法ではないですよ。医学の力です」
ヨミン 「でも、お母さんはあんなに優しそうなのに、女の子になぜワクチンを受けさせなかったのかしら」
JiJi 「病気を防ぐのにとても有効なワクチンですが、不安に思う人も少なくないのです。でも、その力をきちんと知れば、きっとわかってもらえます」

 ゆっくりと、ドクターJiJiは語り始めました。

(2) 日本に多いおたふくかぜ患者

JiJi 「アメリカには、おたふくかぜに苦しむ子どもは、もうほとんどいません」
ヨミン 「えっ!」
JiJi 「もちろん、かつてはたくさんの患者がいましたが、2004年までに『ほぼゼロ』と評価されるまでに激減しました」

アメリカほぼゼロ 日本10万件

 一方、日本では、国立感染症研究所によると、定点調査対象の全国約3000か所の小児科だけでも、2009年に104,568件が報告されています。

ヨミン 「まさか…。だって日本は地球で一番の医療の国でしょ? 防ぐことのできる病気の患者さんが、日本にこんなにいるなんて」
JiJi 「最大の理由は、やはりワクチンの使い方でしょう。アメリカでは、小学校に入学する前に、みんながおたふくかぜワクチンの予防接種を受けることになっています。料金は無料か、とても安い値段です」

 これに対し、日本ではおたふくかぜワクチンは「任意接種」、つまり受けたい人だけが受ける仕組みです。有料で5000円から1万円ほどがかかります。一部の自治体では補助の制度があります。

JiJi 「接種率は日本が約30%なのに対し、アメリカでは90%ほどに達します」
ヨミン 「ワクチンを徹底することで、おたふくかぜの患者さんを減らしたのですね。アメリカだけがワクチンを特別にたくさん使っているの?」
JiJi 「いえ、おたふくかぜワクチンは100か国以上でほぼ無料です。世界的にみても、日本が、特別に対策が遅れているといえるのです」
ヨミン「こんなに効果がはっきりしているなら、日本でも小さな子は必ずおたふくかぜの予防接種を受けるようにできないのかしら」
JiJi 「そうですね。でも、王女さま、問題はおたふくかぜだけではないのです」

 日本にも、ほとんどの地域で無料で受けられる「定期接種」があることをドクターJiJiは説明しました。

JiJi 「日本は、その定期接種の種類が少ないのです。おたふくかぜ以外にも、水ぼうそうやB型肝炎、子宮頸がん、細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチン、小児肺炎球菌ワクチンも、日本では任意接種です。これらは、アメリカをはじめ多くの国で普及しているのに、残念です」
ヨミン「こんなに違いがあったんですね…」

(3) 200万分の1の不安

 ワクチンが重い病気を防ぐ“魔法”と思ったヨミンちゃんでしたが、日本の子どもが受けられる定期接種の種類の少なさや、接種率の低さにびっくりしました。

ヨミン「予防接種を受けさせないで、お父さんやお母さんは不安ではないのかしら」
JiJi 「病気に対する不安はあるでしょう。ですが、『接種を受ける方がかえって不安』という考え方もあるようです。まれに重い後遺症を残してしまうことが、影響していると思います」

 UFOは、ニュートリノスピードで過去へと飛んでいきました。
 20年ほど前のある町。おたふくかぜだけでなく、はしかや風疹も防ぐという新三種混合(MMR)ワクチンを受けた男の子が、予防接種の後、けいれんを起こし、亡くなりました。
 次の町です。7年ほど前、ある少女が、日本脳炎(※)の予防接種を受けてからしばらくして、急に頭が痛み出し、そのまま意識不明になってしまいました。
 不安そうにヨミンちゃんがたずねます。

ヨミン 「予防のためのワクチンで、体を悪くしてしまうなんてことがあるのですか」
JiJi 「ワクチンはまれに副作用が出ることがあり、重い後遺症が残る子もいるのは事実です。こうした健康被害が出る割合についてはいろいろな研究がありますが、ごくわずかといえます」

 例えば、2005年まで使われていた日本脳炎のワクチンは、副作用で急性散在性脳脊髄炎が70万~200万回に1回発症しますが、ほとんどは回復し、まれに後遺症が残ることがあったとされます。その後、副作用の少ない新ワクチンが作られ、昨年から定期接種が再開されました。

JiJi 「おたふくかぜも、MMRではなくて、副作用の少ない単独ワクチンが使われています。手足のまひを起こすポリオ(急性灰白髄炎)という病気でも、副作用の少ない不活化ワクチンの導入へ向けての動きが始まっています」

 ヨミンちゃんの表情に、少しだけ、明るさが戻ってきました。

JiJi 「健康被害を受けた子は、本当に、本当にかわいそうです。もしもわが子が、と考えたら、ワクチンを不安に思う親もいるでしょう。しかし、よいワクチンがどんどん開発されています。そして、ワクチンの力でたくさんの命が助かっていることも思い出してください」

 ヨミンちゃんは口元をキッとひきしめて、こう言いました。

ヨミン 「確かに、国を守るという視点は、王族には欠かせません。でも、苦しむ子どもたちから目をそらすことも王族にはできません。この子らをなんとかして救うことはできないのかしら」
JiJi 「せめて安心して暮らしていただけるよう、最大限の補償で将来を支えていくことが一番ではないでしょうか。ですが…」

【日本脳炎】
 ウイルスに感染した豚などを刺した蚊を媒介して人に感染する。人から人へは感染しない。発症すると高熱、頭痛、意識障害、けいれんなどが表れ、2~4割が死亡する。

(4) 裁判所で見たものは

 ヨミンちゃんはワクチンのために体をこわした子たちを救う方法をドクターJiJiにたずねました。

JiJi 「安心して暮らしていただけるよう、最大限の補償で将来を支えていくことが一番ではないでしょうか」

 日本では、定期接種で健康被害を受けた場合、予防接種法の定める補償を受けることができます。任意接種の場合は医薬品副作用被害救済制度で補償されます。後遺症の程度などにより、受け取る金額は違います。

JiJi 「ですが、この定期接種と任意接種では補償内容に差があります。定期の方がより手厚くなっています。そもそもどちらも十分な補償額なのでしょうか」
ヨミン「確かに、障害の残った方を家族で守って生きていくのは、簡単なことではありませんわ」
JiJi 「生活のうえでも、気持ちのうえでも、つらくてたまらないという方々は、いつしかこの問題を法廷で争うようになっていきました」

 ヨミンちゃんとドクターJiJiを乗せたUFOは、再び時空をさかのぼり、大都会にある裁判所をおとずれました。
 法廷では、予防接種による健康被害について、損害賠償をもとめる弁護士の激しい声が響いていました。後ろでは、泣きはらしたお母さん、怒りにふるえるお父さん、車いすの小さな子が、支えあうように座っていました。
 国や製薬会社の側の人たちは、くすんだ黒っぽいスーツでうつむいています。こちらも表情は暗く、いったいどうすればいいのか、困り果て、疲れきった様子です。
 UFOはニュートリノスピードで時空をかけぬけますが、実際の裁判は何年何年もかかりました。月日がたつにつれ、どちらの席も、ますます疲労の色が濃くなっていきました。

ヨミン 「裁判が終わるまでに、みなさん疲れ果ててしまったようですわ」
JiJi 「裁判には、とても大きなエネルギーと時間が必要です。もちろん、当事者にとっては大事な裁判でしょう。でも、こうした裁判が増えてきたことで、国の方の態度が変わってきました」
ヨミン 「どういうことですの?」
JiJi 「責任回避とも受け取れる姿勢が、国に見えていたのです。裁判に振り回され、多額の補償と重い責任を背負わされることを嫌って、国側は定期接種を『義務』ではなくしたのではないでしょうか」

 1994年、予防接種法の改正で、接種はそれまでの「義務」から「受けるように努める」に変わりました。受けるかどうかは親が判断しなくてはならなくなったのです。

JiJi 「このため、予防接種を受けさせない親も少なくありません。子どもの2、3割は、定期接種すら受けていないそうです。普及が遅れているのは、『任意』とされているワクチンだけではありません」
ヨミン「そもそも定期接種の数が少ないのに、これではワクチンの恵みにあずかる子どもはどんどん減ってしまいます。こわい病気の流行を防げなくなるかもしれませんわ」
JiJi 「副作用のことを考えれば、不安に思う親の気持ちは痛いほどわかります。しかし、予防接種は国全体を病気から守り、その病気を根絶したいという目的もあります。こうした判断を、親に委ねていいのでしょうか」
ヨミン 「ウイルスとの戦いは、どうなりますの。国民の命をだれが守るのですか!?」
JiJi 「ウイルスとの戦いに勝利するため、もうひとつ、データをお見せしましょう」

 ポケットから出された帳面に、複雑な計算メモがありました。

(5) ウイルスとの戦いは続く

 もしもワクチンを使わなければ、その病気の患者が増え、国全体の医療費がふくらみます。一方、ワクチンをきっちり実施すれば、ワクチンの費用はかかっても、患者は減るので、治療費は減ります。

JiJi「いろいろな病気で、ワクチンを使用した場合の経済効果が計算されています。例えば、おたふくかぜの場合、ワクチンを使うことによって、治療にかかる経費は5分の1ほどに減らせるという試算があります」
ヨミン「患者さんが減るのなら、それだけで素晴らしいことです」
JiJi「お金を節約できれば、副作用で後遺症を負った方たちにも、その分、手厚い補償ができます。私は、世界的に効果が認められているワクチンを日本はもっと導入するべきだと思います。そして、国の責任で、全員が義務として無料で接種を受ける体制を作ることを提案したいのです」

ヨミンちゃん「わたしが星へ帰ったら、必ずみんなと力をあわせて、ウイルスと戦います!」

 UFOはようやく、元の病院に戻ってきました。おたふくかぜの女の子はもう家に帰っていました。

ヨミン「ワクチンを受けていれば、あの子もあれほど苦しまなくてすんだでしょう。学校のみんなが受けていれば、そもそもおたふくかぜにかからなかったかもしれません。学級閉鎖もなかったでしょう」
JiJi「ワクチンは個人の体を守るだけではなく、社会全体を守るということを、ぜひ知っていただきたい」ヨミンちゃん「ワクチンの力はよくわかりましたわ。JiJiの言うことを実現するために、まず、できることは何かしら…」

 ※ 医療問題をテーマにしていますが、物語はフィクションです。

番外編 現状で出来る「最善」の対応を

 今回は、日本医療学会幹事で東京女子医大名誉教授の高崎健さんによる、連載を振り返ってのまとめです。

 医学の歴史の中で、感染症の予防処置としてのワクチン療法の開発は人類の英知の宝と言っても過言ではありません。その有用性については世界保健機関(WHO)も認めており、感染症の予防対策としては現段階で最良の方法であることは言うまでもないことだと思います。
 しかし、まだ改良が必要な点も残されており、100%理想的な方法とまでは言えないかもしれません。このような状態であっても、出来るだけ効率よく感染症から人を守るためには、不完全さを納得した上で、今できる予防対策を行っていかなければならない事情は、理解していただかなければならないでしょう。

低い接種率

 特定の感染症の予防対策として、接種を公費負担で義務化している国は少なくありません。
 わが国でも1948年に予防接種法が制定され、接種は国民の「義務」でした。しかし、1994年の改定で「義務」から「任意」とされ、接種を受けるか否かは保護者の判断に委ねることになっています。
 その結果、接種率は低下し、多くの子供が、予防接種を受けていれば避けられた感染症に罹っています。
 今回のテーマは接種率を改善するために読者の皆さんの考えを伺いたいと思って選びました。当初はすべての予防接種が公費負担とはなっていないことが接種率の低い理由かと考えていましたが、それ以上に、ワクチンの副反応に対する不安の方が大きな理由であることがはっきりしました。予防接種の効果と副反応についての正確な情報、予防接種の意義が国民に伝わっていないことが大きな問題であると認識を新たにしました。

ワクチンはどのように作られたのか

 紀元前の昔より、感染症の中には一度罹ると二度と罹らない現象があることは知られていたであろうと言われています。この現象を人為的に作れば感染症の予防処置になるだろうという考えでワクチンが作られました。
 1796年、英国の医学者ジェンナーが子どもを実験台にした牛痘種痘法の開発がはじめとされ、その後、細菌学の発展により理論的にも確立された方法となりました。そしてワクチン接種の効果により多くの感染症を防いで来た歴史は、学校教育の中にも取り上げられ、周知の事となっています。

危険性ばかり強調

 ワクチンとして使用される物質は、毒性を弱めた病原体、あるいは何らかの方法で殺菌された状態の病原体(不活化)が、飲み薬や注射などで投与(接種)されます。ワクチン接種により軽い感染を起こせば、それに対して自己防衛の反応としてその病原体に対する抗体が作られます。再びその病原体が身体に入ってきた時には、その抗体で病原体を排除してしまうのです。
 このように、軽いとはいえ感染を起こさせる方法ですので、多少なりとも副反応が起る事があります。特に身体が弱っている人では、本当の感染と同じような状態になることも起こる可能性はあるのです。ただ、副反応が起きる頻度は、極めて小さいものです。
 どのように低い頻度でも、副反応が心配なのでワクチン接種を躊躇(ちゅうちょ)するという、保護者としての率直な気持ちは納得できます。これは現状でのワクチン接種による副反応が起こる危険性に比べ、接種を受けなかったための罹患の危険性は比較にならないほど高いことが、十分に説明されて来なかったという点が問題です。
 また、ごくまれである副反応事例のみを取り上げ、その有用性に関してはあまり扱ってこなかったというメディアの報道のあり方にも問題があったと思います。

集団接種の意義

 予防接種は、個人を感染症から守るための接種と、感染症が人から人へ社会の中に蔓延する事を予防するための集団接種の二つの目的を担っています。
 ワクチンが個人を感染症から守るという医学的な効力について疑いはないでしょう。これと、社会への蔓延を防ぐための強制的な集団接種の効果は、区別して語られなくてはなりません。
 病気の種類、ワクチンの成分の違いなどにより、終生免疫(一生涯働く抗体)が作られるのか、一時的な抗体しか作らないのか、といったワクチンの効果の違いがあります。また、同じ病気であっても、少し違う性質のウイルスが流行するというようなこともあり、集団接種の効率に関しては、今後の研究結果を待たなければならない要素もあるのでしょう。
 しかし、現実の予防策としては、現状で良かれという方法で対応していかなければならないという「妥協」も必要です。社会への蔓延を防ぐことが、当然、個人の感染を防ぐことにもなっているのです。

ポリオワクチン

 今回、特にポリオワクチンに関心が集まっているので少し説明いたします。不活化ワクチンをなぜ早く日本でも使用しないのかという点だと思います。
 歴史的には、日本のポリオワクチンのはじまりは1959年の不活化ワクチンの接種です。しかし、1960年のポリオの大流行に際し、不活化ワクチンでは効果が弱く、1961年に当時のソ連より生ワクチンを緊急輸入して対処したという歴史があります。その後、日本では生ワクチンが予防接種として使われてきました。
 その結果、1980年を最後にして日本では自然感染したポリオ患者は発生していません。WHOも、日本を含む西太平洋地域でのポリオ絶滅宣言を出しました。
 しかしながら、2010年には世界で974人の感染が確認されており、アフガニスタン、インド、パキスタン、ナイジェリアなどでポリオの地域流行が続いています。今日のように世界がグローバル化してきていると、日本だけで「根絶」と言っても安心できる状態ではないのです。
 再び起こる可能性のあるポリオの大発生に対しての生ワクチンの備蓄など多くの問題が未解決であることも知っておかなければなりません。(日本医療学会幹事、東京女子医大名誉教授 高崎健)

番外編 子どもたちを守りたい (2012.1.30)

 小さな命と毎日向き合う小児科の医師は、ワクチンの接種率低迷が続く現状をどう考えているのでしょうか。日赤医療センター(東京都渋谷区)小児科顧問の薗部友良さんに、日本医療学会幹事の高崎健さんが聞きました。 

 高崎:予防接種を受ける割合の低迷が続いています。
 薗部:低迷が続く理由のひとつは、例えば水ぼうそうや、おたふくかぜなどワクチンで予防できる病気で亡くなる人もいるという情報が、あまり知られていない現状があります。
 水ぼうそうの場合、米国で予防接種が始まる前の死亡者数は年間で約100人が亡くなっていました。日本の人口比にあてはめてみると、毎年40人が亡くなっていたことになります。
 米国では水ぼうそうの予防接種が徹底され、亡くなる方は数人いますが、被害はほとんどなくなったと言っていいでしょう。(米国ほど予防接種が徹底されていない)日本は今でも、10人以上が亡くなっているようです。
 ほかに、日本ではおたふくかぜで死亡者が毎年約1人は出ていて、後遺症の難聴も700~800人はいるとみられます。
 本来は、政府からこうした実状が広報されていれば、多くの方はワクチンに関心を持ってもらえると思います。
 高崎:ワクチンで防げる病気で、これだけの方が亡くなっていることが、確かにあまり知られていないようですね。
 薗部:一般の医師でもVPD(ワクチンで防げる病気)のデータを探しにくいのが現状です。行政には説明責任があるので、VPD白書を作り、推定でこれだけの人がVPDの被害に遭っていること、被害をなくすための方策などを毎年出すべきと思っています。
 高崎:現在もある程度は予防接種を受ける人がいるから、(死亡者数などは)そこまで多くはない。これぐらいで抑えられているということですね。
 薗部:もしも患者の数が何倍も多ければ、今の医者の数では全員を診察できません。昔と同じになってしまいます。

 高崎:ポリオは不活化ワクチンへの関心が高まっています。
 薗部:私たちは不活化ワクチンの方が良いと言っています。不活化を早く使えるようにしてほしいと。それができるまでの間をどうするかというと、小児科学会は苦渋の選択で、何もしないのが一番の問題なので生ワクチンを、ということです。
 生ワクチンを短期間やめても大流行はありえませんが、患者が出ないことを保証できません。可能ならば、お金をかけてでも不活化を受けた方がよいでしょう。
 今まで放置してきた厚生労働省の責任ですね。世界中で使われているワクチンが、日本の子供だけが特殊で使えないまま、というのはおかしな話ですよね。
 高崎:不活化ワクチンで終生免疫を得られますか。
 薗部:「終生免疫」とはわかっていませんが、米国では今のところは大丈夫となっています。ただし、ポリオの流行地に行くときは、1回、追加接種を受けることになります。
 高崎:生ワクチンでは犠牲者が出ています。
 薗部:本当に残念ですが、ある程度は仕方のないことです。ただ、リスクのないものはありません。他のワクチンも大変少ないながらリスクはありますが、リスクを上回る大きなメリットがあります。リスクばかりが心配なら、出歩くことも、自動車にものれません。

 高崎:副反応が心配で子どもにうたない方が、ワクチンの意義を知りたい、現状のデータをみたい場合はどうすればいいですか。
 薗部:厚生労働省に働きかけて、国民にわかるようにデータをまとめてほしいといってほしいと思います。
 行政を動かすのは、国民の「すごい声」でしょう。(ポリオの大流行で1961年に)生ワクチンを超法規的に緊急輸入したのは、国民が大きな声をあげたからです。
 高崎:薗部先生が「VPDを知って、子どもを守ろう。」の会の運動をしているのは、やはり臨床の現場で「ワクチンをいうっておけば、こうはならなかった」という実感をもっているからですね。
 薗部:そうです。
 高崎:やはり親に現実を知ってもらえばいいのですね。
 薗部:この3年ぐらい、はしかの被害の報道などで、国民が少し知ってくれるようになりました。お父さん、お母さん向けの本も出版されています。
 子どもたちは日本の未来です。子どもたちをいかに幸せにするかを考えていただきたいと思います。

※ 薗部さんが代表を務める「VPDを知って、子どもを守ろう。」の会。

■ 感染症 ムンプス難聴(2011年12月:朝日新聞の特集)

1 「イヤホン、聞こえない」(2011年12月8日)

 「このイヤホン、聞こえないよ」
 6年前の10月、関東地方に住む大学教員の女性(47)は、当時5歳だった双子の娘(11)の訴えに気がついた。携帯音楽プレーヤーのイヤホンを左耳にあてて騒いでいた。
 双子のもう1人は、「ちゃんと聞こえるよ?」と首をかしげる。変だな、と思いながらイヤホンを右の耳にあててやると、「こっちは聞こえる」と娘は答えた。
 また、中耳炎かな。年に何度か中耳炎を起こしていた。それにしては、あまりにも聞こえが悪すぎる。翌日、近所の耳鼻科医院に連れていき、ヘッドホン型の聴力検査を受けた。
 「左耳、だめになっちゃっているね」と耳鼻科医が言った。カルテで3カ月前におたふく風邪(ムンプス)にかかっていることを確認し、さらに言った。
 「おたふく風邪による難聴ですね」。よくあることだという口ぶりだった。「でも、大丈夫。片方が残っているから。はい、次の人」。耳鼻科医の言葉に、女性はぼうぜんとした。
 双子がおたふく風邪にかかったのは6月下旬から7月中旬にかけて。保育園で大流行していた。双子のもう一人は、6月末、両耳の下がハムスターのようにぷっくり腫れ、39.5度の高熱を出した。難聴を訴え「耳が聞こえない」と騒ぐ娘はその2週間後にかかったが、耳下の腫れも熱もひどくはなかった。
 当時は研究が忙しくて帰宅が遅く、近くに住む実家の母親や病児保育室で娘たちをみてもらうことが多かった。
 娘たちには、出来る限り予防接種を受けさせてきたが、おたふく風邪のワクチンは受けさせていなかった。娘が4歳のころ、予防接種の相談をした小児科のかかりつけ医には「有料なのに効果が低い」「ワクチンで無菌性髄膜炎の問題もある」などと説明され、「受ける意味がない」と受け止めていた。
 薬はもらわなくていいの? これからの治療はどうなるの? 疑問を口に出す前に、耳鼻科の診察室を出された。窓口で尋ねると、事務の女性が答えた。「うちでは何もすることはありません」
 うそでしょう? あぜんとした。

2 異変見逃し、自分責める(2011年12月9日)

 関東地方の大学教員の女性(47)は2005年10月、当時5歳の娘の左耳が聞こえないことに気づいた。近所の耳鼻科医院で「おたふく風邪による難聴のため、治らない」と言われ、目の前が真っ暗になった。何か治療法があるはずだと数日間、病院を訪ね回った。
 娘の訴えから5日目。夫(48)と一緒に小児の専門病院を訪ねた。4カ所目だった。耳鼻咽喉(いんこう)科の女性医師(41)が調べると、やはり聴力の左右差が大きく、左はほぼ聞こえない状態だった。中耳に液がたまる滲出性(しんしゅつせい)中耳炎も患っていた。
 娘の診察の後、所属する学会の会場に向かった。その年の学会賞に選ばれ、授賞式があったからだ。ずっと目指してきた晴れ舞台だった。
 拍手を浴びながら、女性は失意の底にいた。娘の耳の異変に気づくことができなかったのは、自分が仕事に没頭しすぎたせいではないか。自分を責め続けた。
 翌週、小児の専門病院に娘を連れて行き、耳のCT検査を受けた。内耳に奇形はなく、神経にも異常はみられなかった。おたふく風邪を起こすムンプスウイルスの感染直後に上がる抗体価が高くなっていることが血液検査でわかり、「ムンプス難聴」と診断された。ウイルスが血液を通じて内耳に侵入し、音を感じる細胞を壊してしまう病気で、現在の医学では治療法がないとされている。「いい方の耳を大事にして、中耳炎などがあれば早めに治して下さいね」と言われた。
 娘たちが寝静まったあと、インターネットでムンプス難聴に関する国内外の論文を集める日々が始まった。
 だが、わかったのは、ワクチンの接種率が低い日本では、おたふく風邪の流行が繰り返されるが、ワクチンが広く使われているほかの先進国では、患者が確実に減っていることだった。
 流行がなければ、合併症のムンプス難聴の患者も極めて少ない。研究対象にならないのか、情報自体が少ないのだった。日本は「世界標準」だと思っていたが、そうではなかった。
 「国内で治療法がなくても、海外では研究が進み、何か手がかりがつかめるのでは」。そんな期待は打ち砕かれた。

3 予防接種なぜ勧めなかった(2011年12月10日)

 6年前の10月、当時5歳の娘が、おたふく風邪により左耳の聴力を失ったとわかった関東地方の大学教員の女性(47)は、インターネットで国内外の治療情報を集めた。抜本的な治療法が見つからない一方で、ムンプス難聴は、数百人に1人程度の高い割合でかかるという情報もあった。
 十分調べずに、「おたふく風邪の予防接種をしない」と判断した自分を責めた。寝ないでパソコンに向かってばかりいる女性を、夫(48)は「自分を追い込みすぎて、心身を壊してしまう」と心配した。
 近所に住み、娘たちの面倒を見てきた実家の両親も悲しみ「自分の耳を移植できないか」と申し出てきた。娘が寝た後、皆で集まっては泣いた。
 西洋医学で難しいなら東洋医学はどうかと、鍼灸(しんきゅう)治療院も訪ねた。院長の鍼灸師(62)は、「耳がよくなるといいね」と娘を励まし、マッサージで体をほぐして鍼(はり)を打ってくれた。
 週に何日も通ったが、期待した効果は出ず、3カ月ほどで通院をやめた。最後の通院日はクリスマスイブ。院長がサンタクロースに変装し、2段重ねのケーキをくれた。娘たちは大喜び。心遣いがうれしかった。
 年が明け、春になった。女性は、かかりつけの小児科医を久しぶりに訪れた。BCG(結核)、DPT(百日せき、ジフテリア、破傷風)、はしか……。ほとんどの予防接種を、この診療所で受けていた。
 娘が4歳のころ、おたふく風邪の予防接種について相談したときには、積極的に勧められなかった記憶があった。おたふく風邪により難聴になる確率もまれだと聞かされ、結局、予防接種を受けなかった。
 「娘がムンプス難聴になりました」。女性が伝えると、医師は驚き、気の毒がった。しかし、予防接種の相談を受けたことは、覚えていないようだった。「ワクチンの効果と副作用は、医者任せではなく、母親自身が勉強して決めるべきだ」と医師は考えていた。
 ただ医師は、自分の子どもには予防接種をしていた。「自分の子には打つのに、何で人には勧めないの」。腹立たしさでいっぱいになった。

4 10回聞き返し「悲しい」(2011年12月11日)

 当時5歳だった娘(11)が、おたふく風邪で左の聴力を失ったことに、関東地方の大学教員の女性(47)は心を痛めていた。予防接種を勧めなかった医師が、自分の子には打っていたことを知り、憤りも覚えた。
 怒っても、知識不足の自分に後悔しても、聴力は戻らない。せめて、健康な右耳が疲れないように、娘の首から肩をマッサージするのが日課になった。
 その頃、20代でおたふく風邪にかかり、ムンプス難聴と診断された女性のブログを見つけた。患者が集う場を作りたいと、ブログの運営を手伝うことにした。経験が参考になればと、日常生活の工夫や病気に関する情報を伝えた。掲示板には毎週のように新たに書き込みがあった。
 おたふく風邪にかかって1年後の2006年7月。娘の希望で、耳鼻科医院で聴力検査を受けた。やはり、左耳は音への反応がなかった。娘に「(昔の中耳炎治療で)水が抜けたのに、何で耳が聞こえないの?」と聞かれ、女性は、擦り傷に例えて説明した。「痛くなくなっても、カサブタがあるでしょ。耳の中がきれいに治るには時間がかかるんだ」
 「ふうん、治るんならいいんだけどね」。耳を心配するあまり、時々、おなかや頭が痛くなるという。口には出さないけれど、不安だったんだ――。娘を抱きしめ、背中越しに泣いた。「ずっと聞こえないまま」とは、まだ言えない。「大きくなって耳の腫れがひいたら、少しずつ聞こえるようになるよ」と、願望も込めて言い聞かせた。
 翌春、娘たちは近くの公立小学校に入学した。女性は入学時の保護者会などで、担任や親らに「声をかけたときの反応が悪くても、怒らないでほしい」と理解を求めた。教壇の声が右耳からよく聞こえるように、席は左の前列が定位置になった。
 「教室がうるさいと、友達の話が聞こえなくなっちゃうの。10回くらい聞き返したら、『もういいよ』って言われて、悲しかった」
 「名前とか、聞き間違いが多い。どこから呼ばれているかわからなくてきょろきょろする」
 娘のつぶやきに、胸が痛んだ。

5 話聞き取れる塾が楽しい(2011年12月12日)

 「塾がすごく楽しい!」
 関東地方の大学教員の女性(47)の双子の娘たち(11)は、今年の夏休み、そろって進学塾に体験入塾した。勉強に目覚めたのかな、と思って理由を聞き、女性は驚いた。
 塾のクラスの生徒数は4人だけ。講師の話がはっきり聞き取れ、何でも質問できたからだという。5歳でムンプス難聴を発症し、左耳の聴力を失った娘は、学校では授業がほとんど聞き取れていないようだった。板書と教科書から、先生が話す内容を推測するが、質問が聞き取れない。
 「学校でね、『先生がいま言ったこと、当ててみせてね』というとき、『私を指しませんように』って祈るんだ」
 質問したくても「自分だけが聞き逃したのかも」と思うと、聞き返せない。学校生活では「男子が騒いでうるさい」という程度の不満しか言わなかったため、女性は、「ここまで深刻なの」と、動揺した。
 右耳で全ての音を聴いているので、音が来る方向がわかりにくい。混声合唱で歌っているときは、立っている位置によっては自分のパートの音が聞き取れず、頭が痛くなる。小学3年のとき、左後ろから来た救急車の音が聞こえず、ひかれそうになった。デパートやスーパーに長時間いると疲れてしまう。
 音のする方向に右耳を向け無理な姿勢を作るので、首や肩こりが激しく、3週間に1度は整体や鍼(はり)治療に通う。家族旅行でも行く先で耳鼻科にかかれるかどうかを調べて出かける。
 左耳の聴力が再び戻る可能性がほとんどないことに、娘は薄々気づいているようだ。研究が進んでいないのだから、治る可能性もあるかもしれない。だが、そろそろ正直に伝える時期が来たと、女性は感じている。
 女性にとっても、難聴を患った娘にとっても、支えとなっているのが双子のもう一人の存在だ。休み時間や寝る前に不満をぶつけられる相手がいることで、随分と助けられてきた。
 研究職の女性の影響を受けたのか、双子は理科の実験が大好きだ。「将来は、大学の教授になる。ノーベル賞を取りたい」。一人がそう宣言すると、もう一人は、「ママを抜くんだ」と声をあげた。

6 情報編 ワクチン接種が有益(2011年12月13日)

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主な任意ワクチンの種類と防げる病気、深刻な合併症

 感染症から身体を守るワクチンの接種は、国が接種を勧め、公費で負担する「定期接種」と、個人が接種するかどうかを判断し、自費で受ける「任意接種」の2種類にわかれる。
 おたふく風邪ワクチンは、任意接種だ。医療機関にもよるが、5千~1万円ほどの自費負担となる。感染後、治った経験のある人が多いため「うつるのは当たり前」と軽視されがちで、接種率は3割程度。保育園などで流行すると感染は広がる。
 しかし、ムンプス難聴のような治療法のない後遺症に苦しむ人もいる。東京医科歯科大の喜多村健(きたむら・けん)教授(耳鼻咽喉〈いんこう〉科)によると、年間で約650人がムンプス難聴になると推定されている。大人で発症すると、子どもより重くなりがちという。
 欧米の予防接種事情に詳しい斎藤昭彦(さいとう・あきひこ)・新潟大教授によると、先進国のほとんどで、乳幼児に必要なワクチンは自費負担なしで接種できる。「『任意』というと、『してもしなくもいい』という印象。先進国で患者がほぼいない病気が、日本では流行するのは残念だ」と話す。
 ただ、ワクチンによる副作用を心配する保護者は多い。頻度や深刻さはワクチンにより異なるがゼロではない。
 体調悪化がワクチンによるのか、別の原因かわからない場合もある。免疫獲得には個人差もあり、接種しても病気になる場合もある。
 ワクチンを接種せずに病気に感染し、後遺症が出るリスクと、接種して副作用が出るリスクについて、庵原俊昭(いはら・としあき)・国立病院機構三重病院長は「ワクチンを接種しない方が、リスクは高い。ワクチンは100%安全とは言えないが、病気の発症や重症化を防げるためメリットの方が大きい」と話す。
 接種の標準的なスケジュールは、国立感染症研究所の感染症情報センターのウェブサイト(http://bit.ly/9EtjI)のほか、小児科医による「VPD(ワクチンで防げる病気)を知って、子どもを守ろう。」の会(http://www.know-vpd.jp)の情報も参考になる。
 厚生労働省の予防接種部会では、ロタワクチンを除く図の任意ワクチンの定期接種化について検討中だ。

■ 子供の予防接種 「ワクチン手帳」で管理を(2011.7.13 産経新聞)

 子供の頃に接種したワクチンの種類が分からない-。そんな事態を避けようと、子供へのワクチン接種を進める団体が今月から、「ワクチン手帳」の配布を始めた。海外に行く際など、自分が受けた予防接種を把握しておくと便利な機会は多い。団体では「大人になったら手帳の管理は自分で」と呼びかけている。

◆母子手帳がない

 仙台市の女性会社員(33)は今年初め、衛生状態のあまり良くないアフリカの地方都市に出張することになった。会社から事前の予防接種を求められ、近くの病院を受診したが、「自分が小さい頃に受けた予防接種の種類なんて分からない。はしかや水ぼうそうにかかったかどうかも覚えておらず、とまどいました」と話す。
 子供の頃に打った予防接種は母子手帳に記入されていることが多い。だが、この女性の場合、「母子手帳がどこにあるか分からなくて。実家の母も分からないと言っていました」と、完全にお手上げ状態。
 さらに、検疫所で黄熱病の予防接種を受けたところ、「昭和52年生まれはポリオの抗体保有率が低いので、もう一度受けてください」と言われ、病院を再受診することになった。「同級生も皆、抗体が弱いということですよね? 全く知りませんでした」と驚きを隠せない。
 このほか、当時は1回で良いとされていた予防接種が現在では2回必要になるなど、自身の接種回数や時期を知らないと大人になった後、対応に困るケースは多い。

◆小児科医も消極的

 「欧米では母子手帳のようなものとは別に『ワクチン手帳』があり、高校生になると自分でそれを管理するそうです」と語るのは、日赤医療センター(東京都渋谷区)小児科の薗部友良(そのべ・ともよし)顧問だ。
 薗部顧問が運営委員代表を務める「VPD(ワクチンで防げる病気)を知って、子どもを守ろう。」の会は今月、接種したワクチンの種類や時期を英語と日本語で記入、管理できる「ワクチン手帳」を作成。同会に所属する医療機関などで配布を始めた。
 だが、子供の予防接種をめぐっては課題も大きい。
 「子供を持つ親は『医者なんだから、予防接種についてもきちんと学んでいるだろう』と考えているが、実際には医学部でワクチンの勉強をする機会はほとんどない」と薗部顧問。そのうえ、予防接種の副作用などをめぐり訴訟が起きていることから、現場の小児科医は積極的なワクチン接種に抵抗が大きいという。
 親の間にも「予防接種を受けてもその病気にかかることがある。自然にかかった方がきちんと抗体ができていい」「免疫力を自然に高めるため、薬などは使いたくない」という意見が根強い。
 薗部顧問は「予防に勝る治療法はない。予防接種を受けることは周囲への感染を防ぎ、医療費の削減にもつながる」と主張。子供への予防接種の普及を目指している。

■水痘などは任意接種
 現在、予防接種法などに基づき子供が無料で接種できるのは、DPT(ジフテリア、百日ぜき、破傷風)▽BCG(結核)▽ポリオ▽はしか▽風疹▽日本脳炎-の6種類。水痘(水ぼうそう)やおたふくかぜなどの予防接種は任意(原則として有料)となっている。
 昨年度からは、子宮頸(けい)がんの原因となるHPV▽インフルエンザ菌b型(ヒブ)▽小児用肺炎球菌-の3種について、接種費用が助成の対象となっている。厚生労働省は、水痘などほかの予防接種についても助成の可否を検討している。

■ ポリオワクチン、まひの恐れ除去 来年度にも導入(2011.8.30 産経新聞)

 海外では切り替えが進みつつあるが日本では導入が遅れていたポリオの不活化ワクチン。厚生労働省は、接種によりまれにまひが生じる恐れのある生ワクチンから、より安全性が高いとされる不活化ワクチン導入のため、31日に専門家や患者らで作る検討会の初会合を開く。早ければ来年度中にジフテリア・百日ぜき・破傷風・不活化ポリオの4種混合ワクチンが導入されることから、移行の具体的な時期や方法などについて検討する。

●WHOも警告

 「統計上の発病が100万人に1人でも、まひが起こった人にとっては確率は100%。不活化という安全な代替方法があるのだから、もっと早くに導入するべきだった」
 こう話すのは患者会「ポリオの会」の小山万里子代表だ。生ワクチンは毒性を弱めた生きたウイルスが入っているため、まれに接種でポリオを発症する。WHO(世界保健機関)は生ワクチンを使うと100万人に2~4人の患者が発生すると警告。同会によると、先進国では、ウイルスを無毒化した不活化ワクチンへ切り替えが済み、接種による感染はないという。
 しかし、日本では「国内メーカーの開発が進まない」(厚労省)として生ワクチンを使い続けた結果、ワクチンが原因のポリオ認定患者が平成13年度から10年間で15人、接種者からの二次感染は16年度から7年間で6人出ている。今は不安を感じる親などの要望を受け、海外から不活化ワクチンを独自輸入し、自費診療で接種する医療機関が急増している状態だ。

●世界初の技術

 開発推進の契機は、新型インフルエンザの流行だったという。ワクチンの意義が見直された結果、「ポリオも不活化導入へ流れができた」と関係者。厚労省は昨年、国内メーカー4社に対し開発促進を要望、早ければ今年末から薬事承認の申請が順次行われ、来年度中にも導入の見込みだ。
 導入は遅れたが、国産不活化ワクチンは世界で注目を集めている。現在世界で使われている不活化ワクチンは強毒性ウイルスを無毒化したものだが、開発中の国産ワクチンは、最初から毒性の弱い弱毒性ウイルスを使用しており、実用化されれば世界初となる。
 現在、野生株のポリオが流行しているのはナイジェリアやパキスタンなど4カ国。野生株のポリオが根絶された後のことを念頭に、各国は強毒性ウイルスより安全に扱える弱毒性ウイルスをワクチンに導入したいと考えている。世界に先立つ実用化は、日本のワクチン開発力向上を世界に知らしめると期待されている。

●接種率低下?

 一方、不活化ワクチン導入を前に、現場では混乱も広がっている。不活化ワクチンを扱う「たからぎ医院」(東京都渋谷区)の宝樹真理(しんり)院長は「保護者が生ワクチンの接種を控え、不活化の定期接種化を待つ動きもある」。今春は定期接種の接種率が例年より1割減った自治体もあった。
 国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長は「不活化導入を控えた今、最悪なのは生ワクチンも不活化もどちらもやらず様子を見ること」と指摘。最近では、中国でも複数の野生株ポリオが確認されており、「やらないという選択肢が増えると、いったんポリオを根絶した後に再度流行したタジキスタンのように、海外からウイルスが入ってきた際に広がる危険性がある」と話している。

■ポリオ
 感染すると、数百人から千人に1人の割合でまひが現れる、予防接種法で定められた定期接種の対象疾患。日本では昭和35年ごろに大流行し、最大で年間約5600人が発症したが、緊急輸入した生ワクチンで患者が激減。56年以降、野生株ポリオによる患者発生はない。現在は海外からポリオが持ち込まれるのを防ぐため、予防接種法の対象疾病として、生後90カ月までに2回、生ワクチンの経口接種が定められている。

<参考HP>

(日本小児科学会)

(足立区感染症サーベイランス委員会)
 前項を表にまとめたもの。

(厚生労働省)

(長崎県県南保健所)
 イラストを交えて読みやすくなっています